置き去られた彼へ

ゲオルグ×カイル
ゲオルグがカイル本人にも伝えていない彼のとある秘密について、一人で考える話。

 

 

「本当に、ゲオルグはすごいよ」
本拠地に帰還したある日、ゲオルグは王子と話す機会があった。彼の部屋に招かれ、様々な話をしていた際に言われた事だ。
「そうでもないぞ?」
「いや、そうでしょう? 僕がゲオルグ殿の立場だったら、そんな風に笑ってはいられないよ」
この少年は、単独任務に身を置き続けているこちらを案じてくれていた。彼の言う通り、心身ともに擦り減ってしまう事も珍しい話ではない。少しでも王子を安心させたいからこそ、気丈に振る舞えている。それがまず、一つの要因だ。
「俺はおまえより、ほんの少し長く生きているだけだ。おまえが俺の歳になれば、きっと同じように振る舞える」
「そうかなぁ……」
「自信を持て。おまえは自分が思っているよりも、度胸がある。それと、仮に俺がおまえと同い年の頃であったら……動揺は隠せなかっただろうな」
「ゲオルグが?」
心底驚いたような表情で、王子はゲオルグを見ていた。そこまで大きな反応をされるとは思っていなかったので、内心こちらも驚く。
「あぁ。俺も最初から、こうだったわけではないぞ?」
慢心していた頃の記憶が脳裏に浮かぶ。今は時間が押しているので、それについて詳しく話す事はやめておく。次に王子と話せる機会があった時にしようと心に決めていた。
「おまえも、元気でやれ」
「うん。ありがとう。ゲオルグのようなすごい人でも、昔は今の僕のように立ち止まってしまう事もあった。それを聞けて、心が軽くなったよ」
「俺は、おまえが言うほどの男ではないぞ? だが、その気持ちは有り難く受け取っておこう」
「謙遜し過ぎだと思うけどな……」
昔は謙遜などせず、驕っていたからこそ死にかけた。痛い目を見て改心したのだという返答は胸中に留める。
「慢心するより、いいだろう?」
それだけを伝え、王子の部屋を後にした。

 

何故、単身で危険を冒し続けられるのか。王子の問いと合わせて、改めて考える。あの少年の前で自然と気丈に振る舞えているように、己の状況についてもそこまで悲観はしておない。彼らと共に行動し続けている方が、罪悪感に苛まれるかもしれないと考える。これまでも誰の助けも得ず、自分のみで窮地を切り抜けてきた。下手をしたら、大事に至っていたかもしれない。それでも、ゲオルグは現状のままでいいと強く思う。自らの行いを考えれば当然だと言える。それもまだ、彼に話すわけにはいかない。いずれ時がくれば、機会は訪れるだろう。それ以外に、この先も秘めたままでいようと心に決めている事柄があった。

 

今回の帰還は、密かに思いを寄せ合っているカイルと顔を合わせられなかった。次の任務へ向かう道中、ゲオルグは当人に思いを馳せる。出来る事なら、ほんの少しでも顔を見たかった。しかしそれも叶わない。仕方がないと割り切りつつも寂しさを切り捨てるには、ほんの少し時間をかけている。
己が王子にすら打ち明ける気は今後もない事柄は、他でもないカイルについてだ。
それはある日の本拠地帰還時。今よりは時間に猶予が与えられていたので、夜を共に過ごした日。共に一つの寝台で就寝していた時、自然と目が覚めた。辺りはまだ暗かった。その日は夜明けに出発予定であったため、もうひと眠りしようと目を閉じた直後。傍らの男が小さく笑っていると気付く。
「カイル?」
声をかけながら様子を窺う。返事はなく、その目は閉じられたままだ。寝言だと悟り、穏やかそうにしている彼を眺めて心を温める。何やら楽しい夢を見ているようだと、穏やかに考えていた。
「フェリド様、陛下……」
その名をはっきりと聞き取り、心が痛んだ。この男が見ているであろう楽しい夢の中で、彼が心から尊敬して好いている者たちと過ごしているのだと察する。今では夢の中でしか叶わない穏やかな日常。奪われてしまう事態を避けられなかった。何を言おうとも言い訳にしかならない。己の罪から目を背けるような真似は一切しないと当時から心に決めている。
いたたまれなく思いながらも、彼の様子を眺め続けた。今も幸せそうに眠る彼の閉じた目蓋から、涙がこぼれ始める。起こさないよう細心の注意を払い、指先で拭った。
あくまで推測でしかないが。夢を見ている最中のカイルも、これは夢だと気付いているのかもしれない。それ故の涙と仮定する。
彼は事が起きてしまった後も、恐ろしいほどにそれまで通り周囲と接していた。レインウォールに辿りつくまで、その心身に受けたであろう仕打ちについて一言も語らずにいた男の本音に触れられたような気がする。
今まで平然でいたように思わせているが、平気なはずがなかった。誰よりもフェリドとアルシュタートを敬っていた、その胸中の悲しみは計り知れない。信じたくなかった事実を、無理矢理に受け入れて気丈にこれまで振る舞い続けていたのか。心から仕えていた者たちが、突然いなくなってしまった。置き去りの彼の心は人知れず泣いている。
その日の夜がきっかけとなり、自惚れを承知で誓った事柄があった。
まだ、死ぬわけにはいかない。せめて自分だけは彼を置いていかないように、と。

 

その一件から時が大分過ぎた今でも、鮮明に記憶している。あの日の事は今後も誰一人として打ち明けず、胸の内に秘め続けようと決意を抱いた。
身を危険に晒すたび、あの男の涙が頭を過ぎる。それが己を救ってくれていた。
絶対に、彼より先に死んではいけない。己の意思を再認識した後で、ゲオルグは引き続き単独任務に身を投じ続けた。