人を愛した神と、神を愛した人の話1

神六長編の二話目です。

 

 

恋仲の関係を終わらせる前は、殺伐としている事が常であった。だが今はとても和やかな雰囲気で六と食卓を囲む事が出来ている。まるで出逢った当初をやり直しているようだ。そのようにさえ思えた。
「あー、やっぱ六の飯は美味ぇな!」
「そうか。それなら安心した」
「え? まさか俺様の反応を気にしてたとか?」
「調子に乗るな。馬鹿が。……まぁ、悔しいがその通りだ」
「謙遜するなよー。お前の作る飯はいつだって美味ぇんだから」
「そりゃ嬉しいな……」
気を抜いていれば聞き逃してしまいそうなほど、小さな声が聞こえる。それは彼が無意識にこぼした独り言なのかもしれない。
MZDは笑みを浮かべるのみに留め、煮魚と白米を口に運んだ。甘辛い味付けのそれが魚と白米を絡め、じっくり味わいたいと思うが早々に胃へ流し込んでしまう。そしてすぐ次の一口を求めて箸を進める。
「相変わらず、見ていて気持ちの良い食いっぷりだな」
「……」
「どうした?」
「六がそう言ってくれるなら、遠慮なくがっつけるなって安心した」
自然な笑みを浮かべた六の表情を久々に見る。いつぞやにMZDは、彼の表情について指摘した事があった。
『もうちょい愛想良く笑えねぇのかよ?』
『知るか。俺はお前みてぇに始終ヘラヘラしようとは思わねぇよ』
一部の会話を思い出して苦い思いがこみ上げる。しかしそれを表情に出す事は絶対にしない。六の料理はわずかに痛んだ心を和らげてくれていた。
我ながらひどい事を言ったと思い返す。この男と知り合った当初、確か彼はこう言ってはいなかったか。これが元々の六の表情であったと。
MZDは六の顔そのものを否定したと言っても過言では無かったかもしれない。愛想を必要以上に振り撒く事が苦手な者も存在する。わかっていたはずではないか。だが、当時はその当たり前である事すら忘れてしまっていた。
今の六は柔らかな笑みを浮かべながら食事をしている。こちらとの談笑も楽しんでくれている事も感じられた。六は彼自身が思っている以上に愛想良く出来る。一時の感情でこちらが吐き出してしまったそれは誤りであった。謝りたい。その衝動もまた、飲み込む。過ぎてしまった事を掘り返す。それは少し前に不毛であったと考えた故だ。
愛想のいい笑みを六も浮かべられるではないか。先ほど危うく口にしてしまいそうになった言葉を胸中にて呟く。それならば関係を終わらせる目前、何処か張り詰めていた表情の要因は他ならぬ自分であったと今更ながら気付いてしまった。その後悔もまた、MZDは心の奥底にしまい込んだ。
恋仲の関係を終わらせる前は、殺伐としている事が常であった。だが今はとても和やかな雰囲気で六と食卓を囲む事が出来ている。まるで出逢った当初をやり直しているようだ。そのようにさえ思えた。
何がいけなかったのか。今更考えようとは思わない。ただこの心地の良い時間を存分に堪能する事のみに重点を置く。別れて何回目かの六と過ごす時間は相変わらず穏やかだ。
「また、MZDとこんな風に飯が食えるとはな」
「そりゃ俺も考えてた。いやー、助かるぜ? 最近は自炊ってやつもそこそこするようになったけどよ……どうにも自分で作った飯ってのはそこまで美味ぇとは感じられねぇんだ」
「数をこなしていけば、自ずと美味いと感じられる」
と、六が語った事が頭の中に留まる。この男にも自分のように料理が得意とは言えない時期があったのだろうか。思えばMZDは六の過去を知らない。幼い頃から一人でこの家に住んでいたのか。数年恋仲でいただけで彼の全てを理解する事は不可能と考えていたが、そうだとしても自分はあまりにも六を知らない。ここ最近、過ぎた事に思いを馳せる事が多かったせいだろう。愛しいと想っていた相手の過去を知りたいと思うのは。
「そん時が、ほんとに来るといいな」
「それはMZD次第だ」
「そりゃ言えてんな」
恋人として共に在り続ける事は不可能であったが。かけがえのない友としてであれば、今度こそ彼とは良好な関係を築けるのかもしれない。
料理を教えてくれと言えば、六は了承してくれるだろうか。たった今浮かんだ疑問ではあったが、口にしようとは思わない。それよりも以前から抱いていた疑問を口にするべきだと考えているからだ。立て続けに質問してしまえば辟易されてしまうかもしれない。
「そういや、六。またパーティに参加する気はあるか?」
「……」
茶を啜っていた六の手が止まる。軽い雰囲気を装って訊ねたつもりではあったが、彼は何を思っているのだろうか。
「六?」
「あぁ、すまねぇな。今も変わらずにそうして声をかけてくれる事が嬉しかった。だから、放心しちまったんだ」
「なんだ。そうだったのか。とりあえず強制はしねぇからな。気軽に考えといてくれ」
「あぁ、そうさせてもらう」
食事を終え、六が後片付けのためにその場から立ち上がる。今まではそれを見ているだけであったが今日はMZDも彼に伴い席を立つ。
「MZD?」
「手伝う。いや、手伝わせてくれ」
不思議そうにしている六を見据えて告げると、今度は驚いたような表情を見せられた。
「そうか。頼む」
しかし六はそれだけに留まらず、こちらに笑みを返してくれた。とても優しい表情であったと思う。
その後台所に二人で立ち、食器を洗い始める。今も尚穏やかな時間が流れていると実感出来た。彼が隣に立っていてくれている。それだけでこのうえなく嬉しい。長い間、忘れていた感情だ。
何故、恋人同士としての関係を終わらせる前に思い出す事が出来なかったのだろうか。その思いもまた、心の奥底にしまい込んだ。訂正不可の過去についてを考える事は不毛であると、何度も言い聞かせているのに。今までにない複雑な想いに手を焼いている。この現状を煩わしく思う事は無く、嬉しいと感じていた。神としてではない、周囲と同じ一個体として感情を持ち合わせて生きる事が出来ていると実感しているからだ。
MZDは自己満足のために六を利用していたのかもしれない。そうであったとしたら、あまりにも酷い話だ。自己満足に浸るために自分は六とそれまでの数年間を過ごして来たのか。恋仲であった時の六は何を思っていたのだろう?
「どうした? MZD」
「あー、すまねぇ。ちっとばかし考え事をしちまった」
考える事に没頭していたせいか、気付けば手が止まっていた。恐らく六はそれに気付いて声をかけてくれたのだろう。
「……やっと俺も、食事の後片付けを手伝う事が出来た。それが嬉しくてな」
問われるより先にこちらの疑問を心の奥底にしまった後で答えると、六は笑みを返してくれるのみである。今更何を言っているのか。穏やかな時間を噛み締めつつ、MZDは一人胸中にて自嘲した。
「まだ、間に合うのかもしれねぇな……」
「ん?」
今度は自嘲する事に没頭しつつあったが、六が何かを言う事で我に返る。
「……お前と同じ事を俺も考えていた。それだけだ」
「そっか」
聞き返してしまってはこちらが上の空であった事に気付かれてしまう。機嫌を損ねてしまう事も考えたが、彼は変わらず穏やかなままでいた。
後片付けを共に行う事を相手も嬉しく思ってくれていたとは。最初から適度な距離で心を置いたままで六と接していれば。何度目になるか数える事もとうに諦めた後悔をまた抱く。だがこの後悔だけは決して不毛な事ではない。これは今後に活かす事が出来ると思えるからこそだ。
この先の六との関係性についてを前向きに考えながら、MZDは止まっていた手を再度動かし始める。気分が良いので次第に鼻歌が混じり始めた。それが六の曲であると彼が気付くのにさほど時間はかからない。
そこに六の歌が加わり、鼻歌は互いによる歌唱へと変わる。
以前の六もこのような気分で歌いながら料理をしていたのだろうか。憶測でしかないが、自分と出逢う目前の彼の心境に寄り添えたと実感出来た事が嬉しかった。