思わぬ恋に落ちて

ゲオカイ。ゲオルグが女王騎士就任から間もない頃。それまでは興味の対象外であったはずなのに、少しずつ彼が気になり始めるカイルの話。

フェリドから休憩時間を与えられたある日。思いもよらぬ事が起きた。宮内でゲオルグと顔を合わせた時の事だ。
「カイルを探していた」
辺りを見回し、同時に気配も探ったのだろう。自分たち以外に誰もいないとわかり、呼び捨てにしてくれたのだと気付く。
少し前にサイアリーズやフェリドと同じく、かしこまらないでいいと頼んだところ。相手は快く受け入れてくれた。堅苦しいのは苦手なので助かっている。
「オレを?」
何故、フェリドではなく自分なのか。心当たりは全く思い浮かばず、疑問を抱いた後に考える。この男なりに、騎士長閣下は忙しい等と気を遣っているのかもしれない。
「ゲオルグ殿がオレに、何の用事があるんですかー?」
「これから城下町に向かうんだが。おまえも来て欲しい。
「えー……そんな、突然ですよー」
考える間もなく即答してしまってから気付く。苦笑する相手を見て、配慮が足りていなかったと痛感する。同性には、そこまで気を配る必要はない。それがカイルの基本的な考えだが、この男は恩人の友人だ。相応の振る舞いをすべきと考えを改め始める。
「……だろうな。頼むだけ頼んでみるかと思っただけだ。気にしなくていい。今のは聞かなかった事にしてくれ」
「ちょ、待って下さいってば。オレ、まだ一言も断ってなんていませんよー?」
背中を向けた彼に慌てて声をかける。
「いいのか?」
振り向いた当人は驚きを露わにしていた。先ほどの言葉通り、断られる事を前提に訊ねたのだろう。
「ゲオルグ殿ったら……どれだけオレを失礼な奴だって思ってるんですかー。こっちだって、女性以外の方のお誘いを片っ端から断るわけないじゃないです」
我ながら、よくも口が回ると感心する。彼の考えは正しい。相手がその考えに至ってしまうのは日頃の行い故だ。
「すまん。おまえの返答を決めつけていた」
「大丈夫ですよー。ま、オレも誤解されるような振る舞いをしてるんだしー。わかって頂けただけで、すごーく有り難いです」
気は進まない。しかし、彼とは良好な関係を築いておくべきだ。
「あ、でも。どうしてオレと一緒に城下町に行きたいんですか? どうせならご友人のフェリド様とお出かけしようとは思わなかったんですか? まー、あの方もお忙しいですからね。大方、気遣って下さったんでしょー?」
とはいえ、カイルを誘うには理由が弱い。率直な好奇心を持って、彼の答えを待つ。
「フェリドから聞いたんだ。おまえはこの宮内で、城下町の甘味処に誰よりも詳しいんだろう?」
「え? オレ、いつからそんな風に思われてたんですか? 初耳ですよー」
「そうだったのか? 様々な女の需要に応えるため、各甘味処の名物や限定品まで全て頭に入っている……と、聞いたんだが」
「あの人は、なんて事を考えてるんですか……。でも、完全に否定出来ないのが悔しいなー」
全て頭に入っているとまではいかない。しかし城下町の甘味処については、ある程度把握はしている。理由は先ほど、この男が語っていた通りだ。
「そうか。フェリドは話を盛り過ぎていたようだな。深く考えず、あいつの話を鵜呑みにしてしまった事も、重ねて悪かった」
「そんな、かしこまらなくたっていいですよー。ご友人のお話なら、疑わないのが普通だと思いますから」
どちらかといえば親しみやすい相手であるのは、こちらに対する気遣いも兼ねている故だと改めて感じた。
「実はオレも、勘違いしてました。ゲオルグ殿とは逆なんですけど……フェリド様からあなたが大の甘党だとは聞いてました。でも……あくまで、ほんの少し甘い物が好きなだけかと思ってて。オレはあの方を疑ってましたねー」
「あいつは冗談を言うのも好きだからな。おまえも信じられなくて当然だ。俺が甘味を大好物だと言うと、大抵は驚かれる」
その口振りから、これまでも他者に驚かれ続けていたのだろうと察した。対応に慣れを感じる。
「なるほどー。人は見かけで判断しちゃダメだって、肝に銘じておこうって心構えが出来ましたー。それじゃ、行きましょーか」
建前のみではなく、本心も含めた思いを話した後。城下町に向けて彼と共に歩き始めた。
(フェリド様も悪い人だなー……。この人とそんな話をしたなら、オレに教えておいてくれれば良かったのにー……)
仮にそうだとしたならば、彼に不要な気遣いをさせる事もなかった。一瞬、浮かんだ考えは衝動的なものだ。すぐに気を持ち直し、フェリドのせいにしてはいけないと言い聞かせる。
先ほども口にした通り、あの男は暇を持て余しているわけではない。今までカイルと話せる機会がなかったのだろう。思えば彼は今、王子のロードレイク視察や闘神祭の準備に追われている。自分も同じく、それまでより増えた城下町の見回り任務に勤しんでいた。互いの時間が今まで合わなかったのだろう。
まさか、この男と共に休憩時間を過ごすとは思っていなかった。異性を喜ばせたく蓄えた情報が、意外過ぎるところで役立つとは。同性を必要以上に喜ばせる趣味はないが、助けられた。
「すまんな。貴重な休み時間だというのに」
「それも、フェリド様から教えて頂いたんですね?」
確信を持った問いに相手は頷く。フェリドは、ゲオルグとカイルが休憩時間を共に過ごす事を望んでいると察した。彼の意向であれば喜んで従うまでだ。心の奥底では、いまだ気は乗らないとの気持ちが残っている。しかし、これも仕事の一環だと思えば自然と心境は切り替えられた。
こんな機会は滅多にない。貴重な経験が出来るのだと割り切り、それ以降はゲオルグとの時間を心から楽しみ始めた。

城下町を歩き、甘味処を目指す。ここまで長い時間を彼と二人きりで過ごすのは初めてだと気付く。
最初こそ戸惑いはしたものの、想像していたよりも楽しい。会話をすればするほど、彼の心地よい人柄に触れられる。強面な男は意外にも表情が豊かだ。そうして次々にゲオルグの知らなかった面に触れられる瞬間を、カイルは嬉しく思っていた。
「ゲオルグ殿は、ホントに甘い物がお好きなんですねー。そこまでこだわりが強いなら、ご自分のペースでお店巡りをしたかったんじゃないですか?」
一軒目の店に到着する目前、つい先ほどから気になり始めた事柄について問う。
「そうだな。おまえの言う通り、散策する楽しみも確かにあるが……あいにく、時間が足りん」
「それもそっかー。ゲオルグ殿もロードレイク視察に向けて、準備などに追われていますからねー」
言われて察した事柄を言葉にする。いつか落ち着いた時にでも……と、軽はずみな言葉は胸中に留める。先の見えない話を口にしてはいけないと強く思っているからだ。そんな事よりも、自分たちは王族のために使命を全うする事を考えるべきである。己の楽しみなどを念頭に置くべきではない。これはあくまで持論であって、それを他者に強要するつもりはなかった。
「それなら今日は、悔いのないように過ごしたいですね。そのお手伝いが出来るように、オレも頑張りまーす」
「……あぁ。頼りにしている」
「ちょっと、間が空きましたねー。また、意外だとか思ってるんでしょー」
「そうだな。これもまた俺の見解に過ぎんが……軽薄を思わせて、おまえは思慮深いと感じた」
「え……?」
自分は女性にだけ気を利かせていると思われている。そうとばかり感じているのだと考えていたのに、本質に触れられて驚きを露わにしてしまった。
(ヤバい……顔に出ちゃったかも……)
取り繕うために内心では慌てつつ、透かさず言葉を重ねる。
「うわー。オレ、そんな風に言われたのって初めてですよー。ゲオルグ殿って、独特な考えをお持ちなんですねー」
「そうか。すまん、俺の思い違いだったようだ」
苦笑混じりに話してはいるが、内心は何を考えているのか。たった今、口にしたそれを撤回せず心に留めているとも考えられる。親しみやすいと思わせつつも、底が知れない男だと改めて認識した。表情と言葉では驚きを訴えて見せ、頭の片隅で今も続く動揺をやり過ごす。思わぬところで己が普段秘めている心持ちに気付かれた事態は、心を掴まれ続けているような少々居心地の悪い感覚を残す。仮にまた核心を突かれてしまった時に備えて、心構えをしておかなくては。彼に対する警戒をそれまでより強く持ちながら、一軒目の店に入る。顔見知りの女性が何人かいたので、それぞれに挨拶を交わして店員に案内された席に着く。
「相変わらず、顔が広いな?」
「はい。取り柄の一つみたいなものです」
得意げに語ると、相手は穏やかに笑んでくれる。警戒は今も続けていた。
「ここはプリンがオススメのお店でーす。色んな味があるんで、選ぶのも楽しいって評判がイイんですよー」
それを悟られないよう、厳重に注意を払いながら明るく振舞う。
「なるほどな。これは確かに種類が豊富だ」
甘味の中でもチーズケーキとプリンが特に好物と予め答えてもらい、この店を最初に選んだ。
品書きを眺めながら語るゲオルグの様子は真剣そのものである。手合わせ以外でも、そのような表情を浮かべるのか。
「プリン以外にも、気になる物があるな……。一通り注文したいが、他の店に行く時間もある……」
思い過ごしかもしれないが、手合わせの時以上に真剣と感じた。剣を交えている時には一切見えなかった彼の迷いを垣間見る。
「まず、プレーンを頼むのは確定として……残り数個をどう決めるか……」
「ゲオルグ殿でも、迷う事があるんですね?」
「いくらでもあるぞ?」
彼にとって意外な事を言ったようだ。こちらにとっても意外な返答であったので、少々驚く。関われば関わるほど、この男の一面を知る。
「知らない事だらけですねー」
「興味を持ってくれているのか?」
「はい……?」
戸惑いを見せつつ、言われて初めて気付く。自分はそんな素振りを見せていたのか。最初こそ疑うがカイルは己の心境を受け入れる。本能が、この男と良好な関係を築くべきだと心を働かせてくれているに違いない。これはフェリドのためだ。不仲であるより良いに決まっている。余計な事で彼を心配させ、心を削らせてはいけない。
「すまん。調子に乗った」
「いえいえ。ゲオルグ殿って、意外と冗談も言うんですねー。また一つ、あなたを知りましたー」
口先ではそのように語るが、やはり腹の底では別の事を考えているのかもしれないと仮定する。言葉通り調子に乗ったと見せかけて、実際は確信を持った問いであったのかもしれない。
(面白い人……)
相手も自分と同じく、心境を探っているとして。もしそれが事実であったら、この駆け引きを今以上に楽しもうと考え始めている。次はどんな言葉で己を驚かせてくれるのだろうか。
しかし今、相手は目先の品書きに夢中だ。これは本気で思い悩んでいるのかもしれない。
「……こっちの、キャラメルプリンもオススメみたいですよ」
品を指差しながら語る。悩んでいる女性に助け船を出す時と同じ状況だ。とても妙な状況に心の中で苦笑する。いまだに気が削げずに楽しさを感じられている事も、合わせて不思議に思う。
「そうか……助かった。これ以上、時間をかけるのは不本意だったからな。とはいえ、俺一人では決断出来なかった」
「大袈裟ですよー。ゲオルグ殿だって、いざとなったら一人でも決められるって思います」
以前にフェリドの話を聞き、この男は一人で旅をしていたと把握している。立ち寄った全ての店で、今のような事態に陥っているわけがない。なので、これもカイルの心境を探る目的を持って油断させようとしている。と、考えるのが妥当と思うが。
(見た感じ、本気で悩んでいたっぽいしなー……。どっちなんだろ)
心から安堵している表情の彼を疑うのは心が痛む。ひとまず今は、ゲオルグの小さな悩みが解消された現状を共に喜ぶ事とした。
「カイルがいて、本当に良かった」
「ありがとうございまーす」
今度は謙遜せず、その言葉を丸ごと受け取る。素直になってしまった後は、少しばかり心が軽くなった。

最初こそ気が乗らない休み時間ではあったが、実際は想像よりも楽しかった。ゲオルグとは何かと気も合い、過度な気遣いは必要とせず会話も弾んだ。この男と過ごした時間は驚きの連続で、退屈する事もなかった。
「今日は、すまなかったな」
「もー。ゲオルグ殿ったら、謝ってばっかりですよねー。大丈夫ですって。オレ、ホントに楽しかったんですから」
建前ではなく、本心だ。思い返せば思い返すほど、その気持ちは増す。
「今日はゲオルグ殿の意外な一面を、いーっぱい見られたしー……ご一緒出来て良かったです」
「俺もカイルへ個人的に抱いていた、勝手な誤認を解消出来て良かった。おまえは決して、異性だけに親切ではない」
「いえいえ、それは誤解じゃないですよー。不必要に同性へ気を遣おうなんて考えは持ってませんし。ゲオルグ殿が特別なだけです」
言葉にしてから調子に乗り過ぎたと気付く。訂正を加えようとするが、
「そうか。調子に乗ってしまいそうだ」
と、この男が嬉しそうに笑うので。そう思わせたままで良いと考えてしまう。彼の笑顔のせいだ。子供を思わせるほど無邪気な笑みが好ましい。
「どうぞ、そのままで。いやー……それにしても驚きましたー。豪快に召し上がるのかなーって思ってましたけど、とっても丁寧で……」
自分たちにとっては小さなフォークやスプーンを用いて、控えめな量を口に運ぶ。想像していたよりも上品な食べ方にも好感を持っていた。重ねて、どの品も美味しそうに食べる仕草が可愛いらしかった。
(可愛いなんて、今は絶対に言わないでおこう)
過度に踏み込むべきではない。そう言い聞かせ、彼にもっと近付きたがっている心を制止させる。予想だにしない心境に陥っている事態に内心は戸惑う。
「今日は、本当にすまなかった。これ以降は一人で探索しようと思う」
気持ちの整理を心の底で行なっていた時、思いも寄らぬ事を言われた。城下町には、まだまだ魅力的な甘味処がある。また案内してもいいと言おうとするより先に、彼に告げられてしまった。
「ゲオルグ殿はホントに、謝り過ぎですよー」
「仕方ないだろう? 俺としては、おまえにむさ苦しい思いをさせてしまった事に負い目を感じているんだ」
「確かに、そうですけどー……。思ってたより楽しかったし、別にまた付き合ったってオレは構いませんよ?」
「……そうか」
穏やかに、そして嬉しそうに彼は笑う。こちらの気持ちは届いたのだと安堵するが、一つ気付く。
(あれ……? オレ、なんで……こんなに必死なんだろ)ますます戸惑う心境が表情に出てしまわないよう、必死に言い聞かせる。
「遠慮しなくて良いですからねー」
「あぁ、わかった」
表向きは、あくまで軽い雰囲気で語った。こんな感情は重過ぎる。それを表に出しては、今は穏やかに自分と接してくれている彼をうんざりさせてしまうだろう。
ゲオルグに対して好感的な態度しか見せていないのだから、きっとまた声をかけてくれるに違いないとカイルは信じる。
自分から誘おうとは思わないのか。ふと、そのような考えも浮かぶが。過度な好意を相手に悟られてしまうのは、気が引ける。それは相手に弱みを見せるも同然と考えているからだ。他者に隙を匂わせるのは本意でない。
今も続く混乱の中、容易く考えをまとめられて安堵する。しかし、言い訳じみた理由ばかり並べていると気付く。これは一時の気の迷い。何度も何度も言い聞かせた。

強く言い聞かせれば、それが真となると信じていた。だが、封じ込めようとしている思いは日々強くなるばかりだ。この瞬間も、あの男に惹かれ続けている。
あの日以来、彼と共に城下町に出かける事は無かった。その現状がたまらなく寂しい。互いの時間が合わないのだからと割り切り、日々の公務に勤しんでいたある日。気まぐれが生じて城下町に向かう。以前、二人で立ち寄った甘味処にゲオルグはいた。店の窓から当人の姿を見つけてしまう。その直後、カイルは逃げるようにその場を後にする。そして、己の心境に戸惑っていた。
あの男が一人でいたのは、前回とは違ってこちらの非番時間を把握していないからだ。深く考えずともわかる。しかし、心の奥底までは納得出来ずにいた。とても面倒な感情が巣食っている。この瞬間も心を穏やかにしようと強く言い聞かせるが、上手く抑えられない。抱いてしまった思いから目を背け続けた代償なのだろう。
自分は彼が好きかもしれない。改めて、その感情について考える。気の迷いだと今も信じて疑っていない。だが、迷い続けている。本当の気持ちを覆い隠そうとしているだけかもしれない。一瞬の感情が、こうも長く続くのか。
(いや……そんなわけ、あるはずない)
自分が強い好意を抱くのは異性のみ。予想だにしない心境に陥る事で、混乱して冷静を欠けているだけだ。カイルは再度気を引き締め、思わぬところで抱いてしまっている恋心を気のせいだと切り捨てる。
それでもこれは、ほんの気休めに過ぎないかもしれないと気付いてしまっていた。