手にした安息

ゲオカイ。ED後。
久々に手合わせをした後の二人が、改めて幸せを実感する話。

ファレナからカイルを連れて旅立ち、どれほどの時が流れたか。長い時が過ぎたとは理解しているが、今でも記憶は色褪せずに鮮明にあの頃を思い出せる。
彼と共に旅を続ける日々は穏やかだ。道中で魔物や賊に襲われる事もあるが、難なく退ける。それも日常の一部として受け入れていた。
たった今も、金品目当ての賊を撃退した後だ。手を焼く事もなく、簡単に終わらせた。
「物好きな人たちですねー。何をどう考えたら、オレたちを襲おうと思うのかなー。貧弱そうに見えたんですかね? だとしたら、やっぱ、見る目がないなー」
歩きながら軽く背伸びをし、カイルが語る。
「人を選ぶ余裕がないほど追い詰められていたか……あるいは、連勝続きで慢心していたか」
後者については、身に覚えがありすぎた。自分もそうして調子に乗り、どんな相手であろうが敵ではないと思っていた同時。フェリドの忠告に耳を貸さず死にかけた。
「ありえますねー。どっちにしても、痛い目を見て懲りてくれれば幸いです」
「言えている」
まるで自分の事を言われているようだと、密かに思う。今でもそれは、ゲオルグにとっては苦い思い出だ。しかし、記憶から消し去りたいとまでは考えていない。その一件には感謝をしているからだ。あの出来事がなければ、今の自分は存在していなかっただろう。
心の片隅で回想しつつ、歩みを進める。平坦な道の先、はるかに小さく建物が見え始めていた。今は日が落ち始めているので、今日の夜までに辿り着くのは難しいと判断する。
「今日はここらへんで、休みますか?」
まさに今、言おうとしていた考えを先に相手が口にする。
「そうだな。俺も同じ事を考えていた」
思い出は心の底に置き、野営の準備を進めた。

 

辺りが暗くなり始めた頃。準備もひと段落した直後、カイルが口を開いた。
「さっき、思ったんですけど。賊だろうが魔物だろうが、楽に済むのは有り難いですよね」
「あぁ。だが……それについて、おまえは何か考えがあるんだな?」
確信を持った問いに、相手は首を縦に振る。
「はい。楽してばかりで、ホントにイイのかなー。身体、鈍っちゃいそうです」
焚き火に薪を足しながら言葉を続けた。
「俺も、薄々考えていた。そう簡単に腕が鈍る事は無いとは思うが……少しばかり、不安だな」
口にした通り、カイル同様にゲオルグは少しの危機感を持ち続けていた。今のような状態が、いつまでも続くわけがない。己の戦力については自信がある。彼と共に戦えば、どのような相手であろうと敵ではない。その思いは常にあるが、それだけを考えていては慢心に繋がる。一度の過ちがあったからこその考えだ。この男も今まで語っていないだけで、命に関わる窮地に陥った事があるのかもしれない。目前の相手について、直接問わずに頭の中のみであれこれと仮説を立てている。ファレナにいた頃の習慣は、いまだ健在だ。
「何か、いい方法は無いかなー」
「と、言ってはいるが。その顔は、既に何かを思いついている。気のせいか?」
困っているというよりは、こちらを試すように得意気でいる。その表情から判断した。
「さすがー。察しがいいですねー。ゲオルグ殿も同じ事を考えているかもしれませんけど……久しぶりに、手合わせ。お願い出来ませんか?」
彼の言葉通り、大方の予想はついていた。いつか訪れるかもしれない窮地に備え、今すぐに何が出来るか。それが、カイルとの手合わせだ。
「また、先に言われてしまったな。俺でよければ、いくらでも相手になろう」
「謙遜しちゃってー。オレは、ゲオルグ殿がいいです。あなたからしたら、オレ相手じゃ物足りないかもしれないけどー」

「それこそ、謙遜だ。柔軟ではあるが隙を見せない鋭い太刀筋に、いつも苦戦していた」
「そう言うわりには、楽しかった思い出を語ってるようにしか見えませんけどー?」
「それはそうだ。苦戦はしたといえど、楽しかったのも事実だからな」
率直な思いを隠さず伝える。からかうような表情を浮かべていたカイルの笑みは、得意げな表情へと変わる。
「光栄です。あなたほどの方に、手合わせを楽しんでもらえるなんて」
どうやら彼は、苦戦よりも楽しかったとの言葉が嬉しかったようだ。鞘に手を置くその様子から、早く始めようと言わんばかりの気持ちが伝わる。ゲオルグもまた、彼と同じく考えていた。
「おまえは、俺を過大評価している」
「そういうあなたは、ご自分を過小評価してますね」
先ほど彼が薪を足してくれた事について心苦しく思いながらも、焚き火を一度消す。共にその場から少し離れて各々が構える。
ここ最近は共に戦っていた相手が正面に立った今を、とても懐かしく思う。太陽宮で手合わせした記憶が蘇る。
「全力で行きますよ」
「俺も、そうさせてもらう」
鞘から剣を抜いたカイルが一気に踏み込んで来る。その体格からは想像も出来ないほど、軽やかに音もなく間合いを詰めた。彼と初めて手合わせをした当時、とても驚かされたと鮮明に覚えている。
「考え事は、怪我の元ですよー」
少々、思い出に浸っていたようだ。彼に言われて初めて気付く。軽口を交えながら繰り出される攻撃を、次々と防御した。この男の言う通りだ。腑抜けていては、余計な怪我をしてしまう。気を引き締め直し、こちらからも仕掛けようとするが。思うように攻撃が出来ない。カイルがそれを許さないと言わんばかりに、隙を一切見せずに攻撃を続けていた。速度に任せた太刀筋を思わせながらも、繰り出される一撃は全て重い。少しでも刀を握る手を緩めてしまえば、いとも簡単に弾き飛ばされてしまうだろう。
「相変わらず、隙がない……」
「えー、手加減して下さってるだけじゃないんですかー?」
「そう見えるのか?」
「えぇ。まずは好きなように、打たせてくれているんだなって」
そんなわけがない。そろそろこちらからも攻撃を仕掛けようと思うが、慎重に相手の隙を探し続ける現状から先に進めなかった。手を休める事なく軽口を語る当人は、どこまでも容赦無く追い詰めてくる。とても手強い。共に戦うのであれば、この上なく頼りになる。改めて、彼の底知れない戦力を思い知った。
「あー、懐かしいなー……」
こちらに語りかけるには、あまりにも小さな声だ。無意識の呟きであったのかもしれない。その呟きには返答せず、心の中で同意した。手合わせしている今、この男が女王騎士の装束をまとっていた当時の姿が思い浮かぶ。青の紙紐や後ろで結ばれた飾り襷、目尻の朱がとてもよく似合っていた。
「っ……」
今の一撃で、本当に刀を弾かれそうになった。気の引き締めが足りないと思い知る。相手に対して失礼な心持ちだと認め、今度こそ気持ちを切り替えた。
「そろそろ、本気で来ますか? いつでもどーぞ」
ゲオルグが今も考え事をしていたと、少なからず察しているような言い方であった。口にすればカイルは絶対に否定すると思うが、それでも彼には敵わないとの思いは揺るぎない。
まずは防戦一方の状況を変えようと一歩後ろに下がる。相手はそれを読んでいたと言わんばかりに攻撃が緩む事は無かった。
この男は、こちらに刀を抜かせないようにしている。最大の警戒心を持って攻撃を続けていた。過去に何度か行った手合わせから、彼は積んだ経験を全て活かしている。最後に手合わせをした時から、更に腕をあげていた。カイルはゲオルグの戦法を読んで立ち回っている。思うように攻撃が出来ずにいる要因だ。この男は、こちらの様々な行動を熟知している。この状況を打開すべきだと考え、相手が予想出来ない行動を取ろうと攻撃を受けながら次の手を頭の中で選ぶ。既にいくつか浮かんでいるが、その一つ一つについて選ぶ余裕はない。直感に任せ、動いた。
「っ……!?」
姿勢を更に低く落とし、足払いを仕掛ける。彼はこちらの刀に意識を集中していると考えての行動だ。思っていた通り、相手は体勢を崩して驚きを露わにする。しかし、
「なるほどー……今のは、やられましたねー!」
すぐに体勢を立て直しながら彼は言う。その言葉通り、わずかに生まれた隙をゲオルグは見逃さない。透かさず刀を抜き、彼の刀を叩き落とす。
勝負はついた。そう思いきや、カイルは再度踏み込んで来る。繰り出された拳を鞘に納めたばかりの刀で受けた後、ようやく動きを止めた。
「あー!ダメだったー……」
穏やかな雰囲気は崩していないものの、その口調からは悔しさが滲んでいる気がする。
「そうでもないぞ。どちらが勝ってもおかしくなかった」
「そうかなー……」
刀を拾いながら呟く彼は納得出来ていない様子だ。
「おまえは、そう思わなかったのか?」
「そーですよ。オレ、ゲオルグ殿の出方は全部把握していたつもりでしたけど。甘かったです」
カイルは鞘に刀を納めながら返答し、苦笑した。
「足払いを仕掛けられる。ちょっと考えれば、その可能性も浮かんだはずなのに。実際は、あなたに刀を抜かせない事ばっかり考えてましたー」
「おまえの予想を上回れたなら良かった。だが、次以降は使えそうにないな」
「はい。しっかり覚えましたからねー。そっちの方も、警戒しまーす」
相手の苦笑が満面の笑みに変わる。楽しかったと言わんばかりの表情の彼と次に手合わせする時は、今以上に手強くなっていると確信した。
「俺も、新たな手を考えておくさ」
「意地悪ですねー。そう簡単には勝たせてくれないって事ですか」
と、語っているが。彼は嬉しそうにしている。

「ま、その方が燃えますけどね」
察したそれは、間違いではなかった。ゲオルグもまた、カイルを勝たせるために手を抜こうとは考えていない。
「とりあえず、互いに腕は鈍っていないようで何よりだな。特におまえは、鈍っているどころか今も腕を上げ続けている。俺も見習わんとな」
「相変わらず、謙虚なんだからー」
「慢心するよりいいだろう?」
「オレとしては、もっと自信を持ってもイイって考えてますけどね。でも、あなたのそんなところが大好きです」
思わぬ言葉に心が温まる。彼の言葉一つで、己の心持ちは間違っていなかったと改めて実感出来た。同時に、今の幸せを噛みしめる。
ふとしたところで嬉しい気持ちに浸れるのは、自分たちが今も生きているから。この安息を決して手離すものかとゲオルグは密かに誓う。それを守るために、今後も定期的に手合わせを行うべきだ。カイルとの旅路に、楽しみが一つ増えた瞬間であった。