大喜利大会その3

お題:初めてカイルがゲオルグの前で髪をおろす。その時の彼の反応は?
3本勝負の内の3本目。これで最後です。お題提供はえのもとさんより!

 

女性受けがいい。それ以外の思いは特に持ち合わせていなかった。それなのに。女性に褒められた時以上に嬉しいと確かに感じてしまったと、カイルは思う。
まさか自分が同性にこれまで伸ばしてきた髪を褒められるとは。そしてそれを嬉しいと思う事を全く予想していなかった。仕方がない。相応の理由が存在していたのだから。カイルの髪を褒めたあの男は、自分が敬愛するフェリドの旧友だ。彼もフェリドに負けず劣らずの戦力を誇り、それまでの輝かしい経歴について鼻にかける事もしない。その立ち振る舞いに、カイルは好感を抱いていた。
しかしそうだとは言え、ここまで嬉しいと思うものなのだろうか。
自室に一人でいたカイルは姿見の前に立ち、髪を解く。この髪を自分では到底美しいとは思えない。しかしあの男は、カイルの髪を美しいと言った。

フェリドの旧友がカイルに興味を抱いている事は、彼と接している内にそれとなく把握出来た。思いを秘める事もこの男にとっては容易であろうはずなのに。
「ゲオルグ殿って、そんなにわかりやすい人じゃないですよねー?」
自室に戻る前、カイルはゲオルグと共に修練場にいた。
「何故、そう思う?」
「あなたもフェリド様と一緒で、底が知れませんから。気持ちを隠す事ぐらいどーって事ないはずなのに、ゲオルグ殿からはそれを感じられない」
「それは隠す気が無いからだろうな。俺はおまえを気に入っている」
「オレに触れたいほどに?」
まだ仮定であったそれを告げる。違うならばそれに越した事はない。では、もしそれが彼の真意であったら?
「そうだ」
脳内での自問とゲオルグの返答が重なる。
「わー。冗談半分で訊いてみたんですけど、ホントだったんですね」
「あぁ。だが安心しろ。思っているだけで、行動に移す気は無いからな」
「え? そうなんですか?」
「おまえは女が好きなんだろう?」
苦笑混じりに語る表情からは、彼が諦めている事が伝わって来る。
「仰る通りですけど。でも、それはちょっと心外だなー。好意を抱いてくれている人を邪険になんてしませんよ?」
「そうか。すまなかった」
「ゲオルグ殿から見たオレってのは、そんな風に映っていたのかー……」
「気を悪くしたのであれば、それも重ねて謝る」
日頃の行い故であるからこそだと考えていたが、ゲオルグは今の言葉を失言だと感じたらしい。義に厚い彼らしいと思う。そんなゲオルグをカイルも前々から気に入っていた。
この感情が彼と同じ想いであるかは定かではない。だが、彼を慕うこの想いについてを全て否定する気もない。相手がゲオルグであるからこそ、異性にしか深い興味を抱いていないというこちらの印象を払拭したいと考えた。
「そんなんじゃないですよー。あなたがそう思うのも当然だって思いますし」
「しかし俺は、いつの間にか己の憶測のみでおまえの気持ちを判断してしまっていた」
「真面目だなー。オレから言わせれば、こっちにだって要因はあるはずなのに。ゲオルグ殿だけが悪いって思いは持って欲しくないです」
「そうやって気配りに長けているところも、俺がお前を好いている内の一つだ」
言い淀む事なく告げられる。少しは気恥ずかしがるような素振りを見せてくれればいいのに。彼があまりにも冷静でいるせいであるのか、何故かこちらが気恥ずかしく思いつつある。
「何か……口説かれてるみたいだなー」
「そのつもりは無かったんだが」
「あー、気にしないで下さいね? 嫌だったとか機嫌を損ねたとか、そんな風に思ったわけじゃありませんから」
むしろ、嬉しいとさえ思える。自らが思っていた以上にゲオルグを気に入っていたのだと実感した瞬間であった。
「いくら俺を気遣ってくれているとはいえ、そこまで甘い言葉をかけてくれるな」
「え?」
「期待を抱いてしまうだろう?」
苦笑を浮かべながら彼は言う。その表情が愛らしいと思った。
「話は終わりだ。今日の本題はそんな話ではない……?」
たった今抱いた感情は言葉にせず、カイルはゲオルグを抱きしめる。
「おい……」
背丈は自分と変わらぬ相手であったが。こうして触れてみると、体格の違いを感じる事が出来る。
「カイル……」
「わかっていますよ。フェリド様のご意向で、オレたち二人の協力攻撃を完成させる。それが本題です」
底が知れない相手であると認識していた彼の気持ちが、今は手に取るようにわかった。ゲオルグが困惑している事には気付かぬ振りを通すと決め、カイルはそのままの状態で語り続ける。
「期待、どんどん抱いちゃえばいーじゃないですか。オレは気になります。期待をしたあなたがどんな行動に出るのか」
「それでおまえの機嫌を損ねてしまえば、協力攻撃の習得も不可能になる」
「もー。何でオレが機嫌を悪くするのが大前提になってるんですか?って、それもオレの日頃の行いなんだろうなー」
「その言い方だと、ますます期待せざるを得ないぞ?」
「いいですよ? オレもわりとあなたの事は気に入っているし」
僅かではあるが、ゲオルグの肩が跳ねたような気がした。勘違いであるかもしれないが、彼ほどの男を自分が動揺させた事を嬉しいと思わざるを得ない。
「お互い仲良くした方が、きっと強力な連帯技が繰り出せる。オレはそう思うけどなー。だから、ゲオルグ殿には我慢してほしくないです」
こちらの思いがようやく相手に通じたのか、背中に腕を回される。力強さの中に優しさを感じられるその触れ方は、いかにも彼らしいと感じた。
「都合のいい、夢のようだ」
抱きしめ返されているため、耳元で囁かれる。その声音は普段よりも掠れていた。先ほど以上に喜びを感じてしまう。
「夢だと思うなら、もっと大胆になったらどうですかー?」
「そうだな。ここまで来れば引く気にはなれん。解いても、いいか?」
「はい」
頭頂の青紐に手をかけられながら問われる。断る理由は見当たらないので了承した。すると、抱きしめ返された時よりも更に優しく髪を解かれる。
「想像以上に指通りがいいな。それと、綺麗だ」
「そうですか?」
「あぁ。美しい髪だな。叶う事なら、このまま触れ続けたい」
ゲオルグの指先がカイルの髪を梳く。今までに感じた事のない思いに心が温められつつあった。
「と、いつまでもここでおまえに触れているわけにはいかんな」
頭を撫でられた後、ゲオルグはカイルから離れた。名残惜しいと思う自らに胸中にて苦笑する。
「へー。続きはまたどっちかの部屋でって事ですか?」
「おまえが許してくれるならな」
あくまで軽薄を装い訊ねた。そんなカイルに反してゲオルグは真剣な眼差しを向けている。その射抜かれそうな隻眼から、彼が本気であると理解した。
「じゃー、あとでオレの部屋に来て下さい。待ってますから」
張り詰めた表情がカイルの言葉を聞いた直後に綻ぶ。激しさを湛えていたそれまでの様子からは打って変わり、今は優しさを湛えていた。

少し前の出来事を思い出し、姿見の前で今度は胸中のみではなく苦笑を浮かべた。とても情けない姿であるとカイルは思う。
あの後の協力攻撃習得を兼ねた手合わせは、それまでの思いを引きずる事をせずに打ち込めた事だけは自賛したい。
間もなくこの部屋にゲオルグが訪れる。先ほどのようにこの髪に彼は優しく触れるのだろう。その瞬間を待ち焦がれている自分が、姿見に映っていた。