抱いた愛を秘めて

ゲオカイ
以前あげた「思わぬ恋に落ちて」(→本編)のゲオルグ視点。

自分が率いる女王騎士の中に面白い男がいる。この国を訪れた直後、ゲオルグがフェリドから聞いた話だ。
『あいつは、俺の懐刀と言っても過言ではないな』
『あんたはそいつの事を、よほど気に入ってるんだな』
『あぁ。出会った当初は少しばかり手を焼いたが……あの頃のおまえさんほどではなかったな』
『それは良かったな』
少々ばつが悪い思いをしつつも、旧友の言う懐刀の存在が気になっていた。あの男がそれほどまでに言う人物。彼は一体、どのような男なのか。それが、最初に抱いた感情であった。
少しずつ興味を持ち始めていたその男の名は、カイルと聞く。その当人と初めて顔を合わせた時、ゲオルグはその人柄の良さに好感を持った。だが、少々軽薄な態度も気になる。人の事は言えた口ではないが、目についてしまう。しかしゲオルグはそれが彼の本質ではないと、すぐに気付く。ただの軽薄な男を、フェリドが気に入るわけがないと思えたからだ。
では、カイルの本質とは何なのか。探ろうとしても、そう簡単には掴めない。あの男は他者に、自らの心境を明かさないように立ち回っている気がした。
(なるほど……確かに、面白い男だ)
軽薄という虚像の元、心の奥底では王族のために立ち回っている。フェリドから予め教えられていなければ、そこに気付くのさえ時間をかけていただろう。女好きであるのも、周囲に自分は軽薄と思わせるために演じているだけか。それを訊ねたところ。
『いや。あれは本質だ』
と、フェリドが苦笑しつつ語った。つい、先日の話だ。
その同日、ゲオルグはカイルの事以外にどうしても訊ねておきたい事柄があった。城下町の甘味処についてだ。家族のために、この男が足を運んでいるという店について気になっていた。
女王騎士に就任した後は慌ただしい日々が続いている。その中で、王族も認める店の甘味を堪能してみたいと願っていた。快く教えてくれるとばかり考えて訊ねると、意外な言葉が返って来る。
「おまえさんは、俺の家族とは味の好みが違うかもしれん。なので、カイルを同行させる」
「あいつを? 男と出掛けるのは気が進まないんじゃないか?」
「そうだな……そこは問題だが。あいつは様々な女を喜ばせるため、この街の甘味処については誰よりも熟知している。訊ねる価値はあるぞ」
「確かに……言えているな」
「そうだろう? 悪い話ではないはずだ」
気は浮かなかったが、フェリドの話を聞くに連れて少しずつ考えも変わりつつあった。
(試してみる前から諦めるべきではないな)
理由を述べて同行を頼めば、相手はしっかりと聞いたうえで判断してくれるだろう。断られる事は既に承知している。行動の前から決めつけるのは決して好きではないが、今回ばかりはそう思わざるをえない。
彼は了承してくれるという極小な可能性に期待しているのではなく、どのように断られるか。そこに興味を抱いていた。それがゲオルグの原動力となっている。
同性に誘われるのは、あの男にとって気が進まないと考えて間違いないだろう。どのように取り繕い、自分と接してくれるのか。その心の奥底に私情を上手く隠す様子を見てみたい。
カイルの反応を楽しみにしつつ、実際に声を掛けたところ。予想だにしない事態に驚かされる。彼は、こちらの頼みを受け入れてくれた。
フェリドの言う通り、試してみる価値はあったと改めてと思う。心の何処かで決めつけていただけに、喜びも格別だ。当人には気を遣わせてしまっているとは自覚してはいても、嬉しいと思わずにはいられなかった。城下町に二人で向かう道中、フェリドに感謝しつつわきあがり続ける喜びを心の底に留め続けた。

 

本音は気が乗っていなかったとしても、カイルが選んだ店は想像を上回るほどゲオルグを満足させてくれている。
店選びだけでなく、この男と過ごす時間も楽しい。こちらに合わせてくれているだけかもしれないが、彼とは話がとてもよく合う。それも当人が上手く立ち回り、好感触を得るように言葉を選んでくれていると考えた。
ほんの少しだけ、踏み込んでみたい。興味本意のまま、己の考えを相手に告げた。カイルは軽薄を装いながらも、実は思慮深いのではないか。包み隠さず話すと、そんな事を言われたのは初めてだと返された。
ただの不良騎士を自称していたが、それが本当ならばここまで気遣いが長けているわけがない。口先では誤解だったと考えを改めるような言い方をした。しかし内心は、その考えを捨てずに留めていた。
ゲオルグはカイルが誰よりも王族を愛し、奮闘していた事をフェリドから予め聞いていた。なので、目前の相手が嘘をついていると察している。あえて口にしないのは、それを話したところで何も生まないからだ。
これは思い込みかもしれないが。カイルは己を軽率だと語る事で、これ以上踏み込んで来るなと訴えているような気がした。ただの軽率な男が、ここまで気を回せるはずがない。フェリドから聞いた話も相まって、その考えは根強かった。
軽率を装っている方が周囲を油断させるのに都合が良いと、あの男にカイルは話していたらしい。
『確かに、あいつの言う通りだとは思う。しかしな……俺としては家族同然の男が、周囲にただの軽薄な男だと認識されるのは我慢ならん』
『だが、現状のままでいるのは……あんたがカイルの意思を容認しているからなんだな?』
先日、彼と話した内容を思い出す。フェリドはゲオルグの考えを肯定し、苦笑していた。
『そうだ。あいつはそれでいいと笑っていた。俺に不快な思いをさせるのは心苦しいが、これも王家のためというのが、カイルの考えなんだ』
フェリドはカイルに強く干渉する気はなく、本人の自由に行動させたいようだ。いかにも、この男らしい。とはいえ、完全には割り切れない現状に頭を悩ませているとも同時に伝わる。
『親心というのは、複雑だな。それで? 俺もあいつを、それとなく気に掛ければいいか?』
『話が早くて助かる。やはり、おまえさんを招いた俺の判断は正しかったな!』
『よく言う……』
一連の会話を思い出しながらプリンを堪能していると、視線を感じる。向かい側に座っているカイルが、こちらを見ていた。
「お口に合ってるようですね。良かったー」
「あぁ。美味い。いくらでも欲しくなるな」
透かさず言葉を返しつつ警戒する。この男がただ、その言葉通りにプリンが口に合う事のみを心配しているとは考えにくかったからだ。穏やかな笑みを浮かべる心の底では何を考えているのか。こちらの心境を探られているかもしれない。彼にとって自分は、味方となり得る存在なのかと見定めているのだと考える。
「こんなに美味しそうに食べてくれるんだから、案内するこっちも嬉しいです。あー。時間が足りないなー。いっそ、全部のお店を案内したくなっちゃいましたー」
それは本心だと期待してしまっていいだろうか。口先のみで話しているとわかりつつも期待してしまった淡い思いは、すぐに切り捨てる。それこそ相手の迷惑となるだろう。彼は同性と休憩を共に過ごすのは本意ではないのだから。
「また、いつでも誘って下さいね。ゲオルグ殿なら歓迎しますよー」
何も疑う事なく、その言葉を丸ごと受け取ってしまいたかった。だが自分は、彼との関係を温めるためにファレナを訪れたわけではない。優先順位を考えれば、この男に惹かれ始めている心は容易に留められた。

 

細心の注意を払いながら、カイルの様子をそれとなく気にかける日々が続く。ふと、彼を誘いたい衝動に陥る事も珍しくはない。
彼と共に城下町へ行けば、どの甘味を注文するかと悩む時間が浮く。しかし、その迷う時間すらゲオルグは楽しいと感じていた。それをカイルに伝えなかったのは、あわよくば再度彼と休憩時間を過ごせるかもしれないと当時は考えていたからだ。フェリドの頼みがあったからという理由も含まれているが、何より自分が彼と過ごしたいと願ってしまっていた。軽薄という偽りで隠した、彼の王族を思う真摯な思いに触れてみたい。それほどまでにカイルが気になり始めている。
今一度、ゲオルグは気を引き締めた。いつでも誘って良いと言ってくれた、彼の言葉に乗ってはいけない。あの言葉はあくまで社交辞令に過ぎないだろう。これ以上、過度に彼と関われば秘めた思いを悟られてしまうかもしれない。それだけは何としても避けなければ。余計な気を遣わせて、彼の妨げにはなりたくなかった。自らの思いを伝えたいとの願いより、その意思は強い。私情を断ち切り、今日の休憩時間は一人で甘味処に向かう。何処の店に向かうか。こうして考えている時点で楽しい。この道中、カイルが隣にいてくれたらより楽しかったのだろう。何気なく浮かんだ考えに、ゲオルグは胸中で苦笑した。自分は既に手遅れなのかもしれない。心の片隅で、カイルの事を考えずにはいられない。それが本当に恋だとしても、一時の気の迷いだったとしても。今すぐに結論を出すのは早過ぎる。慎重に考えなくてはいけない。
いっそ、この心境に気付かなければ。あの男を気安く誘えていたかもしれない。その考えが浮かんでしまい、やはり己は手遅れなのだと痛感した。察しの良過ぎる彼に、この気持ちだけは悟られないように。今一度、気を引き締める。
気のせいかもしれないと言い聞かせながらも、この思いは恋である可能性が高いと気付き始めていた。