エアブーDec.2020 新刊サンプル

A6  32p ¥400
EDから数年後。
王子が過去を振り返りながらも、今を懸命に生きる話。
*108星EDの内、某彼と旅立たない方を選んだルートのネタバレ有。
王子の名前:ファルーシュ

大切な妹と故郷を奪還したあの日から数年が経った。当時は周囲から王子と呼ばれていたファルーシュは不在の騎士長代理を務めている。
真の騎士長とは女王の婿であるべきだと考えていたが。妹のリムスレーアは婿探しよりもすべき事があると、今も国の再建に努めている。自分も彼女の助けになろうと、戦乱に巻き込まれた街や集落の復興に力を注ぎ続けていた。
軍主の経験を活かし、戦で傷付いた者たちを鼓舞しながら現状に目を向け続ける。ファルーシュを快く思わない者たちの言葉も真摯に聞き入れた。
ゴドウィン派の貴族たちは今も自分を疎ましく思っているのだろう。剥き出しの悪意に触れる事も数多くあるが、見て見ぬ振りをするわけにはいけない。ゴドウィン家の行いも、この国を愛していた故だと知っている。彼らの意思も背負っていかなければ。決意は固いが、気が重くなる時も多々ある。
バロウズ派とユーラムを処刑するべきだ。ルセリナが同席する場で一部の民が口にした意見を報告した時は、己が罵倒される事などより何倍も心苦しかった。大使を務めてくれているシュラも同席する中で、アーメスを快く思わない者たちの訴えを述べる時も同じだ。
ルセリナとシュラは、仕方がないと受け入れている。当人たちが気丈でいるのだから、己も本音は心の奥底にしまおうと決めた。
(でも。一人きりの時ぐらい……いいよね)
騎士長室にて、ファルーシュは大きくため息を吐く。
たった数年では、どうにもならない。それほどまでに戦の爪痕は深かった。自分一人が深く心を痛めたところで、解決には繋がらない。嘆く時間は、ほんの少しだけと言い聞かせた。脳裏に、気にしてばかりだと髪が抜けると笑っていたカイルの姿が浮かんだ。
(うん。そうだね。程々にしておかないと)
記憶の中の彼に話しかける。我ながら少しだけ痛々しい。自覚はしつつ、今は一人でいるのだから良しとする。
それまでよりは心持ちも上を向いていると気付いた直後。ドアが開けられ、侍女が飲み物を運んで来てくれた。
「――ありがとう」
自然と微笑む事が出来たので、気持ちの整理も上手く行えたとわかる。彼女を見送り、ドアを閉めた後。思わず苦笑した。
太陽宮に勤める者たちは、ファルーシュを騎士長閣下と呼ぶ。誇らしいが、心境は複雑だ。
父とは違い、自分は代理の身でしかない。あくまでリムスレーアの婿が見つかるまでの期間、代わりを務めているだけだ。なので、出来れば騎士長閣下代理と呼んで欲しい。だが、現実はそうもいかない。
数年前に女王騎士と呼ばれていたリオンの気持ちが、ようやくわかった。
「代理……なんだけどね」
それは心に留まらず、当時の彼女のような呟きが漏れる。こんな気持ちだったのかと、しみじみ感じた。今は正規の女王騎士として、リオンはミアキスと共にリムスレーアを日々支え続けている。
いっそファルーシュも、堂々と騎士長閣下を名乗ってみてはどうか。数日前にミアキスが提案した。リオン、リムスレーアは快く賛同していたが。どうしても首を縦には振れなかった。
自分は父のようにはなれない。言葉にすれば、優しく否定されるだろう。なので、これまで誰にも打ち明けずに秘めていた。この思いとは上手く付き合えている。己の立場を嘆いて塞ぎ込んでいる場合ではないと、すぐに心持ちを切り替えられるからだ。
まだ、過去に囚われているのかもしれない。リムスレーアは婿を自分で見つけると言ったのだから、騎士長閣下も女王の夫でなくともいい。前向きに考えようとして、浮かんだそれはすぐに切り捨てた。
(やっぱり……騎士長閣下は、女王の夫であるべきだよね)
考えが古いと言われても、こればかりは本来のしきたりを変えようと気持ちを向けるのは気が引ける。いつかリムスレーアにも、父のような婿を迎えてほしい。自分は父のようになれずとも出来る事はある。やはり、あくまで代理として騎士長を勤めるべきだ。
この先も今のように立ち止まって悩む時は、同じく自らに言い聞かせればいい。決して誰にも悟られないよう、己の胸中のみで解決するべきだ。女王の兄として、気丈に振る舞い続けなくては。弱気な表情を露わにすれば、周囲に余計な心配を掛けてしまう。しっかりやれと、何度も励ましてくれたゲオルグを思い出す。いつでも、立ち止まりそうになった時はその都度仲間に救われた。己は幸せ者だと、ファルーシュが置かれた立場を改めて実感している時。再度ドアが開かれた。
「失礼します」
「いらっしゃい、リオン。待ってたよ」
数年前の出来事を振り返りがちであったのには、理由がある。彼女を出迎えるファルーシュは既に答えを見つけていた。今日は自分たちにとって、特別な日であるからだ。
「すみません。お待たせしてしまって……」
「あぁ、ごめん。そういう意味じゃないから、気にしないで。リオンと出掛けられるのが楽しみで、待ち遠しかったって意味だよ」
「それなら尚更ですよ。あと一秒でも早く、向かうべきでした。でも、そう言って下さってありがとうございます。わたしも嬉しいです」
彼女は相変わらず実直だ。昔から変わらない。周囲には肩の力を抜けと当時から言われていて、ファルーシュも何度かリオンに同じく話していた。その甲斐あってか、今は少しだけ力を抜いてくれている。
「僕も嬉しい。……楽しみなんて言うのは、少し変かもしれないけどね」
「そうですね。とは言っても、他にこれといった言葉は思いつきません。確かに変ですけど、わたしも今日を楽しみにしていました」
彼女も自分と同じ気持ちだとわかり、重ねて嬉しい。今の自分は相手と同じく、苦笑しているのだろう。互いに抱いている思いについては、この先も進んで明確にするつもりはない。形容したところで、それが深い意味を成すわけではないからだ。
「良かった。リオンも同じ事を考えてるなら、安心だ」
「それは責任重大です……」
「そうでもないよ。これは僕と君だけの、秘密みたいなものだから。僕たちが胸に秘めたままでいれば、大丈夫」
「そう、ですか?」
笑みを浮かべて頷きながら、昔の記憶について思い返す。
幼い頃、彼女と宮内で遊び歩いていた頃。とっておきの隠れ場所を見つけた時にも、これは二人だけの秘密だと共有した。後に女王騎士見習い時代のカイルが自分たちを見つけられずに苦戦したと話す。しかし今になって、気付いた事がある。
(僕たちがあまりに得意げだったから、きっとカイルは優しい嘘をついてくれたんだろうな)
察しのいい彼が、自分たちを見つけられないわけがない。カイルは、ファルーシュとリオンが最も喜ぶ行動を選んでくれたのだろう。昔から彼は自分たちを優しく守ってくれていたのだ。
思い出に浸るのはここまでとして、リオンとの談笑を楽しみつつ部屋を後にした。

 

その後、ファルーシュとリオンは目的地であるセラス湖へ到着した。道中で買った花束をそれぞれ持ち、湖を眺めている。とても静かなこの場所が、戦中は賑やかだった。今でも鮮明に覚えている。
「いつ来ても、懐かしいね」
「はい。ここに来る度、思い出に浸ってしまいます」
戦いを終えた直後にゲオルグが己の眼帯を投げ捨てたように、自分たちは年に一度この場所で花束を落とす。
「そうだね。みんな、元気にしてるかな?」
「きっと、大丈夫です。国を出た皆さんからのお手紙を読むたび、充実した毎日を過ごしていると伝わって嬉しくなります」
リオンの話に頷いていると、当人が何かを思い出したような表情となる。どうしたのかと問うより先に、話を続けてくれた。
「そういえば、またロイ君からもお手紙が届いていました。わたしたちへ近況を定期的に報告して下さるなんて、彼は几帳面なんですね」
「……そうかもしれないけど。もしかしたら、他に深い理由があったりして」
試すような言い方を、あえて選ぶ。あからさま過ぎるかと密かに思うが、何かを悟る様子は見られない。
「深い理由……。わたしたちがロイ君を心配しないようにするため……でしょうか?」
リオンたちと言うよりは主にリオンを気に掛けている。だが、ロイ本人から直接聞いたわけではない。これはあくまで、ファルーシュの仮定だ。
「ロイも頑張ってるんだから、リオンも頑張れ。そう言いたいんじゃないかな?」
先ほどよりも更に踏み込んだ言葉を選ぶ。リオンは不思議そうに首を傾げた。今もロイに恋心を抱かれていると気付いていないのだろう。
(ロイ。やっぱり、ちゃんと言わないと)
これ以上の詮索はしない。あくまで彼女と彼の問題なのだから、自分が踏み込み過ぎては駄目だ。
(二人にとって一番良い結果って……そもそも、何だろう?)
必ずしも、愛を伝え合うべきとは限らない。それもまた当人たちの問題だ。こちらがどんなに考えを並べたとしても、全て憶測でしかない。
ロイはファルーシュにとって、大切な友人だ。そんな彼の恋を応援したいと願うのは自然な感情だろう。だが、当人に代わってリオンへ思いを告げるのは行き過ぎている。ロイも自らの言葉で、リオンに気持ちを打ち明ける方を望んでいるはずだ。
「まぁ……この話は、いつかロイが帰って来てくれた時まで取っておこうか」
「そうですね。ロイ君本人から、お話を聞いてみたいです。沢山のお手紙について、お礼も言いたいです」
その時が来たら、今度こそロイはリオンに思いを伝えるだろうか。世界を知った彼は、当時よりも遥かに成長して帰って来るに違いない。
(でも……リオンを前にしたら、案外変わってなかったりして)
どんなに歳を重ねても、彼は意中の相手と話す時には少年に戻るとも考えられる。いつか戻って来てくれると強く信じながら、再び湖を眺めた。