2021.9/4 新刊サンプル(エア三都)

ロイが仲間になった直後。群島諸国へ向かう前。ここまでのネタバレ要素も含んでいます。ゲーム本編の通り、ロイ→リオンの表現有。
久々に本拠地で過ごすゲオルグと仲間の交流の話。色々捏造しています。

日は傾き、そろそろ辺りが暗くなりそうな手前にゲオルグはセラス湖の本拠地に帰還した。ルクレティアへの報告に向かう途中、本拠地内がいつも以上に賑わっていると気付く。何かあったのかと近くにいた者に訊ねると、王子に恐ろしく似た影武者が軍に加わったと教えられた。そこまで見分けがつかないものなのかと、道中で顔を合わせた者たちに問うと口を揃えられた。彼らいわく、生き別れの双子のようだと思えるらしい。聞けば、サイアリーズも騙されるそうだ。その容姿を利用して悪戯に走ることに困っていると、何人かが話していた。果たして自分も欺かれるのだろうか。それなりに自信はあるが、実際に彼を見ていないのだから決めつけるのは早い。
二階広間に辿り着き、ルクレティアの部屋へ向かおうとした時。軍議の間に続く階段からファルーシュが降りて来た。普段の彼であれば、すぐにこちらへ駆け寄って来る。だが、目前の少年はゲオルグを警戒しているような気配を見せていた。
(なるほど。確かにこれは似ているな)
ほんの一瞬だけ、彼をファルーシュと見間違える。
「おまえが噂の、影武者か?」
戸惑いや驚きは心の中に押し留め、冷静を保って話しかける。
「そう言うあんたは、噂の甘党女王騎士殿か?」
「何をどう噂されているかは知らんが、おまえの認識は恐らく正しい」
強気な姿勢で問う相手に肯定の言葉を返す。ファルーシュであれば絶対に有り得ない言葉づかいは新鮮で、好感を持った。堅苦しいのは苦手なので助かる。
「なんで、わかったんだよ。あの叔母さんだって、わりと簡単に騙されるってのに」
好印象を抱き始めた目前の少年は、納得が出来ない様子だと伝わる。それほどまでに自信があったのだろうと察した。サイアリーズを騙せたことが、彼の自信に繋がったのだろう。確かに、この少年に警戒なく近寄られたら見間違うかもしれない。心なしか、声もファルーシュに似ている気がする。
「運が良かっただけだ」
そんな相手に感心し、敬意を持つ。
「ルクレティアは軍議の間か?」
しかし今は要件を済ませるべきなので、己の気持ちは胸中に留めて訊ねる。
「いや。オレ、しばらくそこにいたけどさ。誰も来なかった」
「そうか。ところで何故、おまえはそこにいたんだ?」
それまでの言葉から察して問う。率直な興味のまま、言葉にした。
「なんだっていいだろ」
触れられたくない事柄であったと気付き、これ以上の追求はやめておく。
「すまん。初対面だというのに、あれこれ詮索し過ぎだったな」
ルクレティアの部屋に向かうために歩き出そうと、この少年に背中を向けた直後に声をかけられた。
「運が良かったって、どういう意味だったんだ?」
先ほどの答えに対して、彼は疑問を抱いているようだ。特に隠す理由もないので、答えようと再び相手の方へ振り向いた。
「もしもおまえがリオンを連れていたら、確実に騙されていた」
心からの称賛を込めた言葉であったが、少年にとっては気に障ったのかもしれない。当人が無表情になったことで、話してはいけない何かに触れてしまったようた。
「悪かった。不快にさせてしまったようだな」
「そんなんじゃねえから。気にすんな」
と、語ってはいるが。言葉と表情が一致していない。明らかに気をつかわせてしまっているとわかるが、こちらが何かを言うより先に彼は背を向けて歩いて行ってしまった。その背中はとても小さく見える。これといった心当たりは思い浮かばない。追いかけるべきか。いや、まずは報告が先だろう。
後ろ髪を引かれる思いに耐え、ゲオルグはルクレティアの元へ向かった。

 

ルクレティアへの報告を済ませたゲオルグは、彼女からも影武者の話を聞いた。少年の名はロイと教えられ、サイアリーズの推薦で影武者に任命されたと知る。彼の姿を思い出し、ゲオルグは納得した。
久々に本拠地へ帰還したので、ファルーシュとリオンの顔が見たい。二人は何処にいるのかと彼女に訊ねるが、彼らは出かけていると聞かされた。今は更に仲間を集めるため、各地を回っているらしい。次の任務については追って話すと言われたので、ひとまずルクレティアの部屋を後にした直後。ゲオルグはサイアリーズと鉢合わせた。
「帰ってたのかい?」
「あぁ。戻って早々、おまえが推薦した影武者にも会った」
先ほどロイと顔を合わせた二階広間で、今度は彼女と談笑する。
「驚いただろ?」
得意げな表情を浮かべる彼女に問われた。
「そうだな。リオンも連れていたら、すんなり騙されていたかもしれん」
ロイに告げた本心をサイアリーズにも試すように伝えてみると、相手は苦笑した。思った通りだ。自分にとっては何気ない一言だが、ロイにとっては重大な一言だったのかもしれないと改めて気付く。
「……どうやら俺は、ロイに言ってはいけないことを話したようだな。直後の顔を見て、失言だったとわかった」
「察しがいいねぇ」
「そうでもないさ。何がいけなかったか、そこまでは把握していない」
「簡単な話さ。ロイはリオンに気があるんだ」
その一言で疑問は解消された。リオンと共に行動していなかったからとの言葉で、相手を突き刺してしまったのだ。
「また、すぐに出発かい?」
「いや。ひとまずは待機でいいらしい」
「そりゃよかった。それにしても……人づかいの荒いあの女にしては、珍しいじゃないか」
「休んだ分、より過酷な任務を用意されるかもしれんな」
声を潜めた軽口に彼女が笑う。
「随分な言い方だねえ。まぁ、事実だけどさ」
一見憎まれ口を叩いているようにしか見えないが、その表情は期待を匂わせている。次はどんな作戦を行うつもりなのか。楽しみで仕方がないと言わんばかりに声が弾んでいた。彼女が仲間になるまではこちらが劣勢続きであったからこそ、現状を心より喜ばしく思っているのかもしれない。ゲオルグもまた、ルクレティアの作戦にはいつも驚かされていた。
「とりあえず、今の内にたっぷり休んでおきなよ?」
「そうさせてもらう。おまえはこれから、ひと眠りか?」
「よくわかったね」
「それなら、足止めさせてしまって悪かったな」
「言うほど足を止められた覚えはないさ。それじゃ、おやすみー」
彼女を見送った後、ゲオルグは食堂へ足を向ける。
状況は完全に好転したわけではない。しかし、彼女が太陽宮にいた頃のように昼寝に向かう様子を見て思う。本当に少しずつではあるが、あの日々を取り戻せている。とはいえ、浮かれてはいけない。彼らが全てを奪還するその日まで自分は力を貸し続ける。常日頃から抱いている決意と再度向き合った。

 

食堂にて、ゲオルグは食事をしていた。今の時間帯は空いていたので、より落ち着いて過ごせている。自分の他には数人が腰掛け、それぞれが寛いでいた。人と関わるのは特別苦手ではないが、周囲から温かく出迎えられるのは心苦しい。本拠地に帰還すれば、決まって手厚く歓迎される。そんな彼らを裏切っているも同然だと、密かに思う。
(いずれは、話さなければ)
優しくされる権利はない。しかし、あの夜の一件は気安く打ち明けるべきではないだろう。これは保身のためではなく、軍全体の士気を第一に意識しているからだ。頭の片隅で考えながら表面上は売店で買ったチーズケーキに夢中と装った。今の心境を前面に出してしまえば、心配をかけてしまう。
(いつ食っても、美味いな)
味を楽しめるのは密かな考えを奥底に留められている何よりの証拠と、気付いたところでカイルの姿が目に入る。どうやらゲオルグに用があるようで、真っ直ぐにこちらへ向かって来た。少し後ろの方にいる見慣れない少年に視線を向けると、カイルの後ろに身を隠される。
「おかえりなさーい。いつの間にか帰ってたんですね?」
「あぁ」
食事の手を止めると、透かさずカイルが言葉を続ける。
「どーぞ、お気になさらず。食べながら聞いて下さい。既にご存知かもしれませんけど、改めて紹介しようと思いまして」
カイルの陰に隠れた少年についてだと察した。当人には警戒されているようだが、このような状態で大丈夫なのかと心配する。
「緊張しなくてもいいよ。見た目は強面かもしれないけど、とっても気さくな人だから」
少年を前に立つよう促しながら話す彼の言葉を頭の中で復唱する。既に知っているかもしれないとカイルは言っていたが、あいにく見覚えがない。居心地が悪そうな当人について、警戒心が強いとの印象を受ける。かたくなに顔を合わせない理由を考えた直後に心当たりが浮かび、すぐに気付いた。
「おまえが、ロイか?」
思いのまま問うと、彼は驚いたような表情を浮かべる。何故、名前を知っているのだと言わんばかりの顔でゲオルグを見ていた。
「わー。やっぱり、ご存知だったんですね?」
「偶然、顔を合わせてな」
彼の素顔ではなく、ファルーシュの姿をしていた時であったが。それは心の中で付け足す。あえて話さなかったのは、カイルの前で詳しく語れば、恥をかかせてしまうかもしれないからだ。
「ってことは……王子に変装したロイ君を先に見たんですね。すごかったでしょー?」
「あぁ、驚いた。姿形があまりにも似ているのはもちろんだが、ただそれだけではない。立ち振る舞いもファルーシュによく寄せられていた。常に努力しているんだろうな」
先ほどの失言には触れないように言葉を選ぶ。出任せではなく、全て本心だ。
「……べつに、そんな大したことはしてねえよ。山賊やってた頃は、面白半分だったしな」
謙遜するように話すが、ロイはようやく得意気に笑んでくれた。
「次の任務も、気を付けて行って来て下さいね。そろそろ、出発ですか?」
「いや。今は次の任務まで、少しばかり待機している」
「よかったですねー。お時間がありましたら、ロイ君の武術指南をお願い出来ますか?」
「引き受けよう」
カイルがロイを気にかけているとわかり、ロイもそれに救われているだろうと同時に伝わった。