ほんのひと時

任務から戻ったゲオルグにカイルがある贈り物を用意している話。

 

想い人の話によれば、彼本人はとにかく甘味が好物である。例え周囲に笑われようとも好物を変えるつもりは無いとゲオルグは言っていた。その潔い姿勢がとても心地いい。彼との付き添いでソルファレナの甘味処を巡っていた時の事を思い出す。
この国に来て間も無い頃。彼を面白く思っていない輩たちの陰口も、意外だと感嘆する者たちの声もあの男は一切気にも留めずチーズケーキを美味いと何度も呟きながら食べていた。

カイルは飴玉の詰め合わせを調達した故に以前の出来事を思い出す。瓶に詰められた色鮮やかな飴玉は、甘味にそれほど関心の無い自分ですら綺麗だと少々見惚れてしまう。
これを異性の為ではなく、同性の為にと仕入れたのだから我ながら驚きだ。
「ゲオルグ殿ー。入りますよー」
本拠地である彼の自室前に立ち、ドアを数回叩いて部屋に入る。
「わざわざ来てくれたんだな」
「そりゃそーですよ」
単独任務を終えたゲオルグが本拠地に帰還した。その情報を得たカイルは先日調達した飴玉の詰め合わせを手にして彼を訪ねる。
「オレ、ゲオルグ殿が戻って来るのをすごく楽しみにしてたんですから。あなたを含めた周囲は全然そんな事は思ってなさそうですけどね」
「楽しみにしてくれていると考えれば、当事者の俺は自惚れているだけになりそうだ」
「自惚れじゃないです。そこんとこはしっかり自信持って下さい」
彼から外套を片手で受け取りながら気付く。ゲオルグの視線は予想していた通り、もう片方の手で持っている飴玉の瓶に注がれていた。
「やっぱ、気になります?」
「あぁ」
瓶をゲオルグに渡して外套をクローゼットにしまう。我ながら手慣れた様子だと内心で自賛した。
「くれるのか?」
「はい。最初からそのつもりで持って来ました」
ベッドに腰掛けた彼の右隣に腰掛けながら返答する。
「そうか」
一層顔を綻ばせている様子から、とても喜んでくれていると伝わる。仕入れた甲斐があった。何処か子供を思わせる彼の表情はとても愛らしい。ゲオルグの視線は色とりどりの飴玉へ釘付けだ。
「飴玉もお好きですか?」
「もちろんだ。甘ければ甘いほどいい」
「良かったー。思った通りですね。詰め合わせの種類もいくつかあったんですけど、一番甘そうなのが入ってるやつを選んでみました」
彼の肩に身体を預けると空いている方の手でこちらの肩を抱かれた。久々のゲオルグの温もりに身を委ね、穏やかな時間を噛みしめる。
「えっと……この白いのがミルク味で、金色が蜂蜜味。そうそう、この薄黄色に茶色が混ざっているのがプリン味だそうです。隣にある薄緑と白のこれがクリームソーダ味だとか」
一つずつ指を差しながらの説明の最中、その味を想像しただけで自分にとっては甘過ぎるのだろうとカイルは思う。しかしゲオルグにとっては好物の詰め合わせである。甘さを想像して顔を歪めるのではなく、ゲオルグの喜んでいる顔を見てカイルは笑んだ。
「そのお顔が見たかったんですよ。ゲオルグ殿、すごく嬉しそうですね」
「当然だ」
互いに微笑み合い、彼が再び単独任務へ向かってしまうまでのひと時を堪能した。

 

単独での任務は常に気を張りめぐらせている。寝食も人目を忍んで行い、野宿が常だ。追われる身となるのは初めてであったが、野宿においては慣れていた。
鬱蒼とした森の中に一人でいると、状況が状況なだけに気が滅入ってしまいそうになる事もあるが今は違う。森の奥深くで一時腰を落ち着けながら、ゲオルグは懐から飴玉の入った小瓶を取り出す。周囲への警戒も引き続き忘れない。
瓶の中に入っている飴玉はまだ半分以上が残っている。蓋を開け、中から一つを取り出す。金色の飴玉を見つめながら思う。この美しい色合いはまるでカイルの髪色のようだ。当初はそのように感じていなかったが、木々の間から僅かに漏れている月明かりが飴玉を照らしている事で初めて思う。淡い光にゲオルグはカイルを連想したのだ。よほどカイルに焦がれているのだろう。
飴玉を口に含んで舌で転がす。本拠地で自分の帰りを待つ彼を思いながら口内に広がる甘味にひと時、心を和ませた。