ひとときの安らぎ

ゲオルグ×カイル
本拠地を入手して間もないぐらいの時期。本拠地内、ゲオルグの部屋にて二人きりで過ごす話。

ある日の夕暮れ時。ゲオルグは本拠地に帰還し、ルクレティアへ任務の報告を済ませた。そしてすぐに、次の任務を与えられる。少しだけ自室で休憩し、夜には出発しようと決めた。
王子たちに顔を見せようか迷うが、これといって良い報せが出来るわけでもない。よって、何も言わず黙って本拠地を発とうと考えた。
外に出れば、また常に気を張り続けなければいけない。心身共に安らげる貴重な時間を堪能しようと自室のドアを開ける。部屋を空けることが多いが、ゲオルグの部屋はいつも手入れが行き届いている。そんな身分ではないのに、いたたまれない。
(だが、せっかくだ。ありがたく使わせてもらおう)
少しの間はあるが、しっかり休めそうだ。ひとまず仮眠をとろうかと長椅子に向かった直後、閉じたばかりのドアを叩く音が聞こえた。思わぬ事態に驚きつつ来客を迎える。
「気のせいじゃ、なかったみたいですねー」
軽い様子のカイルが微笑みながら囁く。そんな彼が愛しい。部屋へ通すと、当人は長椅子へ腰掛けた。それに合わせて、自分も隣に座る。
「お疲れみたいですね?」
「あぁ。なかなか気を張る任務だった」
「いつも、そうでしょう? 常に一人きりで、誰にも見つからないように動かなきゃいけないんだし」
「……おまえも、そうだろう?」
カイルは意外だといわんばかりの表情を一瞬見せた後、苦笑した。
「ちなみに、オレのどこが疲れてるように思えるんですか?」
「確かに、表情だけではそんな風に見えん。俺が言いたいのは……それを周りに悟られないように振る舞っているからこそ、疲労が蓄積してないかってことだ」
「なるほどー」
あくまで彼は、ゲオルグの考えを否定せず、肯定する気配も見せない。それだけで充分だ。気持ち丸ごと改めさせるまでは、少しも望んでいない。
「俺が、勝手に思っているだけだ。それが事実がどうかは知らん」
「ゲオルグ殿は、お気づかい上手だなー。人に干渉し過ぎず、かといって冷たいわけじゃない。だから、あなたの隣は居心地がイイんだよなー」
「おまえに、少しずつ似てきているのかもしれん」
「それで、ちゃっかりオレを持ちあげるのも欠かさない。さすがですねー」
ゲオルグはただ、自分の感情を嘘偽りなく語っているのみだ。どんな返答をすべきか考えていると、再度カイルが微笑む。
「もしかして、気をつかってくれてます? 大丈夫ですよー。言いたいこと、どんどんお話して下さい」
「……おまえこそ、俺を持ちあげ過ぎてないか?」
「そうですかねー? じゃあ、お互い様ですね?」
心の距離は適度に保たれていると実感し、ゲオルグは穏やかな心境だ。自然と微笑むが、対するカイルは苦笑する。
「すみません。はぐらかしちゃいました」
問うより先に、彼は話を続けた。
「せっかくゲオルグ殿が気にかけてくれてるのに、話を逸らして逃げちゃいました。確かに、オレもちょっとは疲れてますよ」
少しだけとの表現が、周囲を心配させないようにと常に振る舞っている彼らしい。
「だが、おまえは表に出さず平然を装っている」
「はい。上手くできてるかは不安ですけど、そうありたいなって」
「理由を聞いてもいいか?」
「……オレまで疲れたって顔をしてたって、どうしようもないじゃないですか。オレがいつもどおり過ごすことで、ちょっとでもみんなを元気づけられたらいいなーって。こんなんでも一応、女王騎士としてはゲオルグ殿よりも先輩ですからねー。たまには、カッコつけないと」
「立派な話だな。それなら、少し甘えさせてもらおうか? できれば上下関係は抜きで、心を許した相手として頼みたいんだが」
「細かいことは気にしなくていいですよー。でも、その肩書きは悪くないなー」
穏やかそうに笑んでいた彼の表情が、子供のような無邪気な笑顔に変わる。周囲にはあまり見せない、そんな様子を眺められるのは自分の特権だとゲオルグは感じていた。
「あ、質問に答えてなかったですね。すみません。どうぞお好きな解釈で、オレに甘えて下さい」
慌てて思い出したような素ぶりでカイルは言う。ゲオルグへの気づかいを欠かさない彼に、申し訳ない思いと感謝を同時に抱く。ここは当初の予定どおり、相手を頼ろうと決めた。この穏やかな時間を保ちたい、自分のわがままに心の中で苦笑する。
「わかった。好きなように取らせてもらう。少しだけ、肩を貸してほしい」
「はーい。どれぐらい、お休みしますか?」
「日が落ちて暗くなるまでだな」
「わかりました」
全てを語らずとも、カイルはゲオルグの意図を理解しているようだ。話が早く、相変わらず察しがいいと実感する。
「それじゃ、どーぞ。ちゃんと起こすんで、安心して下さいね」
カイルに促されるまま、彼の肩に頭を置いて目を閉じる。
「おやすみなさい、ゲオルグ殿」
どうやら自分は思っていた以上に疲れていたと自覚する。カイルの声が遠くから聞こえたような気がしたからだ。彼の隣で少しの間、ゲオルグは心安らぐ一瞬の時を過ごした。