三都85 新刊サンプル

現代パロディ本です。
普段の頒布物よりはそういった表現は控えめにはなっていますが、ゲオカイ前提のお話なのでBL表現もわずかにあります。
ゲーム本編と同じく、ロイ→リオンの表現有

アルバイト店員のロイ、新しく同店で働く事になった王子(今作では少年、フェリドの息子等の表現)も絡んだ、ゲオカイの日常風景。

ロイの背後に立った少年が、穏やかな様子で話す。ここにやって来た当初は強く出ていた緊張が、それまでより和らいでいる印象を受けた。自分とカイルとの会話で、慣れてくれたのかもしれない。一方のロイは、とても驚いた様子で固まっている。まさか彼が、すぐそこまで来ていたと思っていなかったのだろう。
「……驚かせたかな?」
彼の背中に向けて、申し訳無さそうに少年は声をかける。
「そうでもねぇよ。そこ、退いてくれるか?」
慌てて退いた彼の横を、何も言わずにロイは通り過ぎた。
「調子に乗り過ぎたね……」
「大丈夫だ。あいつも、そこまで腹を立てているわけでもないだろう」明らかに落ち込んでいる彼に、次々と追加される注文品を作りながら話す。「ありがとう、ゲオルグ」
「気にするな。もう少し、こっちに来い」
手招きをして、休憩室に続く通路寄りに少年を立たせた。
「今日は、ここで注文から提供までの流れを見てもらおうと思う。鞄はそこを歩いて一番奥の部屋に置いてこい。テーブルの空いているスペースを使ってくれ」「はい!」
勢いの良い返事の後、背筋を伸ばした彼が早足で休憩室に向かう。既に気持ちを切り替えられたようだ。こちらが新たな励ましの言葉をかけるよりも先に、少年は自ら立ち直った。彼もまた、頼もしい。
心配は無用だと実感していると、当人が戻ってきた。その両手には、メモ用紙とペンが握られている。彼のやる気が伝わって来た。
夜の入客ピークは今も続いている。しかし焦らず普段通り、なだれ込む注文品を的確に作りあげていく。
「すごい……」
小さな呟きが聞こえる。あくまでそれは、独り言の域なのだろう。こちらの妨げにならないようにとの気遣いを察する。
「このくらい、どうって事はない。気軽に話しかけてくれ」
「そうなの!? それなら……ますます、すごい」
率直な尊敬の眼差しに、気を良くする。
「そんなに難しくはないぞ。おまえもすぐに、出来るようになる。……そういえば、希望の役割を聞いていなかったな」
客席を使って話していた時は、主に彼の近況を訊ねて話が終わってしまった。いくら少年との再会が久々だったといえど、その話に花を咲かせ過ぎたと実感する。面接だというのに、形だけに過ぎないそれを良しとして肝心な話をしていないと気付く。そんな己を抜けていると心の中で苦笑した。カイルにもそうだと、たまに言われる。気を付けなくてはと密かに思っていた時、少年が口を開いた。「ここで働かせてもらえるなら、どんな仕事でも喜んで」
「謙虚だな」
「なんのお話ですかー」
出来上がった注文品を受け取りに戻って来たカイルが、興味津々で訊ねる。
「こいつを、まずは厨房と接客のどちらで働かせるかという話だ」
「なるほどー。あ! 姿が見えないと思ったら、こっちにいたんですね」
片手で持ったトレンチの上にドリアとアイスティーを置き、カイルは少年に手を振った後で客席に出て行く。少年も、嬉しそうに手を振り返していた。
続いてロイが、カイルの後に続いて注文品を取りに来る。
「心配するな。ちゃんと、ここにいるぞ」
「それ、オレに言う必要あるか? なんか、誤解してねぇ?」
「なんだ? 違っていたのか? あいつへの接し方について悔やんでいるように見えたんだが」
「……違わねぇ」
オムライスを手にして、やや足早に出て行く彼が微笑ましい。感情のままに笑みを浮かべていると、少年が心配そうにこちらを見ていた。
「ロイは、おまえを嫌っているわけではない。悪く思わないでやってくれ」
「うん……。良かった。彼に嫌われていないって、教えてもらえて」
心底安心したと言わんばかりの表情から、彼はロイと仲良くなりたいのだとわかる。
「今はあいつなりに、色々と考えているんだろう。今のロイの顔、見たか?」「いや、見えなかった。あんまり顔を覗き込むのも悪いと思って」
「とてつもなく、落ち込んでいたぞ」
入客ラッシュも、すっかり落ち着いた。ゲオルグが明日の仕込みを行い、カイルがレジ前で売上の途中計算を行なっていた頃。そろそろ、ロイの退勤時間が近付いていた。

 

「ロイ。そろそろ、帰る時間だぞ」
「へーい」
洗い場で下げ終えた食器を洗いながら、彼が返事をする。
「そんじゃ、最後に客席を見てくる。まだ下げられそうなやつがあるかもしれねぇしな」
「頼む」
今も熱心に厨房内を見学している少年も、同じく帰宅させなくては。ロイの背中を見送りながら考える。
「おまえも、帰る支度をしろ」
「うん。ねぇ、ゲオルグ。一緒に帰ろうって、彼を誘ってもいいかな?」
「問題ないだろう」
ぶっきらぼうにしながらも、承諾するロイの表情が想像出来た。
意を決した目前の少年は、またしても緊張の面持ちでいる。気持ちを切り替えたといえど彼を誘うのについては、そう思わずにはいられないようだ。
少年の心境を自分なりに考えていると、入店を知らせる呼び鈴が鳴った。その直後、カイルの明瞭な声が聞こえる。
「……お久しぶりでーす」
わずかに聞き取れたその声から、彼の顔馴染みが来たのだと察する。続いて、持てるだけの食器を手にしたロイが難しい表情を浮かべながら戻って来た。シンクにそれらを手早く沈め、足早に少年の元へ歩み寄る。これには少々驚かされた。少年の前に立つ彼の行動は、全く想像していなかったからだ。
「なぁ……親父さんと、あんたの連れが来てるぞ」
カイルの顔馴染みだと思っていた相手は、フェリドだったのか。友人の来店に心を弾ませながら考えても、ロイが複雑そうな顔をしている理由は今も見当がつかない。
「教えてくれて、ありがとう。……ロイ君」
「呼び捨てでいい」
ロイは相変わらず素っ気ない態度でいるが、少しずつ二人の距離が縮んでいるとわかった。
「ロイ。どうして、そんな顔をしているの?」
「そんな顔って、どんな顔だよ……?」
「難しい顔」
「……」
ロイにしては珍しく、否定も肯定もせずに押し黙っている。
「まー、それについては色々あるんですよ。ね? ロイ君」
ここ戻って来たカイルだけは、事の全てを把握しているように見えた。