C93新刊サンプル

*R-18 18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さいますようよろしくお願いいたします。
*ザハーク×カイルの描写、軽度の暴力表現有

 

当時を思い出して見てもザハークの言葉については返答しかねる。そもそも、この男にこちらの思いについて包み隠さず教える義理も無い。
「本性ねぇ……。よくわかりません。というか、そんな事よりさっさと要件を話してくれません? オレは処刑でもされるんですか?」
相応の事をした自覚があったからこそ、自然と思いついた。
「私もそのように考えていた。だが次期騎士長閣下と次期女王陛下は、しばらくの拘束のみを所望だ。感謝するがいい」
「姫様には感謝しますよ。じゃ、さっさと出て行って下さい。オレは裏切り者の顔なんかいつまでも見ていたくないので」
安い挑発しか出来ない自分を悔しく思う。そのような言葉では彼の表情は変わらない。
わかりきっていた事ではないか。安易に感情を吐き出したいほど鬱憤が溜まっていたのだ。と、割り切る事にする。
「何を言っている。真の裏切り者は、あの男ではないか」
「……?」
あの男とは一体誰の事を指しているのだろうか。真っ先に思い付いたのは、ギゼル・ゴドウィンであるが。ザハークがギゼルを裏切り者扱いをするはずがない。
「あぁ、すまない。貴殿は何も聞かされていなくて当然だな」
「オレとしては、裏切り者はあんたとアレニア殿以外に全く浮かばないんですけどねー」
「アルシュタート陛下を手にかけたのが、ゲオルグ・プライムと聞いてもか?」
「そんな安い挑発で、オレが狼狽えると思っているんですか?」
この男にしては安易な言葉であると感じる。とは言え、事実であるとも思わない。
「安易な言葉も何も事実なのだが」
「裏切り者の言葉をオレが信じるとでも?」
「何とでも言うがいい。遅かれ早かれ、貴殿も事実を知る事となる」
「それで?」
「……?」
「嘘を隠そうとしている輩は饒舌になる。そんな説もありますよね。どっちかって言うと無口なあんたが、さっきから無駄口を叩いている」
先ほどよりはまともな挑発が出来ていると実感する。今のザハークの言葉と比べればよほどの事がない限り、どのような言葉もまともな言葉としてまかり通るだろう。
「次はどんな安い言葉をかけますか? というか、オレなんかに構っていられるほどあんたは暇じゃないでしょー? そんなにゲオルグ殿が裏切り者だって言うなら、さっさと捕まえに行ったらどうです?」
相手の顔色が変わらずとも構わない。今のように喧しくし続けていれば、早々にここから立ち去ってくれるだろう。目的は挑発ではない。ザハークをここから追い出す事だ。
「あー、でも。あんたらじゃ無理か。真っ向から行ったって、あの人に敵うはずが無い。そっか。今は何かせこい手を考えてるんですね? どんな手を使うかは知りませんが、フェリド様を手にかけた時のように、よほど――」
卑怯な手を使うのだろうと続けようとした。しかしその言葉はザハークに頰を叩かれた事により遮られる。
(何だ。意外と、怒ってたのか)
相手の表情にこれといった変化は見受けられない。今までの挑発は、想像以上の効果をもたらしていたようだ。これで気が済んだはず。いつまでもここに留まっていては、不快な思いを抱くだけだ。
「っ……」
今度こそこちらに背を向けると思いきや。ザハークはカイルの前髪を掴み、彼の方へと引き寄せる。
「私が貴殿の処遇のみを伝えるべく、わざわざ出向いたと思っているのか?」
無表情で淡々と語る様子から相手が怒りを抱いているかは判断しかねる。ただ、彼に髪を掴まれているその手からは底知れない怒りが伝わっていた。
「ほんとに、さっきから饒舌ですね」
「貴殿には敵わん」
「オレの事はいいんです。あんたが、いつも以上に饒舌だって言ってるんだよ……っ!」
更に髪を強く捕まれ顔をしかめる。それでも尚、ザハークは無表情を貫いている。表情だけは平常通りである姿勢を不気味だと感じた。
「貴殿は己が置かれている状況を理解しているのかね?」
「捕虜ってやつですよねー? でも、だからってオレは……あんたらなんかには絶対屈しないよ」
笑みを浮かべてみせると再び頰を叩かれる。この挑発の効果は、今までで一番絶大であった。
「単刀直入に問おう。裏切り者……反逆者共は何処へ身を潜めた?」
「反逆者は、あんただっ……!」
全てを言い終える前に再び言葉は遮られる。今度は腹部にザハークの蹴りが入れられた。
「何処へ身を潜めたと、私は訊いている」
「ぐ……っ、あ……」
語り方は普段のように物静かであるが、何度も何度もカイルに蹴りを叩き込むその様子は激しいものだ。髪を掴まれたまま蹴られ続けていたので、髪の抜ける感覚も得る。
「ははは……。仮に知ってたって……教えるかよ」
苦痛に顔を歪めながらも笑む事は忘れない。よほどこちらの態度が気に障ったのか、髪を引く力も彼の足から与えられる衝力も次第に強くなっていく。何度目かの蹴りが入れられた拍子に、唇を噛んでしまう。口内に充満する鉄の味を不快だと感じた。
「どうやら、いくら痛めつけても吐く気はないようだな」
「ようやくわかって頂けましたか」
口内に溜まった血液を吐き出しながら、今も尚微笑んで見せる。
「理解出来たんなら、さっさと出て行って下さい。これ以上はあんたもよく言ってた、時間の無駄ってやつですよ」
今度こそ気が済んだであろう。髪を掴むその手を離し、この場から立ち去ってくれると信じていた。しかしザハークはカイルの前髪から手を離そうとしない。
「まだ、何かしようってんですか……っ!?」
自白する気が無いのであれば彼の気が済むまでこちらを痛めつける気でいるのだろうかと、仮説を立てた時であった。ザハークの唇が、カイルの唇を塞ぐ。
(嘘、だろ……?)
全く予想だにしていない事態に思考が止まる。程なくして下唇に痛みが走った。どうやら歯を立てられたらしい。
「やはり貴殿のような相手にはこの手が有効のようだな。不本意ではあるが、いたしかたない」
暴行を加えられていた時には感じずにいた嫌悪感がこの身を這う。これから何をされるのか。
少し考えれば、理解出来た。
「自白する気になったか?」
「……オレの気持ちは変わりません。これからあんたがしようとしている事は、何の意味の為さない不毛な事だ」
「そうとは限らん」
今の一言で引き下がってくれるとは思っていなかったが。どのような自信が彼の口から、そのような言葉を吐き出す事となっているのか。全く理解しかねる。そもそも、理解したくもないが。
「そーですか。それなら、勝手にして下さい」
「元よりそのつもりだ。貴殿の意思など、知った事ではない」
自らが置かれている現状はいまだ好転を許してはくれないようだ。だが、カイルは今の状況に嫌悪しつつも悲観はせずにいた。これは当然の報いだ。何一つ守ることの出来なかった自分への仕打ちがこれから行われようとしている事ならば、甘んじて受け入れよう。それがカイルの意思であった。

当時この目で見たような気がしたあの男の笑顔は何であったのだろうか。いや、やはりあれは見間違いであったのかもしれない。ザハークほど冷淡な者が、笑みを浮かべるはずがない。
「っ……、ぐ」
後頭部を押さえつけられ、地に頰が擦れる。抵抗する事を完全に封じられた姿勢でカイルはザハークによって犯されていた。下方から聞こえる水音、この男の呻き声。全てが不快だ。
「随分と、易々受け入れるのだな。貴殿の此処は」
「受け入れてるんじゃ、ない……っ、無理矢理、それを……、っ、あんたが強いて……っ!」
「力の抜き方や呼吸法を心得ているように思える。経験があるのか」
こちらの意見など聞く耳を持たないと言わんばかりに、ザハークは己の考えのみを淡々と告げる。
「そうか」
「っ……なん、だよ?」
「貴殿は、此処に他者を受け入れた事があるのだな?」
後ろ髪を引かれ背後から問われるが、返答してやろうとは思わない。
「……気色悪い事、言わないでくれません?」
「違うのか? そうは思えんがな。例えば……あの裏切り者と」
「だからっ……裏切り者はあんただって……――」
「ゲオルグ・プライムと言わなくては、伝わらないのかね?」
より強く後ろ髪を引かれ、気分の悪い事柄について問われる。
「っ、あぁ……伝わらないさ。それと……あんたにしては、……随分と浮ついた仮定だね。くだらない事を、っ……言わないでください。オレが寝るのは、女の子とだけです……」
そもそも本当の事を教える気は最初から持ち合わせていない。鋭いこの男の事だ。恐らく真実についてはいくらか気付いているのだろう。そうだとしても、自分の口から伝える事は何一つ無い。
(さっさと、終わらせてくれないかなー……)
何を思ってか、ザハークは時間をかけてカイルを犯し続ける。報いを受けるのだと心には決めたが。出来る事であればこの瞬間が少しでも早く終わるようにと祈らずにはいられない。
カイルの脳裏には、たった今ザハークも口にしたゲオルグの姿が浮かぶ。彼が察した通り、カイルとゲオルグは肉体関係を持っていた。
「ぐ……っ、ぅ……」
カイルの返答に少しの興味も抱いていないのか、無言でザハークは腰を打ち付ける。ゲオルグとは比べ物にならないほどに苦痛だ。彼とのそれは違う。犯されたのではなく、抱かれたのだ。
『カイル……平気か?』
身体を繋げる時、ゲオルグは常にカイルを気遣ってくれていた。こちらが大丈夫だと答えればゲオルグは心から安堵したように笑みを浮かべた。その表情を愛おしく思い、彼を抱き寄せてその唇をよく貪ったものだ。後頭部を撫でながら深く口付けると、ゲオルグもそれに応えてくれた。異性を抱いた時には得る事の出来なかった思いが、胸を占める。抱かれる事の悦びをゲオルグによって教えられた。自分は女性ではないが大切に扱われる事も悪い気はしない。むしろ心地良く思えた。
『カイル……』
行為の最中、名前を呼ばれる事が好きだとも後に気付く。吐息混じりに頰を撫でられながら名前を呼ばれると、更に情欲を抱く。繋がれている箇所を悪戯もかねて締めるとゲオルグは低く呻き、後に苦笑する。
このような状況でも鮮明に思い出す事が出来た。

――――

「……今は、状況が違う」
カイルの頭を撫でながらゲオルグは相変わらず苦笑を浮かべている。やはり今の状況に負い目を感じていた。そう確信したが。
「おまえをこんな目に遭わせてしまった自分が腹立たしい」
それはどうやら勘違いであったようだ。こんな目とは、恐らく独房での一件の事を指しているに違いない。ゲオルグの指がカイルの腹部を撫でた事が証拠であると解釈する。そこは、確かザハークに何度も蹴りを叩き込まれた箇所だ。
「ゲオルグ殿のせいじゃないです」
彼を抱き寄せて宥めようと背中を撫でる。自らの責をこの男が気に病む事は、あってはならない。
「あの時はオレが太陽宮に残って、ゲオルグ殿が王子とリオンちゃんとサイアリーズ様を連れて身を隠す。それが最善だったんです」
過ぎた事については捨て置くと決めたが、今だけは掘り起こす事にする。
「あなたは役割を全うしてくれた。でも、オレは何も出来なかった」
ゲオルグが何かを言おうとしている事が窺えたが、口を挟む隙は与えず言葉を続けた。
「太陽の紋章も、姫様も、何も取り返せなかった。大好きな人たちをお守りする事も出来なかった。大好きな人たちに、悲しい顔をさせてしまった。だからこれは……当然の報いなんです」
そのような事は無いと彼は優しく言うのだろう。そのように考えていたが。その想像もまた、勘違いであるのかもしれないと思い始める。カイルを見つめるゲオルグの瞳は心なしか鋭く自分を睨んでいるようにも思う。彼にとって、今度こそ気に障る言葉をかけてしまったのか。カイルは内心にて動揺しつつ考え始めた。どの言葉が、この男を怒らせるに至ったかを考察する。
「そんな事が……あってたまるか」
「え?」
「役割を全うしただと? 俺は……」
「ゲオルグ殿……?」
「……すまん」
考えている途中ではあったが、突然の謝罪によって遮断される。それは何に対しての謝罪なのか。むしろ謝罪すべきは自分の方だと考える。ゲオルグのここまで思い詰めたような顔は初めて見た。こちらには想像のつかない何かを彼は抱えているのかもしれない。しかしカイルは、その何かについて追求しようとは思わない。相手が詮索をするなと言わんばかりの表情をしているように感じたからだ。
今すべき事は追求ではなく、彼を受け止める事。相手の心境はわかりかねたが、一度ゲオルグを拒んでしまった立場の自分に気持ちを問う権利は無い。
「大丈夫です。気にしないで下さい」
何についての言葉なのか。我ながらいい加減な事を言っていると思う。
「気を、遣わせてしまったな」
だが。そのような言葉でさえゲオルグは受け取ってくれた。後頭部を撫でられながら囁かれる。それはこちらの台詞であるが、言葉にせず心の内に留める。
「不甲斐ない俺自身に、腹が立っている。さっきも似たような事を言ったな」
「はい。覚えてますよ」
「怒りを抱いたままでは、注意を払おうとも無意識の内に八つ当たりまがいの事をしてしまうかもしれない。それを恐れているんだ」
「そっかー……」
少しだけではあるが、ゲオルグの胸中が先ほどよりも垣間見えた気がした。自ずとかけるべき言葉も思い浮かぶ。彼の胸元に擦り寄りながら、それらの思いを口にする。
「そもそも、そうやって考えられている時点で、あなたは絶対そんな事はしない。そう思います」
「必ずしも有言実行出来るとは、限らないだろう?」
「確かにそうかもしれませんけど。というか、オレがこんな事言うのもあれですけど……ここまでしといて、やめちゃいますか? オレは嫌です」
汚れた身体で彼を抱きしめても、自分が見限る事をしなければこの男は構わないと言ってくれた。先ほどの言葉を信じ、カイルは両腕に力を込めて抱きしめる。
「ここだけの話。もう二度とあなたにも会えない事を覚悟してました。でも、またあなたに会えた。こんな奇跡は、そう起こらない。だから……」
若干の躊躇いを切り捨て、結論を告げようと決める。
「この瞬間が、あなたに触れられる最後の時かもしれない。だから、悔いは残したくないんです。ゲオルグ殿は、こんなオレがあなたに触れても構わないと言ってくれましたよね。だからオレは――」
言葉の途中ではあったが、突然のゲオルグからの口づけによって遮られた。彼にしては、少々荒々しいものであると感じる。驚いたがすぐに順応し、彼の下唇を食みながら片手で頰を撫でた。
「……オレは、もう迷ってません」
唇が離れた直後、たった今言いそびれた事を付け足す。
「何もかも、おまえに言わせてしまったな」
「言いたい事を言えて、満足です。それに負い目を感じるって言うなら……時間の許す限り、いーっぱい抱いて下さい。ね?」
目前の隻眼が優しく笑みながらも、心なしか滲んだ気がした。

油を用意してあった時点で、抱く気はあったと考えていいだろう。しかし優しいこの男は土壇場で迷いが生じたに違いない。その迷いを自分は拭う事が出来たのか。不安に思っていたが、その後ゲオルグが躊躇いを見せる事は無かった。
「指を増やすぞ」
「はい……」
油を足され、二本目の指がそこへ挿入される。その指はそれまで通り、彼らしい優しいものである。
「痛くはないか?」
「平気、です。もっと、奥……欲しい」
「少しずつ、な」
額に唇を押し当てられ、あくまで緩やかに中を擦られる。やはり思っていた通りだ。ゲオルグはカイルを手荒になどではなく、優しく抱こうとしてくれている事がわかった。
「あっ、ぁあ……っ」
相手を安心させようと、控えめに喘ぐ。忌々しい者に蹂躙された箇所に侵入される事は今も心苦しく思う。しかしこの行為をやめてほしいとは思わない。一度拒絶をしてしまった事からの負い目か。それが大部分ではない。少し前に相手にも告げたが、これが最後になるかもしれない。だから彼を堪能したい。それが主なのだろう。
ゲオルグの気持ちは有難く思うが、カイルとしてはすぐにでも繋がってしまいたいと思っていた。ザハークの残した痕跡にゲオルグの舌が這い、犯された内に指が触れる。不思議なもので汚れが拭われているような錯覚を得る。ゲオルグに抱かれたら、ザハークとの肉体関係も抹消されるかもしれない。そのように浮ついた考えを抱いてしまっているのは、既に理性が失われつつあるからなのだろう。
「っ、ん……ぁ」
頭はゲオルグを求める事のみが占め始める。それ以外何も考えられなくなる事は、かえって都合がいい。
(ゲオルグ殿……辛そう)
肌を愛撫されながら少しずつ奥に指が挿入される。穏やかなそれらに反し、ゲオルグの性器はカイルを欲して張り詰めている。
「ゲオルグ、どの……っ、ぁ」
名を呼んだ直後、弱いところを掠められた。上擦った声に我ながらこのような声も出るのかと驚く。
「辛かったら、すぐに言うんだぞ」
どうやらそこを掠めたのは、確信をもっての行動であったようだ。こちらの様子を窺いながらその場所の周囲を撫でている指は少しずつ中心へ移る。辛いなどと、そのような域ではない。
足先から脳天まで悦楽が走る。この段階で既に狂えてしまいそうだ。内を擦られる事はこれほどまでに悦楽を感じただろうか。恐らくそれは他でもない、この男であるからこそだ。
「や、だ……っ」
自分一人が先に狂う事は不本意である。その思いが、途切れ気味ではあるが自然と言葉になる。
「カイル……?」
「オレ、ひとりだけ……よくなるのは、っん……や、です……」
ゲオルグの手を掴んでそこから指を引き抜くよう促す。従ってくれた事を確認した後、ベッドに横たえていた身体を起こした。
「早く……ゲオルグ殿にも、オレで気持ちよくなってほしいです」
近場に置かれていた瓶を掴み、蓋を開けて油を手に取る。ゲオルグと向かい合わせとなる形を取り、その場に膝をつく。一息吐き、油を馴染ませた両手をゲオルグの性器に絡めた。
「っ……」
低く唸るゲオルグの声に気を良くする。膝立ちになり、彼の肩に顔を埋めて舌を這わせるとその肩が小さく跳ねた。
「ね……これなら、二人で出来ますよねー……」
耳元で囁いたほんの少し後。ゲオルグの指が再びカイルの内に挿入される。
「んっ……はやく、ほしいっ……」
「急かすな……俺も、耐えているんだ」
「い、ぃ……のに」
耐えられなくなってしまっていい。率直な願いではあったが、自分を優しく抱こうとすべく欲を噛み殺している様子のゲオルグを眺める事も悪くはない。
硬く大きさを増したそれが、早く欲しい。繋がる事に焦がれて性器を擦る手は次第に早まる。
「ゲオルグどの……も、いいからぁ、っ……」
「カイル、っ……」
「このままっ、いれて……くださっ、ぁ」
こちらの勢いに折れてくれたのか、ゲオルグはカイルの内から指を引き抜く。片手で腰を支えながら性器の先端をカイルのそこへ当てる。
「ゆっくり、腰を落とせ」
「は、い……っ」
一気に腰を落としてしまいたい衝動に駆られるもゲオルグが最初の要求を受け入れてくれたので、自分も相手の要求を飲もうと決めた。
「ぁ……」
喘ぎに混じって感嘆の吐息が漏れる。やはり一度は諦めてしまった事柄である故か、繋がる事の出来た瞬間を心底喜ばしく思う。
腰を落としていけばいくほど圧迫される事による苦痛と違和感に苛まれる。しかしそれ以上に、内がゲオルグを受け入れた事に歓喜している事が今の感情の大部分であった。
「は、はいっ……て、る」
「……痛むか?」
腰を撫でながら気遣う様子の彼に、首を横に振って見せる。完全に痛みが無いと言えば嘘になるが、それよりも悦びが勝っていた。
「カイル……」
「はぃ……ゲオルグ、どの」
ゲオルグを全て飲み込んだところで、背中を撫でられながら名を呼ばれる。それに応えながらカイルはゲオルグの胸元へ舌を這わせた。
「ゲオルグどの……うごいて、ください」
「もう、落ち着いたのか?」
「……言ったでしょう? オレだけがよくなるのは、嫌ですって……」
ゲオルグがカイルを気遣っている事は痛いほど伝わっている。だが、今は彼の欲を優先して欲しいと願う。内にいるゲオルグのそれを悦くしようと様子を窺いながら腰を動かす。
「ね、ゲオルグどの……もっと、気持ちよくして……、くださっ、ん」
少しずつではあるが下から突かれる感覚を得る。望み通りゲオルグが応えてくれたようだ。
「っ、カイル……いい、か?」
「! っぁ、あっ、……」
本能のまま喘ぎながら、カイルはゲオルグを抱きしめ直す。
「すごーく、いぃ……っです。ね、……もっと……ぁ!」
耳元で囁いていた最中、ゲオルグのものが大きさを増す。自分に対してこのうえなく欲情してくれている事が伝わった。
「また、おっきく……なっ、たぁ」
「いちいち、言ってくれるな……」
苦笑を浮かべるゲオルグを愛らしいと思う。その表情に見惚れていると、顔を近付けられて唇を重ねられた。いたるところでゲオルグと交わる事の出来ているこの瞬間が、いつまでも続いてくれたら。今まで以上に浮ついた考えを浮かべてしまっている事は、理性を完全に手放してしまった事を意味しているのだろう。ゲオルグにしがみつき、カイルは悦楽に浸り続けた。

何度達したか、数える事も途中で諦めた。意識が朦朧としていた状態で再び風呂場に連れて行かれ、行為に没頭していた身体を清められる。当初考えていた通りゲオルグは始終カイルを優しく抱いていた。浴室から部屋に戻り、髪を拭かれながら囁きが聞こえる。
「そのまま眠ってしまっていいからな」
ゲオルグの言葉に甘え、カイルは意識を手放す。今まで抱かれた時以上に悦かった。様々な事情がそのように感じさせてくれた事は理解していたが、あそこまで満たされたように感じた事は初めてで戸惑っていた。
これは一体何なのか。心が満たされて、容量を超えたものが溢れていく。その感覚を何と言うべきか。答えは出ていたがそれは胸に秘めた。
彼に髪を拭われながら眠りこける。明確な眠気を催したのはいつ以来だっただろうか。
意識を手放す直前、ゲオルグの唇が額や瞼を始めとしたいたる箇所へと押し当てられたような気がした。愛されているとは、このような事を言うのだろう。互いに直接愛を囁き合った事はないがゲオルグの気持ちは伝わっていて、カイルはそれに応えようと日々接していた。彼を求める思いは、ゲオルグほどではないとは自覚している。自分よりも相手の思いの方が少々強い。それがとても心地良かった。ゲオルグほどの男に必要とされる事は、悪い気はしない。むしろ喜ばしいとさえ思っていた。そういった対象は異性のみである。彼に出会う前はその考えであった。その考えを覆されてしまうとは。
(あなたはオレにとって……)
結論に辿り着く直前で、意識は完全に途切れた。

自然と目が覚めて身体を起こす。気怠い感覚すら心地良い。それも全て傍らで眠るこの男のせいだ。再び身体を横たえながらこちらを向いていたゲオルグの寝顔を眺めようとしたその直後、異変に気付く。
「っ、……」
「ゲオルグ殿……?」
呻き声のようなそれは、間違いなく彼のものだ。思わず名を呼んでしまうがゲオルグが起きる気配は無い。身体を揺すっても尚、ゲオルグは眠り続けている。うなされている事はすぐに理解出来たので、彼を起こすべきだと最初は考えるが。目覚めた相手にうなされていたと言えば優しいこの男はカイルに気を遣わせてしまったと悔やむだろう。事実を伝える以外にもっともらしい理由も思い付かない。少し考えた結果、彼を起こす事はしないと決める。
ゲオルグは自分がザハークにされた事以上の苦痛を背負っているのだろう。旧友を守る事が出来ず、自分だけが生き延びた。どれほどの屈辱であったか。全て憶測でしかないが引き続き考える。ゲオルグが己を恥じているとしても彼が生きていてくれた事は嬉しいと思う。そう簡単にどうにかなってしまうような男ではないが、それまでと変わらずにいてくれた事は何より嬉しい。
事が起きる前と同じくカイルに優しく触れ、抱いてくれた。だが、ゲオルグも何かを秘めて苦しんでいる。今はどのような悪夢に苦しめられているのか。
「ゲオルグ殿。大丈夫ですよー……」
本人に届く事は無いが、思いを声にしながらゲオルグを抱きしめる。彼が寒くないようにと上掛けを被り直す事も忘れない。
「大丈夫。大丈夫ですから……」
背中を撫で、右瞼に唇を押し当てる。それは思えば自分が意識を手放す前にゲオルグがしてくれた事と同じ行為であった。気付いて苦笑しながら引き続き背中を撫でる。
どうか少しでも彼の見ている悪夢が早く終わるように。今はただそれだけを願い、ゲオルグを強く抱きしめた。

――――

ようやく目が覚めた時、ここが何処であるかを忘れかけた。普段は一人きりの部屋で目が覚めるが、今は状況が違う。ゲオルグはカイルの腕の中で目が覚める。都合のいい夢かと錯覚しかけたがこれは夢ではない。
「カイル……?」
名を呟いてみるが返答は無い。どうやら眠っているようだ。これでは身動きが取れない。どうしたものかと考えるが決して困っているわけではなかった。むしろ、心が和らぐ。悪夢を見て目が覚めると、例えば今のようにまだ夜が明けていなかったとしても再度眠る気は起きずにいた。しかし今は、再び眠気を催している事に気付く。人肌の効果だろうと思う事にする。睡魔に従い、カイルの腕の中で再度眠りに就いた。

次に自然と目が覚めた時。室内は既に明るみが差していた。深く眠る事が出来たとも実感する。
「あ、起きましたか。おはよーございます」
「あぁ……」
部屋の扉が開かれて傍らにいたはずのカイルが食料を持って歩み寄る。カイルは装束を纏い、髪も普段のように結っていた。
「お前が起きた事に、全く気付けずにいた」
今の相手を見るからに、自分は彼よりも遥かに長い時間眠っていた事に気付く。少々心苦しく思っているとこちらの意思を察したのかカイルは笑みを浮かべる。
「たまにはいいじゃないですかー。ゲオルグ殿、一人で行動している時は絶対満足に眠る事も出来ていないと思いますから」
確かにカイルの言う通りであった。完全に割り切る事が出来たといえばそうではないが、ひとまずこれが最善だったのだと思う事とする。
「ご飯はどうします? 着替えてからにしますか?」
「あぁ、先に支度を整えてからにする」
手短に身支度を整え、机を挟んだカイルの向かい側の席に着く。思えば椅子は一脚のみこの部屋に置いてあったはずだが。恐らくカイルが調達してくれたのだろう。
「ゲオルグ殿の寝起きから着替えを一部始終見られるなんて、役得だったなー」
「あまり面白いものではないだろう?」
「とんでもない。これはオレだけの特権だって思っていますから」
その言葉もゲオルグが最も喜ぶものと判断して選んでくれたに違いない。そこにカイルの思いが少しでも含まれてくれていれば嬉しい。淡い期待のような思いは胸に秘め、カイルと共に用意されていた食料へ手を伸ばした。

食事を済ませて後片付けを終えた後。引き続きゲオルグは机を挟んでカイルと談笑していた。
「……何か、嘘みたいですよね」
「ん?」
それまでよりもほんの少し改まった様子でカイルが呟く。次の言葉を待っていると、彼の両手が机に置かれていたこちらの片手に重ねられる。
「今は戦時中だってのに。こうしてあなたに触れる事が出来て穏やかな気持ちでいられる。あの夜以降、今みたいな思いはもう感じられない。そう思っていたんですけどねー……」
「確かに、そうだな」
重ねられた手を空いていた方の片手で撫でながら、カイルの言葉に同意した。
「ゲオルグ殿」
「……?」
穏やかに語っていたカイルの表情が真剣なものへと変わる。何か折り入った話がある事は理解出来たが、これから相手が何を語ろうとしているかまではわかりかねる。
「すみませんでした」
「何故、謝る……?」
カイルの真意が見えず、ゲオルグは動揺を露わにする事しか出来ない。
「ゲオルグ殿……昨晩オレを抱いてくれている時、とても辛そうなお顔をしていました」
「……」
今度は動揺を胸中のみに押し留める事が出来た。今まで以上の動揺であったが、それはまだ明かすべき事柄ではない。あの夜の一件について後ろめたいと感じていた事がカイルを抱いていた時に滲み出ていたのか。彼の言葉で初めて気付いた。
「そんな顔を、俺がしていたと言うのか?」
「はい。オレにはそう見えました。で、自惚れだったら申し訳無いんですけど……やっぱオレの身体のせい、なのかなって」
「そうか」
想像していた事とは違う話であった。しかしそれも間違いではない。ゲオルグがカイルの身体を目の当たりにし、心を痛めた事も事実であったからだ。
「報いだってオレが言った時のあなたの表情が、頭から離れなくて……自分なりに考えてみました」
その時の事は自覚している。カイルの言うそれが本当に報いであるとしたら、何故自分よりもこの男が苦痛を強いられなければならなかったのだろう。怒りのような、やるせない思いが自然と言葉になっていた。
「ゲオルグ殿?」
思いのままカイルの手を取り、その指先に口付ける。
「すまん。おまえを困惑させてしまったな」
「そりゃ、驚きましたよー? でも……そのおかげで、オレがゲオルグ殿を不安にさせてしまった事に気付けたんです」
カイルはこちらの片手首を自らの頰に運びながら答えた。その頰を撫でると気持ち良さそうな表情を浮かべながら目を閉じてくれる。ゲオルグは椅子から腰を浮かせて顔を近付け、唇を重ねた。
「話の途中ですよ? しょーがない人だなぁ」
そのように語るが、カイルの表情からは満更も無い事が伝わっている。
「ま、オレもしたいなーって思ってたところでしたし、全然いいんですけどね」
今度はカイルからゲオルグへ唇を重ねる。真相を語るべき時が訪れたその時は包み隠す事なくこの口で相手に全てを伝えようとたった今、心に決めた。
(おまえのそれが報いだと言うなら……)
いずれは自分もそれを受ける時が来るのだろう。先の事については漠然とした考えのみ浮かんでいるのが現状だ。何時その時が訪れても後悔の無いよう、この温もりを覚えていようと誓った。
「ゲオルグ殿はほんっとにお優しいですよね。あなたが大切に抱いてくれていた身体を、あなたの知らない所でこんなにして。どんな事情があっても、裏切り行為だって思われてもおかしくないのに」
「お前がそうだと考えていても俺の気持ちは変わらん」
カイルは望んで身体を傷付けられたわけではない。それを悟っていた故の言葉であった。
「……」
一瞬カイルが何かを言おうとしていたような気がしたので言葉を待ってはみたが、彼はただ微笑むのみであった。

真相を話すべきその時を、ゲオルグは見計らい続けるが。実際は任務が立て込んでいたために日々だけが過ぎて行く。拠点はラフトフリートから王子が発見したセラス湖の城へと移り変わる。自分はそれまで以上に拠点を留守にする事が多くなったにも関わらず、引き続き自室を用意してもらえた。
新しい本拠地入手により軍の士気はあがっている。まだ話すべき時では無いのだろうと自室にて判断していたその時。入口のドアが数回叩かれる。今のような夜更けに訪ねて来る相手は一人しかいない。率直に嬉しく思いながら入口まで歩んでドアを開けた。
「来ちゃいましたー」
子供を思わせる笑みを浮かべながらカイルはゲオルグの部屋へと足を踏み入れる。ドアの鍵をかけた後、その場で抱き合った。
「おかえりなさい。今回もお仕事お疲れ様でした」
「あぁ……」
背中を撫でられながら囁かれる。一方のゲオルグはカイルの髪を解き、その頭を撫でた。互いにそういった事をあらかじめ約束していたわけではないが。気付けば装束や鎧を脱がし合っている。ベッドまで行くように促すと、相手もそれに従ってくれた。
相手を組み敷き露わとなった肌を触れ合わせている最中にカイルが強請る。鎖骨に舌を這わせ、胸に唇を寄せると頭を撫でられた。一旦顔をあげ、彼の身体を見つめる。すると不思議そうな顔をされてしまう。
「ゲオルグ殿?」
「傷も、大分目立たなくなったな」
安堵を込めて囁き、頰に口づける。その後カイルの両手がこちらの後頭部を抱き寄せた。
「ゲオルグ殿が安心してくれて嬉しいなーって思います。やっぱり、抱いてくれるんだったら辛そうなお顔はさせたくないし……気持ちいい事だけ考えてて欲しいなって思うんですよ」
後頭部を撫でる手が心地良い。その感覚に身を任せながらカイルの言葉を受け止める。気持ちのいい事は勿論であるが行為の最中はこの男の事だけを考えている。どのようにしたらもっと悦んでくれるか。自らの悦楽よりも先に相手の事ばかり考えてしまう。結果としてはカイルが存分に感じてくれる事はこちらの悦楽に直結しているので、相手の望みどおり抱く事は出来ていると思う。
「おまえはどうなんだ?」
「え?」
腰回りを撫でつつ、今まで密かに気になっていた事を問おうと決めた。
「俺に抱かれて、苦痛だったりはしないのか?」
カイルはゲオルグに合わせてくれている節がある。全てがそうだとは思いたくはないが、彼を抱いている時も自分が最も悦ぶ反応を選んでくれているのではないかと度々考えていた。
「今更それ、訊いちゃいます?」
「不安だったからな……っ?」
突然頭を乱雑に撫でられる。何が彼をそうさせていたのか皆目見当がつかない。
「もー、ゲオルグ殿ったらお優し過ぎですー! どんだけオレを甘やかしてくれたら気が済むんですかー!」
「甘やかすも何も、俺がそうしたいからしているだけだ」
自然と頰が緩み、笑んでしまう。質問の返答をされていない事に気付くが再度問うよりも先にカイルが口を開いてくれる。
「あれが苦痛だなんて感じた事は一度もありませんよ。自分でも不思議だなーって思ってますけど。あなたに抱かれるのは、嫌じゃない」
それまで以上の喜びにより目眩を感じる。恐らく今の自分はおかしな表情を浮かべているに違いない。顔を見られる事を癪だと思い、カイルを自らの腕をもって胸元に閉じ込めた。
「ちょ、ゲオルグ殿?」
カイルが愛おしい。その思いは口にせず、ただ彼を強く抱きしめる。
「あー、わかりましたよ。顔、見られたくないんでしょー」
「……おまえの想像に任せる」
相手の洞察力を相変わらずだと感心する。今までの行動を振り返れば、少々わかりやすかったような気もした。
「じゃ、そうだって思います。ねー、ゲオルグ殿? お顔が見たいんですけど」
「おまえが期待しているような顔ではないぞ?」
ここまでくればこちらが折れるしかない。つくづく自分はカイルに甘いと自覚していた。腕を緩めると、すぐさまカイルの手が両頰に伸ばされる。
「可愛いお顔、してます」
「どんな顔だ……?」
「思わず欲しくなっちゃうような」
相手の顔が近付き唇を貪られる。最初は相手の好きにさせていたが、それは一瞬の事であった。舌をカイルの口内へねじ込み彼の舌へ絡める。その熱さから少なからずこの男も興奮している事が伝わった。

「ぁっ、あ……」
控えめに喘ぐその声を聞き逃さないようにしながらゲオルグはカイルを抱き続ける。少しでも気を抜けば乱雑に扱ってしまう事も確信していたからこそ、細心の注意は常に持ち続けていた。
「ゲオルグどの……もっと、いぃ、ですよ……?」
気持ちは有難いがこれ以上は彼の負担となりかねない。その思いだけは受け取っておこうと頭を撫でる。
「時間が許されるのであれば……」
「……?」
カイルが首を傾げた事で、抱いていた思いが言葉となっていた事に気付く。
「……おまえと、ずっとこうしていられたら。唐突に思った」
突然そのような思いを口にすれば、相手は困惑する。故にその思いは胸に秘めておこうと考えたはずなのに何故か言葉になってしまった。カイルを困らせてしまった事をまずは謝らなくては。
「嬉しいなー……」
だがカイルは困惑する事なく、微笑むのみであった。
「何だろうな。何でこんなに、嬉しいんだろ」
ゲオルグに擦り寄りながらカイルは自問している。予想外の反応はゲオルグの心を温めた。
そしてそれが情欲に繋がる。
「ゲオルグ殿ー……っ、何でおっきくしちゃってるんですかー?」
眉を寄せながらもカイルの表情から笑みが消える事は無い。
「おまえのせいだ」
少々ばつが悪いと感じながら告げるとカイルはより嬉しそうに笑んだ。
「おまえが、嬉しい事を言うからだ」
「そっかー……」
何がゲオルグの口からあのような言葉を口にさせたのか。自らも理解しかねていた事柄についてカイルが問う事は無かった。この男はただ、何度も嬉しいと己の気持ちのみを伝えてくれる。
「オレも、嬉しいです……っん」
わきあがる思いのままカイルに口づけた。最初は驚かれるもすぐに両手で頰に触れて応えられる。内に収めたままのそれを少しずつ擦りつけると、もっと欲しいと言わんばかりにカイルの片足がゲオルグの腰に絡められた。

ようやく熱りも冷め、ベッドの中で身体を寄せ合っている時。何やらカイルが腑に落ちない様子である事に気付く。
「どうした?」
「いやー、大した事じゃないんですけど……」
彼を抱きしめ直すと胸元に擦り寄られる。髪を撫でながら続きを話してくれる事を待つ。
「せっかく、こんないい場所に引っ越せたのに……声があまり出せませんでした。それがちょっとだけ悔やまれるかなーって思って。声を潜めるのが習慣づいちゃったせいでしょーね」
「何か問題でもあるのか?」
「大ありですよ!」
声を荒げられ少々驚く。こちらにとっては大して気に留める事のない事柄でも、カイルにとってはそうとはいかないらしい。
「だって、せっかく声をあげてもいい環境になったんですよ? どうせなら存分に声をあげて、オレがどれだけゲオルグ殿に感じているか教えてあげたかったのにー」
そういう事であったのか。まさかゲオルグの事を考えたうえでの表情だったとは。たまらず、カイルの頭をやや乱雑に撫でる。
「俺はおまえとこうしていられるだけで、充分なんだが」
「えー? じゃあ、ゲオルグ殿はオレが声をあげないままでもいいんですか?」
「……それはまた別の話だな」
声を聞けるのであれば是非とも聞きたいと思う事は当然だろう。
「良かったー。オレが勝手に一人で盛り上がってるのかと思いましたよ」
「そんな事はないさ」
むしろそれは自分の方ではないかと常々感じている。相手が思う以上にゲオルグはカイルを好いているのだ。一時の感情に過ぎないと考えた事もあったが、思いは薄れるどころか強まるばかりだ。カイルと共に在りたい。自分が願うにはあまりにも贅沢過ぎる思いも、捨てきれずにいる。
「俺はおまえが思っている以上に、おまえにのめり込んでいる」
「お上手なんだから」
ただ本心を述べているだけなのだが。しかしこのように軽く受け取ってくれる事は有り難いと思う。愛を語らったところで、この先も共に在る事の出来る保証は無い。カイルは恩人に置いていかれた。思いを全て伝えたとしても。報いを受ける時の訪れにより自分も同じく彼を置いていってしまう事も充分あり得る。なので、この現状が最善なのだと思う。
「そろそろ寝るぞ」
「はーい」
これ以上語らっていては先ほどのように思わぬところで秘めている思いを吐き出してしまう事も考えられる。逃げるようで癪だと感じたがそうすべきだと言い聞かせて眠りに就いた。

自らの境遇を忘れてはならない。その思いが、今も引き続きゲオルグに悪夢を見せ続けていたのかもしれない。
「っ……!」
目が覚め、身体を起こす。何度見ても慣れる事が出来ない現状に呼吸を整えながら安堵する。
それほどの事を旧友の頼みと言えど自分はしでかした。慣れてしまえばその行いを軽んじるも同然だ。
今日見たそれは普段以上に鮮明であった。それはここがフェリドの故郷であるからなのか。
群島諸国の宿屋の一室には自分以外にも王子たちが眠っている。彼らを起こさぬよう、ゲオルグは気配を殺してバルコニーに出た。
夜風に当たりながら遠くを見つめる。夜はまだ明けそうにないが、今は眠り直す気にはなれない。単独で行動している時と同じくこのまま夜明けまで起きていよう。その結論に至った時、背後に一つの気配を感じる。
「眠れないんですか?」
振り向くとそこにはカイルが立っていた。注意を払ったつもりではあったが配慮が足りなかったのかもしれない。
「すまん、起こしたか?」
「いえいえ。お構いなく」
明確な否定も肯定もせずカイルはゲオルグの隣に立つ。
「自然と目が覚めてな。そう言うお前はどうなんだ?」
「オレですか? ゲオルグ殿と同じですよ。何となく目が覚めて身体を起こしたらあなたがバルコニーの方に向かってるのが見えて、どうしたのかなーって」
結局起こしてしまったと考えて間違いは無いだろう。だがカイルの意思を汲み、再度謝罪する事は避けた。
「良かったですよねー。交渉、上手く行って」
「そうだな。それもあいつの頑張り故だろう」
「王子、久々にゲオルグ殿と一緒に行動出来て嬉しかったんじゃないかなー。だから張り切ってしっかり結果を出せたとか」
「だとしたら、それは嬉しいな」
「きっとそうですよ。そんなオレも久々にあなたと行動出来てすごく嬉しかったんですよ? 同行者にオレを選んで下さった王子には、いくら感謝しても全然足りません」
手すりに両肘を置いたままカイルはゲオルグの方へ向き直し、微笑む。
「こういう事はあまり言っちゃいけない気がするんですけど。ここだけの話って事で、聞いてくれません?」
「あぁ、聞かせてくれ」
続きを促すとカイルは一層笑みを浮かべながら口を開いた。
「久々にゲオルグ殿と一緒に戦えて、すごーく楽しかったです」
彼の話をきっかけに先ほどの海賊退治の一件を思い出す。確かにカイルの言う通り、久々の共闘は自分も心が躍っていた。
「今はまだ戦時中です。楽しかったなんて思うのは不謹慎ですけど……あなたにだけは、知っておいて欲しいなって思ったんですよ」
「奇遇だな。俺もそう思っていた」
その感情を抱く事が不謹慎だと思う事も全て含めて彼の言葉に同意する。悪夢がより鮮明であったのも、気持ちが少なからず浮かれてしまっていた事も関係しているのかもしれない。
「じゃ、これはオレたちだけの秘密ですねー」
得意げに語るその様子を愛らしく思いそのまま抱き寄せたい衝動に駆られる。しかし寸のところで留める事が出来た。場所を考慮したからこそ。そして思いのままにカイルを抱き寄せてしまえば、それだけでは済まない事も自覚していた。悪夢が尾を引いているからだろう。
「オレに触れたいですか?」
「触れたくないと言えば、嘘になる」
手すりから肘を外してカイルはゲオルグの方へ向き直す。
「オレも……触って欲しいなー」
こちらよりも先にカイルの片手がゲオルグの片手に触れる。情欲をたたえた蒼眼に魅入られ、ゲオルグはその手を握り返した。

――――

ゲオルグはカイルに何か重大な事を告げようとしている事を把握していたつもりではあったが。思わぬところからその事態が明かされた時は、動揺を隠しきる事が出来た自信は正直無い。
彼を本拠地から見送る時、自分は普段通りを上手く装えていただろうか。あの男に問いたい事はそれなりにあった。しかし今自分がすべきはゲオルグを送り出す事だと動揺の最中ではあったが、辛うじて判断する。
カイルに何かを言おうとしていたその時の表情が脳裏に焼き付いて離れない。底が知れないと考えていたはずの相手の感情が手に取るように理解出来てしまったからだ。こちらに対する謝罪の意を真っ先に察知した時は、いかにもゲオルグらしいと思った。心根の優しい彼はカイルに隠し事をしていた事に罪悪感を抱いていたのだろう。ミアキスの言葉が全て嘘であると思うつもりはない。誤解と事実がそれぞれ同時に含まれているに違いないと考えた。不明確な事ばかりであるが納得出来る事も存在する。ゲオルグが夜な夜なうなされていたのは、今回露呈した件が大きく関わっている事は確かだろう。思えばラフトフリートで彼に抱かれていた時に垣間見た顔は、カイルの身体についての他にその事も含まれていたとも考えられる。重大な秘密をたった一人で抱えていた彼の気持ちは計り知れない。
もっとこちらから歩み寄るべきであった。あの男がうなされていた時、抱きしめる以外にも何か出来る事があったのではないか。様々な後悔が浮かぶがカイルがそれに溺れる事は無い。
過ぎた事について思いつめたところで起きてしまった事を無かった事に出来るわけではない。
ならば事態を受け入れ、前を向くのみである。太陽宮没落後と同じくカイルは気持ちを切り替えた。と、自分の中では思っていたが。頭の片隅では自嘲を止める事が出来ない。大丈夫だとうなされていた彼に囁いた行いを愚かだと思う。何が大丈夫だと言うのか。ゲオルグが抱えていたものは、そのような安易な行いで解消出来るものではない。それ以外に何か有効な方法が思いつく事も無いのが現状でいかに自らが無力であるかを痛感する。しかし今はこのまま悲観し続けている場合ではない。無力であるならばそれを認め、行動しなくては。
女王親政の報せを聞いた時はこのうえない好機が訪れたと感じた。リムスレーア奪還のため、役割を全うする。強い決意は自嘲や迷いを塗り潰してくれた。

ザハークの足止め。それが自ら引き受けた成すべき事だ。
鋭いあの男はこちらの作戦に気付いた。それは最初から予想済みである。相手が来た道を引き返そうとしたところで、カイルは彼の前に姿を現した。雑兵は同行してくれた他の仲間に任せ、ザハークに剣を向ける。
「ほーんと、相変わらず仏頂面だね」
「そう言う貴殿は相変わらず軽薄だな」
相手の殺気を感じ取り、何処までも自分はこの男に忌み嫌われていると実感した。ではカイルはどうなのか。ザハークに対してどのような感情を抱いていたのかをこのような状況ではあるが考える。答えはすぐに浮かぶ。事が起きるまではこの男とも分かり合える日が来るかもしれないと思っていた。当初の考えは今となっても変える気は無い。
激しい攻防が続く中ザハークは無表情のままでいた。その冷淡な表情のままあの時、自軍を逃すために火を放ったのだろう。己の信じる道を行くべくアルシュタートとフェリドを裏切った時も今のような顔をしていたに違いない。
「何故……貴殿の心は折れない?」
「は?」
突如ザハークが口を開き、隙が生まれてしまう。そこに付け入られてしまうと懸念したがカイルと剣を交えたまま彼は動く事はしない。
「貴殿の尊厳を奪おうと事実が判明しようとも、何故貴殿はそのままでいられる?」
「あんたに教えてやる義理はない」
例えば女王騎士見習い時、自分を探し続けてくれていた頃の彼であれば。相手の問いに答えていたかもしれない。
「大体さー、オレを嫌う奴に何でこっちの本心を教えてあげなくちゃいけないの? あんたから見てオレってそんなにお人好しに見える?」
「……その忌々しい軽口も健在のようだな」
「いやーそれほどでも」
「貴殿の目前で反逆者どもを嬲り殺しでもすれば、少しは動揺の一つも――」
交わったままのザハークの剣を叩き落とす。力は相手の方が上回っており、このままではこちらが押されると考えていた。何処から今のような力を出す事が出来たのか。その疑問はカイルにとって重要な事ではない。
「やってみろよ。その前にオレがあんたを殺す」
「……それでいい」
不意に懐かしい記憶が過る。ザハークの笑みをこの目で見た気がした、あの瞬間。即座に体制を立て直した彼が笑んだからだ。
気のせいであったとも考えた彼の笑みは見間違いではなかったのかもしれない。
「その顔は私のみが知っている」
相手が何かを言っていたが聞き返す事はせず、ザハークに斬りかかる。
「それで、充分だ」
何が充分なのか。恐らく先ほど聞き逃した言葉の中に答えはあるのだろう。それすら聞き返そうとは思わない。
(オレはあんたの事、そこまで嫌いじゃなかったよ)
それも全て過去の話だ。カイルは目前の男を敵と見なし、思い出諸共切り捨てようと剣を振るい続けた。

相手が女王騎士であっただけに足止めは成功したものの、無傷とまでは当然いかなかった。
負傷した身体を引きずりながら本拠地へ急ぐ。痛みはそこで待っているであろう王子たちとリムスレーアの顔を見る事が出来れば恐らく和らぐ。しかしカイルは心から楽観する事は出来ずにいた。ザハークが撤退する直前。とてつもなく嫌な予感がした。あの夜とはまた違った感覚ではあったが、確かにそうだと感じる。気のせいであってほしいと願ったがそのようにはいかなかった。
サイアリーズが軍を抜け、リオンが重傷を負った。悪い夢を見ているようだと最初に思ったが現実から逃避をしている場合ではない。王子に掴みかかるロイを窘め、カイルはこれまでと変わらず普段通りを装い続けた。
脳内ではこれまでの状況を整理するが、心はそれに伴ってはくれない。サイアリーズの様子がどこかおかしい事は理解しているつもりであった。リムスレーアの戴冠式が要因である。そう考えて間違いは無いだろう。だが、軍を抜けるまで彼女がそこまで思い詰めていた事には気付けずにいた。ゲオルグの一件から自分は何一つ学んでいない。相手の心境についてある程度の事は把握しているつもりでも、肝心な事は見落としている。いや。そうであったのは今回の話のみだ。ゲオルグに対しては何かに気付いていながらも、気付かない振りを選んだ。もしも自分がその心境に踏み込んでいれば。彼が本拠地を長い間留守にする必要は無かったかもしれない。またしても今更考えたところで無意味な事柄についてを頭の中に置いてしまう。これで何度目になるだろうか。太陽宮が落ちたあの夜から、数える事は早々に放棄した。
自分は間違えてばかりだと自嘲しながら、一つの考えが浮かぶ。サイアリーズの元へ向かうのはどうであろうか。何も出来ないと悲観しているだけよりもよほど有効だ。後悔するにはまだ早い。単身でソルファレナに戻った彼女の傍にいる事こそ、自分に残された役割である。待機場所としていた王子の部屋の前から自然と足が動く。外に出て、本拠地出口の橋を渡ろうとした時であった。
「兄ちゃん!」
背後から声が聞こえた事で足を止めて振り返る。するとロイがこちらに向かって駆け寄って来ていた。
「ロイ君? どうしたの?」
「話、あるんだけどよ……」
普段の彼からは想像もつかないほど、その言葉からは歯切れの悪い印象を抱く。
「場所を変えようか」
この少年にとって言いづらい事をこちらに伝えようとしている事が窺えたので、たった今浮かんだ提案を述べる。
「ん、悪ぃな」
「いーよ。気にしないで」
橋を渡り本拠地から少し離れた森に向かおうと歩み始めた。ロイと共に歩む事で、少しずつ頭が冷え始めつつある。それまで自分は何を考えていたのだろう。サイアリーズの傍にいたいという願いが完全に薄れたわけではないが、冷静に考えればそれは到底叶わぬ話だと考え始める。彼女に仕えるため、ソルファレナに戻ったところで反逆者の一人として捕らえられるだけだ。少し考えれば理解出来る。普段であれば容易な判断が出来なかったという事は、それほどまでに冷静を欠いていたに違いない。危うく今も抱いていたはずの大事な思いすら捨て置くところであった。
もし、ここから自分がいなくなったら。今度こそゲオルグに二度と会えなくなってしまうだろう。
「で、話ってなーに?」
先ほど足を止めるきっかけを与えてくれたロイに内心で感謝を抱きながら、話を切り出す。
「話っつーか……頼みたい事があるっつーか……」
「よし。全部聞いてあげるから、ロイ君がこれだと思う事から順に話して?」
「……オレと、手合わせしてほしい。で、この事はオレと兄ちゃんだけの話にしといてくれねぇか?」
「ん、いーよ」
彼が人知れず強くなりたいと願うのは、リオンのためでもある事に違いない。ロイはロイなりに前を向こうとしている。まずはこの少年の力になることで再び自分も前を向こうと決意を新たにした。

ここであれば、人目につかずロイも手合わせに専念出来るだろう。
剣を抜く素振りを見せるが、何故かロイは三節棍を抜こうとしない。恐らく先に話しておきたい事があるのだろうと様子を窺うと、こちらに対しての疑問について訊ねられた。
ロイから見たカイルは、普段通りと映っていたらしい。付け焼き刃でしかないと思っていた装いは思ったよりも効果があったようだ。自らの思いを改めて整理しつつ伝えると、自分の不安などは誰が請け負うのかと問われる。ロイの気遣いは率直に嬉しいと感じた。彼のためにも己はこれまで以上に普段通りを装うべきだ。ここで足を止めた時以上に努めて明るい声音で話し続ける。それはロイを安心させるためでもあったが理由はもう一つ存在した。
微かではあるが、ゲオルグの気配を確かに感じた。気のせいである事も考えられたが、以前あの男はザハークが笑んだ事について語った時。カイルが見たと感じたのであれば気のせいでは無いと話してくれた。彼が信じた自分の感覚を信じようと思う。ここからさほど離れていない何処かでゲオルグが自分たちを見ている。姿を現そうとしない事も、事情があるからこそと承知済みだ。
ロイの頭を撫でながら考える。今も何が最も正しい事なのかは理解しかねるが。これまでとと同じく、自分の判断に身を委ねて行こうと考えをまとめる事が出来た。カイルが選んだ答えは、ここでゲオルグを待ち続ける事だ。
レインウォールにて彼と再会を果たした時の事を思い出す。身体は機能していたが心はとうに死んでいたと思っていたあの時。彼に抱きしめられる事でその心が息を吹き返したような感覚を、確かに得た。今度は自分がゲオルグを抱きしめる番だと思う。
ゲオルグの気配が遠のく。安心したからこそ、その場から立ち去ってくれたのだろう。カイルもまた安堵していた。その直後に手合わせを始めていたロイの三節棍を剣で受け止めた時。
ザハークとの一戦で負った傷が響く。彼が傍で見守ってくれていたであろう故に、少々虚勢を張り過ぎたのかもしれない。膝をつきたい衝動に駆られるが、カイルは今までと同じく普段通りを装う。傷はしばらく痛みを訴えていたが、心は次第に重みを失ってくれていた。
ゲオルグはそれまでと変わらず影ながら王子を支えようとしてくれている。そんな彼と再び顔を合わせる時が来たならば。周囲はまず驚きを露わにするだろう。なので自分だけは今までと変わらず彼を出迎えたい。当初の願いは果たして遂行する頃が出来たのか。
ゴルディアスでゲオルグと再会を果たした時、普段通りの笑顔を浮かべていたつもりではいたが。内心は溢れんばかりの喜びに戸惑っていた。

ゲオルグと再会を果たしたはいいが。その喜びに浸っている場合ではない。ドワーフキャンプに一時身を置いていた事もあって、二人きりで顔を合わせる機会が無かった事も理由に含まれている。温かい歓迎を受けていたゲオルグを遠目に眺め、心から安堵していた。
そして間も無く本拠地奪還のために軍が動き出した。大事な戦であるにも関わらず、ゲオルグが主将であった隊の副将に自分が抜擢された時には気持ちが高揚した。
「ひっさびさの表舞台はどーですか?」
「何だか……感慨深いな」
笑みを浮かべるゲオルグにつられ、こちらも一層笑顔を浮かべる。また心が許容量を超えて喜びを訴える。自分は一体どうしてしまったのか。それについて考えるのは本拠地を奪還してからにすべきだ。少々言葉を交わした後、カイルはゲオルグと共に出陣した。

本拠地を奪還して数日が経過している。今は軍全体が引っ越し作業の後片付けと掃除に追われているため慌ただしい日々が続いていた。カイルもその手伝いに勤め、ようやく落ち着いたのが数分前の出来事だ。
王子の部屋の前から待機場所を変え、一つ下の階に身を置きながらようやくカイルは不可解な感情について考え始めていた。再会を喜んだ時。同じ軍として出陣した時。嬉しいと思う事について否定する気は無いが、我ながら戸惑うほどに喜びを感じていた事については首を傾げているのが現状であった。離れていた時期がそれほどまでに長かったとでも言うのか。それも理由としては当然あり得るが、少しずつ見えて来た答えもある。
一度は蓋をした感情が再び顔を出している。カイルにとってゲオルグの存在は何よりも特別で。それが自らの思う以上に愛おしさを抱き始める前に区切りをつけた。それが最も気楽で、この関係が終わる事も後腐れなく受け入れられると思っていた。求めるよりも求められる方が断然いい。そう考えていたはずなのに。気付けばカイルは自らが思う以上にゲオルグを愛してしまっていた事に気付く。しかし、気付いたからとはいえそれまでの立ち振る舞いを変えるつもりはない。思いをひた隠す事も裏切り行為となるか。そうではないと自答する。相手を思う故の嘘や裏切りが全面的に間違っているとは思いたくない。まさか自分が一人の男にここまで執着し、物事を考える日が来るとは。気持ちも固まったので今日の夜にでも彼の部屋を訪ねよう。周囲の作業が落ち着きつつある今日が頃合いだ。
不意に群島諸国でゲオルグに言われた事を思い出す。あの男はカイルを次はその時の分も含めて抱くと言っていた。頰が熱を帯び始めたと気付き、慌てて平然を装う。あと少しでも反応が遅れていれば事の要因である当人に動揺が悟られてしまっていたに違いない。
「ここにいたのか」
「ゲオルグ殿? オレに何か用でもあるんですか?」
「あぁ、おまえを探していた」
こちらにしか聞こえない声量と低い声音により心音が早くなったような気がしたが、気に留めずゲオルグとの談笑を楽しもうと決めた。
「そーですか。それにしても、ここであなたとまったりお話出来るのも久し振りですよね。そうだ、もう人目も気にせずチーズケーキだって買い放題じゃないですか」
「確かにな。……カイル。おまえに――」
「お話ですね。わかりました。今晩、そっちにお邪魔します」
互いにしか聞き取る事の出来ない声量で言葉を交わした後は、他愛ない話を始めた。王子とロイに武術指南を頼まれ、彼らに連れられてその場を後にするゲオルグの背中を見送る。
共に来ないのかと王子やゲオルグに問われたが、自分は指南や手合わせと言った類は性に似合わないと告げた。ゲオルグとの手合わせは魅力的であったが、自分までもが参加してしまったら王子とロイを差し置いてひたすらのめり込んでしまうと考えた。
提案したのはロイと王子なので、彼らの意思を尊重したいと思う。夜になれば自分がゲオルグを独占出来る。やや緊張を抱いているのは久々であるからこそだろう。

――――

「オレ、色々必死なんですよー? どうしたらゲオルグ殿が喜んでくれるかなとか、しっかり考えているんですから」
得意げに語ると頭を撫でられる。無骨な手に髪を梳かれた。その慣れ親しんだ行為も想いに気付いたこの瞬間は、今まで以上に心地良く感じる。
「おまえが俺についてそこまで考えてくれているなら、こんなにも嬉しい事は無いな」
「やったー。褒められた」
ゲオルグの言葉を嬉しく思う。しかしこの思いはそう単純ではなく。嬉しいだけであるはずの思いは痛みとして胸に訴えかけている。吐き出してしまえば楽になれると知っていたが、この痛みすらカイルは愛おしいと思う。
後頭部を撫でていたゲオルグの手に、彼の方へ近づく事を促すために軽く押される。望まれるまま距離を詰め再び唇を貪り合う。心は痛みに加えて息苦しさも抱き始めつつあったが、それ以上にゲオルグを求める事が思いの大部分を占めていた。
(どうしよう……すごく、気持ちいい)
意中の相手と触れ合う事がここまで心地の良いものであるとは、把握しているようで知り得てはいなかったと思い知る。いつからこんなにもゲオルグを好いてしまっていたのだろう。レインウォールにて再会を果たした時か。真っ先に浮かんだ事柄であるが、そうだと確定する事は出来ずにいる。自分でさえ気付かぬ内に、彼への思いが育まれていたとも考えているからだ。
「ぁ、っ……ゲオルグ、殿……っ」
考えに没頭し過ぎないよう心掛けながら、反応しつつあった性器をゲオルグの腹部に擦り付ける。早く何も考えられなくしてほしい。いや、その理由以前に早くこの男が欲しい。
「ね、はやく……っ」
無意識の内に吐き出された言葉に内心驚くがそれほど問題ではないと認識した。想いの代わりに欲求をこの口が訴えたと考えれば、これは幸いの出来事であると思える。いつか言われたように急かすなと返されるかと思いきや、ゲオルグは何も語らずカイルの下履きを脱がせて下肢を露わにした。彼も以前のような余裕は持ち合わせていないのかもしれない。
「すごいなー。もう、こんなになっちゃって……」
自らの事を苦笑混じりに語り、隠す素振りも一切見せずにそこを晒す。
「どれだけ、待ち焦がれてるんでしょーね? オレ……?」
身体を横たえていた状態からゲオルグが起き上がり、カイルを抱きしめる。
「嬉しい……」
消え入りそうな声であったが、耳元で囁かれたその言葉は確かに聞き取る事が出来た。
「っ……」
ゲオルグの囁きはカイルの閉ざした想いを引きずり出してしまうような威力がある。気持ちの制御に手を焼いているのも、全てこの男のせいだと言っても過言ではない。
「ゲオルグ殿もすごいですねー……早く欲しいですか?」
布越しにゲオルグの性器に触れ、軽口を叩いて普段通りを装いながら今も内心は動揺していた。このような事は初めてだ。いかなる納得の出来ない事柄でさえも自分なりに受け入れ、切り替える事が出来ていた。太陽宮が落とされた事実でさえ、受け入れる事が出来たのに。何故ゲオルグに想いを秘める事については苦戦しているのだろうか。
「わかるだろう?」
「はい。わかりますよー……っ」
相手の指が後孔を撫でる。より触れ易いようにと腰を浮かせた。近場に置かれていた油をもう片方の手が取る。その手慣れた様子をゲオルグの首に腕を回しながら感じていた。こちらをたまらなく欲しているにも関わらず、丁寧な動作は相変わらずだ。それも全てカイルを想うが故の行動であると、つい先ほど改めて知った。
ゲオルグを喜ばせたい。想いを告げれば、例えそれが卑怯であったとしても彼は喜んでくれると確信している。少しずつ頑なであった意志に綻びが感じられ、改めて戸惑う。
「時間の心配はいらん。少しずつ慣らしていくからな?」
「あなたはいつだって、丹念に慣らしてくれていたでしょー?」
万一の事を考え、今の感情を悟られないよう耳朶を食みながら返す。顔を見られないようにするためだ。
「そう思われていたなら幸いだな」
「え……っ?」
そこへ浅く指が挿入され、息を漏らしながら相手の様子を窺う。
「余裕が無いと悟られないよう、俺も色々と必死だった。今もそうだ。想いを告げただけでは飽き足らず、おまえを抱く事で更に俺の気持ちを示そうとしている」
「真面目、なんだからー……」
「そうでもないさ。……平気か?」
「はい、大丈夫ですよー」
ゲオルグもまた、カイルの様子を案じて窺ってくれている。彼の言葉と気遣いが閉ざそうとしている想いに歯止めをかけ始めた。
当初はこちらに好意を持っていたこの男の存在に、純粋な興味のみを抱いていた。フェリドの旧友であるほどの男が何を思って自分に触れて来ていたのか。彼に求められる事は不思議と嫌悪を抱かずにいた時点で、そもそも自分も相手に好意を抱いていたのではないか。今更ではあるがそのように思う。ただ、相手の要求に応えることで自らの存在理由を確証したい。それだけであったと思っていたのに。
「カイル……?」
「大丈夫ですよー。お構いなく、続けて下さい」
容量を超え、制御不能となってしまいそうな感情をやり過ごそうとゲオルグを強く抱きしめる。肩口に頭を擦りつけていると、ゲオルグの動きが止まったのだ。
「そうか。……と、易々聞き入れる気にはなれん」
「えー。どうしたんですか? 急にそんな意地悪言って」
「何か、隠しているな?」
さすがに今の行動はあからさま過ぎたか。どのように切り抜けようか、すぐさま考える。普段通り冷静に対処しようと思えているので安堵していた。
「俺を組み敷いた時から、何処か様子がおかしい。俺の気のせいかもしれんが」
「……!」
しかしゲオルグはカイルの予想を超えていた。その時点でこちらの異変に気付いていたのか。
本心を隠し、軽薄を装う事は得意であったのに。彼により少しずつ狂わされてしまっているのか。
「気のせいならそれで構わん。だが……俺の直感は、そうでないと訴えている」
「やだなー。ゲオルグ殿。オレ、そんなにおかしく見えますか?」
「あぁ」
「すっごい自信ですねー。ほんと、オレは……大丈夫ですから」
驚くほどに上手い言葉を思い浮かべる事が出来ない。このような状況は、確か前にも何処かで陥った事があったような気がする。だが、それについてを思い出そうとしている場合ではない。
「気のせいではないんだな?」
「さぁ、どーでしょうか」
否定をする事も肯定をする事も、どちらも選べないがために曖昧な返答のみをしてしまう。
これには相手も呆れるだろう。だがゲオルグにそのような素振りは見受けられない。それも彼の優しさ故であると思えた。
「詳細全てを語れとは言わん。おまえが何かを秘めているのかそうでないのかだけは、知っておきたいだけだ」
「それだけで、いーんですか?」
考える間もなく言葉にしてしまったが、今は驚きよりも相手の答えが気になって仕方がない。
「そうだ。俺もおまえに長い間隠し事をしていた。だから人の事は言えん」
「オレがあなたの隠していた事について、把握していたとでも言うんですか?」
「そうではないのか?」
顔を覗かれないよう、抱きしめる腕に力を込めながら次の言葉を考える。
「誰よりも周囲を観察し、上手く立ち回っているおまえが何も気付いていないはずがないと思ってな」
買い被り過ぎだと浮かんだ言葉は飲み込む。あまりに苦しい言い逃れであると判断したからだ。
「それとこれも、俺の勝手な思い込みかもしれんが……」
ほんの少しの間は彼自身がこれから言おうとしている事について、カイルへ告げるかを迷っている故に生じたのかもしれない。まずは相手の考えを聞きたい。そう助け舟を出そうとしたが、それよりも先にゲオルグが口を開いた。
「あの夜の事を、俺は何度も夢に見ている。気が狂いそうだと考えていた事もあったが……目が覚めた時、傍らで眠るおまえが俺を抱きしめてくれていた事があってな」
その事は鮮明に覚えている。何時ぞや彼に抱かれた後。何やらうなされているゲオルグの姿を目の当たりにした時の話だ。
「救われた気がしたんだ。おまえによってな」
あの行いはただの自己満足でしかないと感じていたが、ゲオルグにとってはそうでなかったらしい。その言葉により何重にもかけた心の枷が外されていく。
「それは、嬉しいなー……」
心から思う相手の支えになる事が出来ていた。このうえない嬉しさはそれまでの考えも容易く覆そうとしている。
「で。だからゲオルグ殿はせめてオレが何かを秘めているかそうでないかを知ろうとしたわけですか」
「そうだ」
「……お察しの通りですよ。オレはあなたに告げていない事がある。まーオレ自身、この気持ちに気付いたのはついさっきなんですけどね」
顔色が窺えないのでゲオルグがどのような事を考えているかは計りかねる。しかしだからとはいえ、こちらの顔を見られる事はまだ部が悪いと思う。カイルの思いの枷が全て外れたわけではないからだ。
「こんなに幸せで、いいのかなー……」
彼を抱きしめ直しながら自然と言葉になる。
「そうだな。俺も常に思っている」
この瞬間を後ろめたい理由。それは相手も同じ事を考えているだろう。
「大切な友人を守る事が出来ず、自分だけが生き残ってしまった。そんな俺がこのような思いをしてしまっていいのか」
やはり思った通りであった。ゲオルグもカイルと同じく、脳裏にはフェリドの姿が在ったようだ。
「そうですね。オレも大切な恩人をお守りする事が出来ませんでした。今も何一つ自分は周囲の役には立てていない……と、思いたくはないですけど。その行いを差し引いてもやっぱり後ろめたくはなっちゃいますよね」
役に立たない。その言葉をすぐに撤回したのはロイに感謝された事を筆頭に、周囲に礼を言われた事も何度かあったからだ。そしてたった今、ゲオルグも嬉しいと思いを漏らしてくれた。
役立たずと言い切る事は、彼らのへの侮辱行為と同然。そのように思う。
「でもオレは……あなたが求めてくれるなら、それに応えたいです」
後ろめたいと思ってはいても、ゲオルグを求めずにはいられない。飲み込んだ言葉の代わりに口にした。
「あなたの罪悪感を一緒に背負います。だから……どうか、オレを求めて下さい」
これもまた卑怯な言い方であると自覚している。自分の想いは秘めたまま、相手には自分を求めるよう仕向ける。それがカイルの最も望む事である事は打ち明けようとしない。
「本当に、いいのか?」
「今更でしょー? オレ、ゲオルグ殿との関係はわりと気に入ってたんですからね」
一時はどうなる事かと案じていたが漏れそうであった心の奥底については上手く立て直し、閉ざす事が出来た。
「そうか……」
「わっ……?」
突然両肩にゲオルグの手が置かれ、引き剥がされる。今であれば気持ちの整理もついたので顔を見られる事については恐れていない。
「俺も、おまえの罪悪感を共に背負う」
強い意志と優しさを兼ねた隻眼に見つめられながら告げられた。まるで将来を誓い合う恋人同士のようだと感じたカイルは自然と笑みが浮かぶ。
「ゲオルグ殿ったら……すごーくかっこいいんだから」
「どうせなら、もっと余裕をもって言ってやりたかったんだがな」
「えー? 余裕、無いんですか?」
「そうだ」
片手首をゲオルグに取られて左胸に触れるよう促される。彼に従いそこに触れると、穏やかに見えていたこの男の表情に反した心音がその手から通じる。
「さすがに想い全てを伝えたとすれば、重いと辟易される事も覚悟していた。元々俺の想いがおまえの想いよりも重みがあるとは自覚していたが……いざそれを改めて痛感するのは情けない事に恐れていた」
「そんなに、恐がってたんですか?」
率直に問うと苦笑と共に頷かれた。この男でもそのような子供じみた考えを持っていたのか。
その要因は自分にあって。たまらずゲオルグを抱きしめ直す。
「ゲオルグ殿ったら……可愛い過ぎですー!」
「そう言ってくれるな。情けないとは自覚しているが、そんな風に言われるのは不本意だ」
「だってー、そんなの反則じゃないですか」
ゲオルグの気持ちの度合いについては理解しているつもりではあったが、それは誤りのようだ。カイルはゲオルグの気持ちを計り間違えていた。
「ゲオルグ殿は、オレに惚れ過ぎです。あなたほどの相手にそこまで想って頂けて……それで意外な一面まで見せてもらっておいて、大人しくなんか出来ませんよー」
「おまえが喜んでくれている事だけは、幸いだな。それと……」
「?」
「震えも収まったな。よかった」
安堵した様子で背中を撫でられる。今もまだ心配してくれていたのか。
「やっぱ、好きだなー……」
「ん?」
「え……?」
ゲオルグの驚いたような声を聞き、胸中にて呟いていたと思っていた事柄は言葉にしてしまっていたと気付く。
「あれですよ。ゲオルグ殿のお優しいところ……オレは嫌いじゃないなーって」
慌てず冷静に言葉を付け足す。上手く取り繕う事が出来たと内心で自賛するが、どうにも腑に落ちない。
「そうか」
「……、ん」
しかしゲオルグは今の言葉で満足したのか、それまで止めていた行為を再開する。まずは手始めと言わんばかりに首筋へ顔を埋められた。彼の前髪がそこへ当たり擽られているように感じるが、嫌悪感は無い。
「ぁ……」
前髪に加えて舌も当てられる。後孔も撫でられ、再び指も挿入された。思考は徐々に悦楽よって塗り潰されつつある。それが本来の望みであったはずなのに、カイルは考える事をやめられずにいる。一体、何が正解なのだろう。想いを告げるべきか秘めるべきか。そもそも正解とは何においての話なのか。あくまでそれは自分の罪悪感が作りあげたものだと気付く。
「ん、……もっと、いいですよっ……」
ゲオルグの指が少しずつ深さを増していく事を感じ、相手を安心させようと呟く。声はもっとあげるべきではないか? と、以前の反省点も頭に浮かぶ。様々な事について考えながら声をあげようと試みる。
「ぁ、あ……」
しかし思うように音にはなってくれない。声を潜める事が癖となり染みついていたと自覚はしていたが、まさかここまで妨げになるとは考えてもいなかった。それも仕方の無い事だ。今まで彼に抱かれる時は声を殺す事が常であったのだから。
「カイル……」
「っ……!」
耳朶を食まれ、囁かれながら内の指が増やされる。もう少しで一つの答えに行き着くが。これ以上考える事は億劫だと感じ、悦楽へ身を委ねようと決めた。その極めつけとなったのは、この男に名を呼ばれた事だ。おまえと言われる事について特別嫌悪していたわけではない。彼に名を呼ばれる事が、このうえなく好きであった。これもまた自分が思っている以上に好いていたのだと、たった今気付く。
「好きだ。カイル……おまえが、愛おしい」
「っ……!」
愛を囁かれながら内の弱い箇所を撫でられる。今まで感じた事の無い悦楽は、カイルの理性を崩壊させていく。
「お……、れ、も……」
「カイル?」