不思議な縁

ゲオカイ

群島諸国からの帰り道。船上でゲオルグは海風を心地良く感じながら王子、リオン、カイルと談笑していた。
「あぁ、駄目だ……こういうのは意識してはいけないとわかってるけど……気持ち悪い」
行きの時ほどではないが、王子は再び船酔いに悩まされている。顔色が優れないながらも装っていた平然はどうやら限界を迎えたようだ。
「いいと思いますよー。場合によっちゃ、口にした方が楽になる時もあるしー。ね、だからリオンちゃんも無理しないで」
王子とリオンを気遣いながらカイルは言う。
「あぁ、カイルの言う通りだ」
彼の言葉にゲオルグは賛同する。
「毅然としようとするのは感心するが、無理はするな」
「でも……ゲオルグ様、私まで不調を訴えては……王子の護衛を務められません」
「リオンちゃんは相変わらず真面目だなー。大丈夫だよ。痩せ我慢される方が王子も嫌ですよね?」
「うん……」
「ね? 王子もそう言ってるし」
「う……ありがとうございます……」
それまでよりも肩の力が抜けた彼女の様子を見て安堵する。恐らくカイルも同じ事を考えているだろう。
「噂には聞いていましたけど、やっぱ河と海ってこんなにも違うんですねー」
二人を気遣おうとしてか、カイルは普段以上に明るい装いで二人に語りかける。笑顔を絶やさずにいるその様はゲオルグを密かに和ませた。彼の笑顔にはその力がある。それはこの男の性質故だろうと感じていた。少しでもカイルの力になれるように、ゲオルグも積極的に口を開く。
「そうだな。……久々におまえたちと行動出来て、思った事がある」
顔色が悪いままではあるが王子もリオンもこちらに興味を抱いた視線を向けてくれる。それは二人だけに限らずカイルにも同じ事が言えた。悪い気はしないどころか、むしろ気分が良い。気持ちが浮ついていると自覚しながら言葉を続ける。
「おまえたちの協力攻撃。最後に見た時とは比べ物にならんほど、精度があがっていた」
共に行動していた当初を思い出しながらゲオルグは語る。あの時からこの二人の協力攻撃は息の合った見事なものだと感じていた。そこから更なる成長を見せられるとは。想像を超えた驚きを嬉しく思う。
「それ、オレも同じ事を思っていました。王子もリオンちゃんも、どんどん強くなってるなーって」
こちらに同意してくれたカイルの表情は自信に満ち溢れていた。
「ゲオルグ殿がそう言って下さってるんだから、やっぱそれは間違いないって事ですよねー」
ゲオルグが言わずともカイルがそうだと感じているのであれば、その時点で間違いはない。それにも関わらず彼は謙遜している。
「謙虚だな。俺の顔を立てようとしてくれているのか」
「さぁ、どうでしょーね。オレはただ、思った事を言ってるだけですよー」
相変わらず食えない男だと内心呟く。だが、決して悪い気はしない。それでこそカイルだと嬉しく思える。本拠地の自室以外で彼と他愛ない話が出来るとは。それも重ねてゲオルグは自然と笑みが浮かぶ。少ししてカイルの笑みも一層強くなった。
「ゲオルグ殿のように、なかなか一緒に行動出来ない人の言葉は説得力があるなー。そう思うんですよ。慎むための発言ってわけじゃなかったんですけど……ありがとうございまーす」
一同で笑みを交わし合い、穏やかな時が引き続き流れる。今も戦は続いているにも関わらずこのような安息を感じられるとは。それは、ここが国外である故なのかもしれない。久々に王子たちと行動出来た事は率直に嬉しかった。
「それにしても。お二人とも、本当に強くなりましたよねー」
感慨深そうに二人の顔を眺めながらカイルが言う。
「うん……。確かに昔よりは強くなれた。でも、まだまだ強くならないと」
「私も王子と同じ思いです……」
恐らく船酔いについて大部分を占めているだろう言葉を聞きながら、ゲオルグは内心でカイルの言葉に同意する。
「今まで通り少しずつ歩んでいけばいい。現に、結果は着いて来てくれているんだからな」
ファレナを訪れてたった数年にも満たない自分ですら王子とリオンの成長について感慨深く思う。なので、長年この二人と共にいるカイルはゲオルグ以上にその思いが胸中にて溢れているに違いない。
「そーですよ。実際、協力攻撃の練度は上がってるんだしー。今まで通りで大丈夫ですよ。ね?」
カイルがこちらを向いたので頷いて見せた。
「カイル様、ゲオルグ様……ありがとうございます」
「僕からも礼を言わせてほしい。僕たちはもっと強くなる。そうして二人に恩返しが出来たらいいな。リオンも、ここまで着いて来てくれてありがとう。これからもよろしく」
「は……はい、王子! 私の方こそ喜んで……ぅっ」
感情を高揚させたせいかリオンは顔色をそれまで以上に悪くする。カイルがやや慌ててリオンを支え、王子が彼女の背中を撫でた。
「すみません……お手数、おかけして……」
「大丈夫だよー。王子に言われた事がすっごく嬉しかったんだね」
「リオン、ごめん。症状を悪化させて……」
「謝る必要はないだろう。きっとこいつもそう思ってる」
気分が悪いながらも返答しようとしていた彼女の代わりにゲオルグが答える。その言葉にリオンは頷いてくれた。
「良かったー。それもまた絶対勘違いじゃないって確信はありましたけど、ゲオルグ殿がそう言ってくれてオレもやっぱりなーって改めて思えました」
「リオンは分かりやすいからな」
満面の笑みを見せながら話すカイルにつられ、自らも更に頬がゆるんだ。
「そうそう。特に王子が絡むとリオンちゃんは更にわかりやすくなるよねー」
カイルの軽口はリオンの頰をわずかに染める。
「そうだ! リオンちゃんと王子は付き合いも長いけど……元々相性が良かったのかもねー。お二人とも、すぐに仲良くなってたし……懐かしいなー」
相手の感情を過度に高ぶらせないよう、彼は言葉を選んでいると見受けられた。
「それもそうかもしれない。お互いを知り得ているからこそ、協力攻撃の習得も早かった」
彼女を気遣いながら王子も語る。
「その時の事は……今でもはっきり覚えています。習得出来た時、本当に嬉しかったって……」
そのままの状態でリオンも口を開く。先ほどよりは症状が回復したのだろう。
「協力攻撃といえば……ゲオルグ様とカイル様もいつの間に習得していたんですね?」
「あぁ、そうだ。僕もそれについて聞きたいと思っていた」
それぞれの瞳からゲオルグとカイルに対する興味が滲んでいる。船酔いを紛らわせる事が出来るかもしれないと踏み、たった今同じ事を考えているに違いないカイルと目配せした。
「何だ? せっかくだ。何でも訊いてくれ」
彼の視線が先に何かを言えと促していたような気がしたので、それに従う。
「そうですねー。王子が何を聞きたいのか、オレも気になりますー」
互いにしか察知出来ないであろう一瞬の合図後、それぞれ王子の話を聞く体制をとる。
「二人の協力攻撃は、本当に凄い。僕たちの知らない間に習得したとは思えないくらいだ。そんな二人の剣技は、いつから習得していた?」
「えーっと……確か、ゲオルグ殿も王子たちと一緒にロードレイク視察に向かうってのが決まったあたり……でしたよね?」
「あぁ。その時期で間違いない」
「そんなに前から……?」
当初を思い出しながらの返答に、王子は驚きを露わにした。
「そうだ。習得したはいいが、その後カイルとは別行動のみだったからな。見せる機会がなかったんだろう」
「思えばそーでしたねー。今までずーっと別行動でした」
口にして初めて気付く。習得こそ早かったものの、それを実践で用いる機会は先日の海賊退治まで全く無かった。ほぼ即興と言っても過言ではない状況。そこで繰り出した初めての協力攻撃は空白の時間などまるで無かったかのように、習得した当時のまま身体が覚えていてくれた。
その時も密かにカイルと目配せをしていた事を思い出す。得意気な笑みが印象的だったと鮮明に覚えている。
「それなのに、よく成功させたね?」
「あぁ。俺も内心驚いた」
たった今思っていた事を王子が口にした。
単独で習得した技ならばともかく、協力攻撃となると相手との連帯が必要となってくるのだから難易度は上がる。それは実戦を重ねて少しずつ身につけていくものだと思っていた。だが、カイルのとの連帯は最初から出来上がっていたので驚かされたのだ。
「私と王子のように長い時間をご一緒していたわけではないのに……ゲオルグ様とカイル様は、まるで昔からのお知り合いのようだと思えてしまいました」
頬の赤らみも落ち着いたリオンが言う。それぞれの顔を見合わせながら語るその様子から率直な尊敬の意が伝わる。少々くすぐったいが、それもまた悪い気はしない。
「そんなに褒めてくれて嬉しいなー。ね、ゲオルグ殿?」
「あぁ」
褒め言葉の受け取り方はカイルの方が長けていた。素直な喜び方が苦手というわけではないが、彼のように無邪気で取っつきやすい反応までは出来ない。話題を振られて同意する事でリオンに感謝の気持ちを伝えられたと思う。胸中にてカイルに感謝した。
「本当にすごいな。二人は出会ってまだ間もないという頃から既に技を完成させていたなんて。性格が全然違う方が、かえって都合がいいって事もあるんだな」
「そうかもしれんな。あるいは俺とカイルで似ているところがあるのか」
「えっと……カイル様は女性、ゲオルグ様は甘い物。それぞれ夢中になれるものがある……って、真っ先に浮かびました」
「リオンちゃん、それかもしれないよ! よく気付いたね!」
「女に夢中というのは否定しないんだな?」
「当然ですよー」
返答されたゲオルグを含めて一同が声をあげて笑う。今も王子とリオンの顔色が悪い事に変わりはなかったが、先ほどよりは明らかに良くなっていると感じられる。
「しかし今回は偶然にも上手くいっただけとも考えられる。現状には満足せず、俺たちも練度をあげていかんとな?」
「それ、オレも思ってたんですけど……先に言われちゃいましたねーって、ゲオルグ殿? 何処に行くんですか?」
「食堂だ。リオンの話を聞いて、不意に甘味が食いたくなった」
その場を後にしようと行き先を告げる前に呼び止められた。勿論その言葉に嘘はない。自分がこの場にいては特にリオンが気を張ったままでいるであろう事を懸念した故だ。きっかけを作ってくれた事に感謝した。カイルと自分とでは、彼女と過ごした時間があまりにも違い過ぎる。自分を除いた三人の方がリオンもより落ち着けるだろうと思っての事だ。
「あなたが甘い物を食べたいのはいつもの事でしょー。じゃ、オレはお部屋に戻ろうかなー。王子とリオンちゃんはもうしばらくここで風に当たってて下さい。きっと、その方がいい」
「うん。二人とも、色々と話を聞かせてくれてありがとう」
「私からも言わせて下さい。沢山気遣って下さり、ありがとうございます」
軽口を叩いたカイルもここに留まると思いきや、その後で船室に戻ると言った事に少々驚く。それは一瞬の事で、彼には彼なりの考えがあるのだろうと察した。

 

船内に戻り、各々の目的地に向かう。ゲオルグは食堂でいくつかの甘味と二人分の飲み物を買い込んだ。甘味の入った紙袋は小脇に抱え、飲み物二つは掌を使って片手で二つ持つ。
甘味を嗜む場所を食堂ではなく、あえて船室にしようとそこへ向かったのには理由がある。
「入るぞ、カイル」
空いている方の手で扉を数回叩いた後、開けて中に入る。彼と共同の二人部屋に戻ると、そこには先ほど外で話していた明るい雰囲気など全く感じさせないカイルが寝台に腰掛けて項垂れていた。
「無理をしていたんだな。おまえも風に当たろうとは思わなかったのか?」
薄荷の香る冷たい紅茶をカイルに差し出しながら言う。
「いやー、さすがにあれ以上は王子とリオンちゃんにもごまかしきれないかなーって思いましたから……。行きは平気だったのにー……気が抜けちゃったんだろうな」
カイルは受け取ったそれをひと含みする。
「あー、ちょっとマシになったかも。いつから気付いてたんですか? オレが痩せ我慢してたって」
「確信があったわけではないが、おかしいと思ったのはおまえが船室に戻ると言った後だな。あいつら……特にリオンの緊張を抜くのにおまえまでその場を後にする理由はないと思っていた」
サイドテーブルに紙袋を置き、飲み物を持ったままカイルの隣に座って同じく紅茶を啜る。相手に渡した薄荷の紅茶とは違い、それは茶葉とミルクに甘味を足して煮詰めた温かい物だ。程よい甘さに心を密かに弾ませつつ言葉を続けた。
「おまえも多分、あいつらの前では気丈に振る舞いたかったんだろうな」
「そりゃそーですって。オレまで船酔いしてるって知っちゃったら、王子もリオンちゃんも自分をそっちのけで心配してくれちゃいそうだしー……二人には、二人の事だけ気遣っていてほしいんです」
カイルの思いに心から同意する。その二人ほどまでとはいかないが、この男も顔色が悪い。今まで必死に耐えていた様子が窺えた。仮に今の自分とカイルが逆の立場であったら同じ事をしていただろう。彼らの前で気丈に振る舞いたいのはゲオルグも抱いている思いだ。
「王子もリオンちゃんも、サイアリーズ様も前よりはよく笑って下さるようになりましたけど……きっと今でも不安と戦っているはずです」
「そうだな」
心の奥底に秘めたそれが表に現れないよう、彼らは笑っているのかもしれない。再度カイルの言葉に同意した。
「わかって頂けたようで、何よりです。余計な心配はかけたくない。だからオレも、もっと強くならないといけませんねー。こっちも絶えず笑っていれば、少しでも元気を分けてあげられるような気がするんですよ」
「まったくだ。俺も己を鍛え続けなくてはいかんな」
「同じくでーす」
つくづくこの男とは考えが似ている。王子やリオンは気付いていない様子だったが、今のように自分と相手は案外似ていると度々実感していた。カイルと出会った当初はゲオルグも気付いていなかったが。自分たちは考え方がよく似ていると旧友に言われ、初めて気付いた。そこからカイルを密かに意識し始めて間もない頃。そんなフェリドの提案で先ほどの話題となった協力攻撃を完成させた。実践を迎える前からその威力は凄まじいとゲオルグは感じる。それを見たフェリドもまた、想像以上だと驚いていた。そこまでの威力を発揮したのは単に互いが似ているからだけではなく、カイルとの相性そのものが良かったのかもしれない。あの男が相手の調子で振る舞いを千差万別に変える事も可能だから。といった考えも浮かんだが。技を完成させた直後に驚きを露わにしていた彼の表情は本物だったと信じたい。
「少しだが、顔色もよくなってきたな?」
「そりゃゲオルグ殿と一緒に過ごせているからじゃないですかー?」
「よく言う……」
「満更でもないくせにー」
「あぁ、そうだな。嬉しい」
軽口を言えるほどまでに体調が回復してくれた事も併せて、本心を告げる。今見せてくれているその笑みも心からのものだろうと思いながらゲオルグは引き続きカイルを介抱する。それと同時にこの男との不思議な縁を密かに感じていた。

 

 

ゲオルグに介抱されながらカイルは彼の優しさを改めて感じていた。王子とリオンの前で痩せ我慢をした理由もわかってくれての行動は嬉しく感じつつも、内心はほんの少しだけ複雑だ。
「やっぱ、ゲオルグ殿までは騙せなかったかー……」
茶を飲み終えて空になった容器を近場のテーブルに置きながら思いを呟く。こちらの思いに対して相手は満足そうに笑んでいた。得意げとも言える笑顔は不思議な事に子供を思わせ、カイルを和ませた。複雑だと抱いていた思いも和らぐ。
「誰もおまえの異変に気付かなくとも、俺だけは絶対に気付かないとな」
優しい囁きは体調までも回復してくれたように思える。気分がそれまでより落ち着き、良好なのは薄荷の効果だけではないはずだ。
仮に自分とゲオルグが逆の立場であったら相手を案じて同じ行動をとるだろう。
「もし、逆の立場だったなら……きっとおまえもこうして駆けつけてくれる。そう思った」
「船酔いするゲオルグ殿って、想像出来ないなー。ま、おっしゃる通りですけど」
たった今、互いに同じ事を考えていたようだ。それぞれの心境を察して苦笑し合っている時。王子とリオン、サイアリーズを不安にさせたくないと話した自分に先ほど同意してくれた事を思い出した。
「オレもゲオルグ殿と同じです。もしもあなたが痩せ我慢をしていたなら、オレだけは絶対気付いてあげたい」
本当にこの男とは考えが似ていると思いながら言葉を続ける。
「このまま話していて大丈夫か?」
話が一区切りついたところで、彼が心配そうに訊ねてくれた。
「はい。その方が気も紛れますし。ファレナに戻ったらまた次はいつ、こんな風にのんびり出来るかもわからないし……ゲオルグ殿には傍にいてもらって、おしゃべりしてたいでーす」
「あぁ、わかった」
こちらの要望を聞き入れてくれたゲオルグは、今日一番の嬉しそうな笑みを見せる。彼も自分と同じく、二人きりでいられるこの時間を喜ばしく思ってくれているのだろう。今のようにわざと甘えるような言い方をしたのは自分とこのまま過ごしたいに違いない彼に同調するためでもあったが、そこにはカイルの本心も多く含まれていた。
互いにわずかではあるが、それぞれ依存し合っているようだと密かに実感する。この男と出会った当初はこんな事になると全く考えていなかった。気が合うとは常々思っていても、まさかここまでゲオルグと親密な関係を築きあげるとは。現状を改めて考えると、つくづく驚くのみであって後悔は全くない。その意思はこの先も変わらないだろう。どちらかと言えば異性が好きだった自分が同性に、しかもここまで深く入れ込むとも考えていなかった。全く予想だにしなかった心境の変化にも日々驚くが、自分の選択が間違っているとは思わない。己にとって最善の行動を選びとったのだと強く思う。
「あ、お預かりしますよー」
「すまんな」
彼も茶を飲み干した様子だったので、空の容器を預かって自分が先ほど置いた容器の隣に置く。背伸びをしつつ部屋の扉に目をやると、鍵は既にかけられていた。これなら思う存分、今からこの男との時間を堪能出来る。
「ぬかりないなー。さすがですね」
からかい混じりに言ってみせるが、ゲオルグが単にこの時間を満喫するだけの理由で施錠したわけではないとカイルは気付いている。
「オレに触れるため……ってだけじゃなくて、今のオレを誰にも見つからないように隠してくれて……ありがとうございます」
弱っているところを王子たちに見られるわけにはいかない。その意思をこの男は汲んでくれていると伝わっていた。
「当然だろう?」
身体をこちら側に向け、片頬に掌を当てるゲオルグの隻眼に熱がこもり始めている。カイルに対しての欲を感じとった。自分も同じ気持ちだと思いをこめて彼に抱きつく。右頰を撫で返して視線を合わせ、先にこの男の唇に自らの唇を重ねた。彼がそれまで飲んでいた甘い紅茶の名残を感じる。これはまだほんの前戯と言わんばかりにそれはすぐに離し、至近距離で彼を見据えて口を開く。
「ゲオルグ殿のそういう気が利いてお優しいところ……相変わらずですよねー。大好きですよ」
唐突に日頃の思いを呟く。それは彼も既に悟っている事にも関わらず、この男にとってそれは不意打ちとなったようだ。取り繕わずに驚いた表情が物語っている。とても愛らしい。したり顔で微笑んで見せると、ゲオルグはわずかに苦笑を見せた後でカイルの唇へ自分の唇をやや強引に押し当てる。仕返しの意もそこに込めているのだろう。
今この瞬間を堪能しようと思う頃には、それまで感じていた船酔いが全くの嘘だったかのようにゲオルグを欲していた。妙な感覚だと思う。まさか自分が興味の対象外であったはずの同性と秘めた関係を望んで持ち続けるとは。この男との不思議な縁をカイルは密かに感じていた。