その始まりは誰も知らない

ゲオルグ×カイル
ゴルディアス→本拠地奪還後。秘密裏に休暇を与えられたと、カイルがゲオルグから告げられたその語の話。

 

自分と彼には、成すべき事があるので、感情の抑制は容易かったが。それでも寂しさを感じる日もあった。
カイルが思いを寄せるゲオルグは、太陽宮が襲撃された後から常に単独行動を続けている。そのわずかな合間に、辛うじて身体を何度も重ねられていたのは幸いと常々思っていた。
本拠地を奪還し、ゲオルグの長い単独任務が終わったのはつい先ほどの事だ。今後は今までよりは人目を気にせず、本拠地を歩き回れるだろうとカイルは嬉しく思っていたが。彼はルクレティアによって、新たな単独任務を言い渡されていた。あの男には出来れば、心身を休めて欲しかった。だが、軍師の命なのだから仕方ない。と、己の心持ちを整理しつつあった時。当人からそれは建前で、秘密の休暇を与えられたと告げられた。

自分は都合の良い夢を見ていて、今もそれが続いているのではないか。これは現実と理解はしているが、あまりに都合の良い出来事によって疑わずにはいられない。
「どうせなら休暇らしく、ヤシュナ村にでも行けば良かったじゃないですかー。温泉に浸かって、美味しい物を食べたりして……」
長椅子に二人並んで腰掛け、会話を弾ませていた時。カイルは己の考えを相手に伝えていた。
単独で命を危険に晒し続けたこの男だからこそ、暫しの安息に身を委ねてほしい。願いを込めた提案だったが、ゲオルグはそれを受け取ってはくれない。
「それでは今までの単独行動と変わらないだろう? やっと、ここに留まる事を許されたと言うのに」
考えは人それぞれだと実感していると、隣に腰掛けて寛いでいる男が一層微笑む。
「おまえと過ごしたい」
優しげな声音で囁かれた後、片手を伸ばされ頬に触れられた。
「色々、不便が生じますよ? オレは精一杯、頑張るつもりですけど……ゲオルグ殿は、それで良いんですね?」
「カイルがそれを許してくれるなら、それだけで充分過ぎる」
「後悔しても、知りませんよ?」
「するわけがない」
こちらからも手を伸ばし、相手の両頬に触れた。
「おまえにも、何かと手間をかけてしまう事になる。俺の我が儘を許せ」
「はーい」
こちらの意思を訊ねるのではなく、承諾の要求をされる。強引とも言える彼の意向は率直に嬉しい。それほどまでに甘えてくれる彼が、とても愛おしかった。
互いに顔を近付け、唇を重ね合った後。たまらない気持ちのまま、カイルはゲオルグを強く抱きしめた。

密かに自室にて身を潜めている彼のために、備品を買い集めた後で本拠地内を歩く。まっすぐにゲオルグの部屋に戻ろうとするのではなく、様々な場所へ寄り道しながら向かう。過剰な用心であると自覚しているが、しないよりは良いだろう。その気持ちは太陽宮にいた時から変わっていない。
本当に夢のようだと、何度も思う。表向きは普段通りを装い続けているが、内心は今も散らかり続けていた。自分だけが彼がここに留まっていると知っている。その事実が、これほどまでに嬉しいとは思わなかった。気を抜けば、惚けた表情を浮かべてしまうだろう。浮かれるのはあくまで心の中のみと、己に言い聞かせて歩き続ける。
(あー、ダメだ。今すぐゲオルグ殿のところに行きたい)
願うだけなら何の問題もないだろうと、抱いた思いに再度向き合った。少し前は、顔を合わせられない日々が当然であったというのに。それは当然と割り切り、心の片隅に容易く留められた。
しかし今は、それまで行えていたはずなのに上手くいかない。その気になればすぐに会える距離に、あの男がいる。その状況が久しい故なのだろう。顔を合わせない事に、すっかり慣れてしまっていたようだ。いまだ戦いの最中ではあるが、彼との時間を取り戻せた。最終決戦前に思いも寄らない出来事だ。
(どーしよ……。すっごい、嬉しい……)
我が儘を許せと言っていた彼の言葉と表情を、何度も頭の中で回想する。
こちらに甘えていると隠す気もなく、苦笑しながらも強引な彼の願いを告げられた時。この男の言いなりになるのも、悪くはないと思うどころか嬉しい。と、愛おしさも含めて感じていた。
(ワガママを聞いてくれって……何なんだろう、あの言い方。可愛過ぎ……)
自分は本当に浮かれ過ぎていると、しっかり自覚している。
普段より足取りが軽く、気を抜いてしまえば鼻歌がこぼれてしまいそうにもなった。全て、ゲオルグが原因だ。
少し前は興味の対象外であった同性が、こんなにも愛しいと思える日がくるとは。改めて実感すると、更に気持ちが上を向いた。カイルの心境は浮かれ続けている。まるで子供のようだと自覚するも、わきあがり続ける喜びは抑えられなかった。ほんの一瞬だけ自分たちに許された安息が、これから始まる。