エアブー新刊サンプル

以前出したカフェパロ本の新章です。
完全続編というわけではなく、前日譚となっています。
前作以上に自己解釈を盛り込んだ自由な話です。
ゲーム本編の通り、ロイ→リオンの片思い要素を含みます。

 

「進んでるか?」
「それなりにー」
体格はカイルより更にしっかりしていて、強面の男にロイは混乱する。
(こ、このオッサンが……甘党?)
人は見かけによらない。わかっていたつもりでも驚いてしまう。目つきの鋭い店長は、今まで見てきたどの店長よりも迫力があった。
「うん。やっぱりロイ君は、わかりやすいねー」
「……!」
動揺は隠したつもりでいたが、実際は全て顔に出てしまっていたようだ。
「あ、えっと……」
咄嗟に声を出してみるものの、これといった言葉が思いつかない。これでは印象が悪過ぎる。自分は見た目だけで相手を判断し、恐れていると思われかねない。
「すまんな。こんな見かけのせいで、周りにはいつも警戒されるんだ」
「おかげで変な客も寄り付かないから、オレとしては助かってるんですけどねー」
「な、なるほど……」
「だから、おまえも気にしなくていいぞ」
「そうだよー。ついでに言っておくけど……この人は見た目が老け気味なだけで、実際はオレと歳は五つしか変わらないから。そんなに、かしこまらなくても大丈夫だよー」
「……え?」
カイルの実年齢を聞いたわけではないが、それでも驚いてしまう。
(でも……兄ちゃんって呼ぶのは似合わねぇ気がするよな)
失礼だとは承知で考える。
「やっぱり、老けてるんですよー。ゲオルグ店長はー。ロイ君、ビックリしちゃってますよー」
からかい混じりに話すカイルのおかげで、少しずつ肩の力が抜けた。
「そんなわけで。この人が見た目からは想像も出来ない、甘党さんのゲオルグ店長でーす」
混乱から少しずつ落ち着こうとするものの、いまだロイの脳内は散らかったままだ。
「で。おまえは本当に、ここで働いてくれるのか?」
「……そのつもりなんで、ここに来ました」
恐れたままではいけないと気を強く持ち、相手の目を見て返答する。
「もー、あなたは真っ直ぐ過ぎるんですよー。色々と飛ばし過ぎです」
「ある程度おまえが面接を進めたというのに、俺まで前提を踏んでは二度手間になる」
カイルが笑いながら語ると、店長のゲオルグは悪びれる様子もなく透かさず口を開いた。
「だからー、そーゆーのって店長さんのお仕事じゃないですかー。オレはただ、雑談してただけですー」
「と、言っているが。その雑談中に、おまえは色々と考えていたんだろう?」
「さぁ、どうでしょうねー」
カイルの様子はゲオルグを試しているように見える。ロイは内心、ゲオルグの意見に賛同していた。これまで心境を何度も言い当てられたからこそ、そのように考えられる。
「すまん。俺はまだ、夜に向けての仕込みが終わっていない。もう少しだけ待ってくれるか?」
申し訳ないと言わんばかりの問いに頷く。彼もまたカイルと同様に心優しい男だと察した。こちらが相手の都合も考えずに来店したのだから待つのは当然と考える。張り紙には事前の連絡は必要無いと書かれていたが、だからとはいえ面接を急かしていい理由にはならない。
「終わってないなら、なんでこっちに来たんですかー?」
「キッチンに出入りするおまえが、あまりにも楽しそうだったからな。気になって見に来た」
「ロイ君とのおしゃべり、とっても楽しいですからね」
「俺も、早く話したくなった。残りの作業はすぐに終わらせる」
思いの外、彼は表情が豊かだ。最初こそ警戒していたものの、カイルの時と同様に強張っていた心も和らいでいく。ゲオルグのように強面な男が店主だとわかれば、確かに冷やかしや強盗の類も寄り付かないと考えられる。先ほどのカイルの言葉を思い出しながら、確かにそうだと改めて感じた。
「あの人。怖そうなのは見た目だけで、実際はとっても優しい人だから。心配しないで」
「兄ちゃんの事、信じるからな」
こちらの不安を汲んでくれたのか、カイルはロイが欲しがっている言葉を的確に選んでいると思う。
相手の話を鵜呑みにしているだけではなく、自分もゲオルグがカイル同様に善人であると思い始めている。根拠はないので、仮定というよりは願望がそう思わせているのかもしれないとの警戒も少しだけ残っていた。そのゲオルグが、再び戻って来る。何か言い忘れた事でもあるのだろうか。
「腹は減っていないか? こんなにも待たせてしまっているんだ。もし減っているなら、何か作らせてほしい」
言われて意識してみると、確かに空腹感はある。とはいえ、甘えてしまっていいのか。
「遠慮しないでいいよー。オレもこの人も、ロイ君の正直な気持ちが聞きたいから」
迷っていた中、カイルが口を開く。ロイにとってそれは助け舟となる。
「減ってはいるけど……飲み物だってもらったのに……そんなにいっぱい、ご馳走になっちまっていいのかな」
導かれるように率直な気持ちを呟くと、二人は微笑みを浮かべた。こちらを馬鹿にするようなものではなく、嬉しいと言わんばかりのものと受け取れる。彼らの優しさに心が温まった。
「ロイ君は素直でいい子だね。ホントの事を話してくれて嬉しいよ。そうですよね?」
ゲオルグの方を向き、カイルは様子を窺う。
「そうだな。気にしなくていいぞ。もっと欲張ってくれていい。好きなだけ頼め」
ゲオルグはカイルの時と同様にテーブルの端に戻した品書きを手に取り、ロイの前に開いて置いた。そのページには食事のメニューが書かれている。飲み物同様、種類が豊富だ。
「それじゃ、ついでにオレも頼んじゃおっかなー。オレもお腹空いてるし、いいですかね?」
「あぁ、構わん。二人で飯を食いながら面接を続けてくれ」
「はーい。面接というよりは、ただのおしゃべりって感じですけどねー。それで、店長。今日のオススメは?」
「そうだな……今日はグラタンとドリアだ」
「なるほどー。ロイ君、その二つは嫌いじゃない?」
おそらくこの二人は、こちらが気軽に頼めるように仕向けてくれているのかもしれない。彼らはどこまで優しくしてくれるのか。
「じゃあ、ドリア。どっちも食えるから、大丈夫」
ドリアの方が、より腹が膨れる気がする。何となく感じた理由によって選んだ後。今の言葉について少々後悔する。カイルが素直と言ってくれたにも関わらず、好物とは伝えられなかった。この男は自分の何処が素直と感じてくれたのだろうか。
「それなら、オレはグラタンで。お願いしまーす」
「あぁ、任せろ」
再度ゲオルグを見送った後、カイルはロイの方へ向き直す。
「あの人も言ってくれたし、オレも休憩がてらロイ君と一緒にご飯を食べていいかな?」
その問いに頷くと相手は子供を思わせる、無邪気な笑みを浮かべた。彼より歳下の自分がそのように思うのは生意気だと自覚していたので、言葉にはせず胸中に留める。
「店長も言ってたけど……やっぱ、オレも面接っぽい事を話した方がいいのかな? 困ったね」
同意を求める彼は、それまで浮かべていた笑みを苦笑へ変えた。
「兄ちゃんの方が、面接に向いてるって思ってんじゃねぇの?」
今度は気持ちを容易く言葉に出来た。少しずつ打ち解けられているおかげで、カイルには緊張を全く抱かずに話せている。
「ロイ君がそう言ってくれるなら、ちょっとだけ頑張ってみようかなー」
少し前に記入を終えていた書類を手に取り、カイルは目を通し始めた。雑談ではなく、面接となれば抜けていた力が少々入る。
「で。ロイ君が演劇部に入った、きっかけって何?」
「そっちかよ!?」
力んでいた気持ちが、その声に乗って一気に抜けてしまう。
「だって、気になったんだもん」
悪びれる様子もなく、彼はこちらの返答を待っている。
(オレを、和ませようとしてくれてんのか?)
察しの良い男だと、これまで何度も思った。だからこそ、十分にあり得ると思う。面接を進めなくていいのか。その考えもあったが、今は彼の疑問に答えたい。気遣いであったとしても、本音であったとしても。自分の話を聞いてもらいたかった。
「最初は、誘われたのがきっかけだった」
同じ施設出身のフェイロンとフェイレンに声をかけられた日の事は、今でも覚えている。最初は部員一人の退部がきっかけで、その埋め合わせを頼まれた。当時は定期の公演日も決定していたので、そこに向けて協力してほしい。昔から一緒にいた大切な幼馴染みたちの頼みを断る理由はなかった。
そして、実際に公演を成功させた後。舞台に立って演じる事が自分はとても好きだと気付いた。失敗は許されない緊迫したステージの上で自分とは違う誰かになりきる。それがこんなに楽しいと気付く。その後、演劇部へ正式に入部した。
あの日を思い出しながら話していたので熱が入ってしまう。他の客に迷惑をかけてしまわないように、声量を抑える理性は残していた。上手く相手に伝えられているだろうか。自分本意の語りだと自覚はあったが、カイルは楽しそうに聞いてくれていた。
この間、ゲオルグが客席に注文の品を運んでいる様子をロイは目で追っていた。カイル同様、料理や飲み物を運ぶ様子は格好良く映る。
「……それは、ロイ君にとって嬉しいきっかけになったんだね」
「そうだな。あいつらのおかげで、今まで気付かなかった自分の好きな事にも気付けたし……」
「好きな子も出来た?」
「な、なんでそうなるんだよ……」
「違うの?」
「いや、そうだけど……。兄ちゃん、オレの心が読めるのか? それとも、やっぱりオレがわかりやすいのか?」
「うん。そーだよ。ロイ君は、とってもわかりやすい」
いまだに自覚がないので、戸惑いを隠せない。これはあくまでロイの見解ではあるが、わかりやすいというのは子供じみている。自分はカイルやゲオルグのような格好良い男になりたい。
(まさか……バレてねぇよな……?)
意中の彼女にも、隠したつもりでいる恋心が伝わってはいないかとの不安が同時に浮かぶ。話しかけてもらえた時は緊張のあまり、強張る心のまま淡白を装ったつもりではあるが。実際は上手く装えていなかったのかもしれない。
「ロイ君……大丈夫?」
「兄ちゃん。オレ……相手には隠してるつもりだったんだけど、上手くいってなかったらカッコ悪過ぎだよな……」
助けを求めるかのように問う。
「うーん。ここは、そんな事ないと言ってあげたいけど。オレはその場にいたわけじゃないから、無責任な話はしたくないんだよねー」
大人ならではの答えだと感じ、彼は本当の意味で優しい男なのだとわかった。こちらにとって耳障りの良い言葉だけを告げるのではなく、事実を改めて痛感させてくれる。
「ありがとな。オレ、覚悟が決まった」
「告白する?」
「しねぇよ! バレてたって、オレの気持ちは変わらねぇって事!」
やや声量が増してしまい、思わず口を片手で塞ぐ。
「ごめん……声、デカくなっちまった」
「こっちこそ。さすがに遠慮なく言い過ぎちゃったね」
「兄ちゃんはオレをからかおうとしてるんじゃなくて、単純に気になっただけだろ? こっちがムキになっちまっただけだから、そっちは悪くねぇよ」
「やっぱりロイ君はいい子だね。そんなロイ君が大好きな子は、とっても素敵な人なんだろうなー」
「……笑顔が、可愛い」
彼女について考えると、声が今にも消えてしまいそうなほどに小さくなってしまう。それ以外にも思う事はまだ沢山あるのに、その一言を伝えるだけで精一杯だ。
「そっか。ロイ君は、その子がホントに大好きなんだね」
紛れもない事実も、頷く事しか出来ない。
「出来たぞ。はかどっているか?」
彼女への思いを再認識していた矢先、ゲオルグが戻って来た。