幻水Ⅴ17周年記念SS

ロイが仲間になった直後。ロイに嫌われていると思っている王子の気持ちに変化が起こる話。ゲーム本編の通り、ロイ→リオンの片想い描写あり。

偽王子の山賊騒動を収束し、当事者であるロイをサイアリーズの提案で仲間として迎え入れた。本拠地に集う者たちは最初こそ複雑な思いを抱いていたが、次第に打ち解ける。
王子も彼らに続こうとした。しかし、どうしても自分とロイの間にだけ隔たりが残っていると感じてしまう。顔を合わせるたび、彼は王子から視線を逸らす。話しかけても、そのままの状態で反応するのみだ。そんな当人をリオンが叱り、王子は確信した。
(ぼくは、君に嫌われている)
ロイが恋心を抱いているリオンと、常に行動を共にする自分は反感を買われているのだろう。一騎打ちを終えた後からロイはリオンを好きになったと気づく。
(いや。もしかしたら、一目惚れの可能性もあるかも)
一対一での勝負前、ロイはリオンを可愛いと話していた。あの瞬間から、彼の恋は始まったとも考えられる。
(どちらにしても、ロイがぼくを気に食わないのは確かだ)
仲間になってくれたのだから、これも一つの縁だと信じたい。しかし、嫌がるロイの思いを無視してまで仲良くなりたいとまでは思っていなかった。難しい願いに頭を抱えたくなる。
「王子、大丈夫ですか……?」
正面に座るリオンに声をかけられ、我に返る。
「ごめんね。変な顔、してたよね」
「そんなことはないですが……ただ、心配です」
つい先ほどから、王子はリオンと共に食堂で一息ついていた。軽食と飲み物をそれぞれ注文し、向かい合わせに席へ着いて談笑していたが。次第に自らの考えに没頭していたと気づく。もしも今の状況をロイに見られてしまったら、ますます嫌われてしまう。今の状況を後ろめたくなり、リオンに自室へ戻ると持ちかけようとしたが。
「リオン……?」
彼女の表情が険しくなる。突然の出来事に驚くが、その真意はすぐに理解できた。王子の背後に、彼がいる。
「ロイ君。王子に、ご用があるんですか?」
思ったとおりだった。顔を見なくても、ロイが不機嫌そうだとわかる。
「王子さんと、話がしたい」
「ぼくに……?」
振り向くと、予想とは少し違う表情を浮かべた彼と目が合う。どこか申し訳ないと言わんばかりの表情のロイは、どんなことを考えているのだろうか。
「いたずらに王子を傷つけるだけが目的なら、わたしはあなたを許しません。折り入った話があるんですか?」
彼女も当人の異変に気づいたのか、様子をうかがうような言葉を選んでいる。真意を確かめるためには、彼をここに留めなくては。
「……あぁ。王子さんが忙しいなら、また今度にしとく」
「大丈夫だよ。ロイの話を聞きたい」
この機会を逃してはいけないと直感が訴える。その場を去ろうと背中を向けたロイに声をかけ、引き留めた。
「お楽しみ中に、ジャマして悪かったな」
「そんなことないよ」
とげのある言葉に気圧され、反射的に言ってしまって後悔する。ロイにとって、この返答は嫌味に聞こえてしまうかもしれない。
「よければ、何か注文してこようか」
卑怯だと自覚したうえで、すかさず言葉を重ねた。
「王子。それなら、わたしが――」
「いいって。腹もそんなに減ってねえし、喉もかわいてねえから」
「わかった。じゃあ、リオンの隣に座って」
ロイは王子の言葉に従い、彼女の隣に移って着席する。気を利かせたつもりだが、何が目的だと言わんばかりの不信感を込めた眼差しが心に刺さって痛む。
「あの……わたし、席を外しましょうか?」
王子とロイの様子を交互にうかがいながら、リオンが問う。
「いや。あんたにも聞いてほしい」
ロイは王子を睨んだまま返す。
「ありがとうございます」
笑顔を向けられ、ばつが悪そうにため息をつく。今のロイは、感情の置き場所に困っていると察した。
「とりあえず。オレが王子さんに言いたいのは……あんたを、誤解してたってことだ」
「ロイが、ぼくを?」
王子がリオンに恋心を抱いている話かと、真っ先に浮かんだ。
「あぁ。最初にあんたと会った時さ、オレは王子さんを温室育ち扱いしただろ?」
「うん。だけどそれは、本当の話だけど」
「そうじゃない」
「違います」
ロイとリオンの声が重なる。息が合っていると実感し、嬉しくなった。しかし今は、喜びに浸っている場合ではない。
「ごめんね。ありがとう」
自らの非を認め、彼らに礼を言う。たった一言だけでは足りないが、ロイの話をさえぎってまで話そうとは思わなかった。
「話が逸れたね。続きを聞かせて?」
「……オレ、王子さんの影武者をやるって話になっただろ? それで、あのオバサンから色々教えてもらったんだ」
「サイアリーズ様が?」
「あぁ。王子さんを演じるための心構えとか、他にも――」
リオンの問いに肯定した後、ロイは話を続ける。彼は本拠地にやってきた直後、サイアリーズに呼び出されたらしい。
『あんたは、あの子が太陽宮で平和に育ったって思ってるようだけど……』
そのように切り出した彼女は、王子が一部の貴族から疎まれ続けて生きていたと話したようだ。
「ロイ君は、王子の生い立ちについて考えを改めて下さったんですね」
「あぁ。オレはまったく関係ねえってのに、すっげえムカついた。王子さんたちが、そんなクソったれな貴族どもと戦ってるのもわかった」
嫌な思いをさせてしまったと、申し訳なく思う。だが、決意を固めているロイは謝罪を求めていない様子だ。口を挟むのはやめて、彼の話に耳を傾け続ける。
「とにかく、王子さんも昔から苦労してた。オレの想像だけで決めつけて、好き勝手言って悪かった」
「謝らないで。ロイだって必死に生きてたんだ。そんな君を罵るのは、間違ってる」
たまらずに口を挟んでしまった。紛れもない本音を伝え、少しでも彼の心が軽くなってほしいと願う。しかし、彼の表情は浮かないままだ。
「……必死に生きてるからってのは、言いたい放題を許してもらえる理由にはならねえだろ」
ロイはリオンと初めて顔を合わせ、叱られた出来事を意識しているのだろう。当の彼女も、申し訳ないと言いたげな表情を浮かべている。
「反省するだけだったら誰でもできる。だからオレは、影武者を頑張ることで償いてえんだよ」
リオンが何かを言う前に、ロイは言葉を続けた。彼は彼女からの謝罪を、一切求めていないとわかる。
「わたしは……ロイ君を、応援します」
リオンもロイの意思を察したのか、微笑むのみに留めていた。
「ここ毎日、ロイ君が難しい顔で王子の様子を見ていたのは……今の話をするために、機会をうかがっていたからですか?」
彼の方へ顔を向け、穏やかな様子のまま彼女は問う。
「気づかれてたのか。こっちは見つからないように、隠れてたつもりなんだけどさ。あんたはすげえな」
ロイはリオンの感覚について純粋に尊敬しているようだ。王子はたった今、話を聞くまで少しも気づけなかった。それと同時に安堵する。自分は、彼に嫌われていないと実感できたからだ。
(ぼくも、そう思うよ)
二人の会話に口を挟むのは不本意だったので、心の中で呟く。その鋭さが少しでもロイの恋心に反応してくれるようにと、願わずにはいられない。
(リオンも、ロイについて慎重に考えていたんだろうな)
ロイと共に本拠地へ戻った当日。リオンが王子に、己の気持ちを打ち明けたことを思い出す。
『もう少し経ったら、わたしはロイ君に謝ろうと思います』
たとえロイに非があっても、不必要に傷つけていい理由にはならないと彼女は語っていた。
「ありがとうございます。わたし自身、まだまだ実力不足だと痛感するばかりですが……ロイ君にそう言ってもらえて、前向きになれそうです」
今の彼女は、嘘偽りない言葉を向けているとわかる。
ロイは今日まで、自責の念に囚われていたに違いない。もっと早く気づいて、重い心持ちを和らげるべきだった。と、最初こそ申し訳なく感じたが。穏やかな様子で微笑むリオンと、気難しい表情を浮かべながらも満更ではない様子のロイを見て、考えが変わる。この瞬間こそ、絶好の機会だと思えたからだ。
「リオン、ちょっといいかい?」
少し離れたところから、サイアリーズがリオンに声をかけながらこちらに歩いてくる。
「はい、なんでしょうか?」
「あぁ、そんなに急がなくても大丈夫だって」
席から立ちあがり、サイアリーズの元へ駆けていこうとする彼女を本人が制止した。リオンはその場で立ち止まる。
「悪いね。ルクレティアが、あんたに話があるってさ」
王子たちの側にきたところで、本題を話してくれた。
「わかりました。お部屋に直接うかがえば良いでしょうか?」
「そうだね。あたしも一緒に行くよ」
「ありがとうございます。サイアリーズ様のお時間を頂いてしまうのは悪いので、お気持ちだけいただきます」
ルクレティアは恐らく、幽世の門についてリオンと話したいと王子は気づく。サイアリーズも同じ考えであるからこそ、同行するのだろう。
「いいんだよ。あたしが着いていきたいんだ。あの女は容赦がないからね。不躾な質問をしないように、見張っておきたいんだ」
「……ありがとうございます」
心配そうな様子で彼女を見ているロイは、リオンにかける言葉を考えているように思える。しかし、リオンが空いた食器を手に持ち、二人がその場を去るまで彼は黙ったままだった。
「オレには関係ねえ話だよな」
彼女たちの姿が見えなくなったあとで、さびしそうに口を開いた。
「そんなことないよ。時期がくれば、きっとリオンから話してくれる」
「本当に?」
「うん」
先ほどの会話から、リオンはロイに信頼を寄せ始めていると確信した。だからこそ、自信を持って言える。
「そっか」
王子の言葉をロイがどこまで信じてくれているかは、少しもわからない。だが、誠意は彼の心に届いたはずだ。
「ロイ。これからもよろしく」
「どうしたんだよ? 今更じゃねえ?」
「そうかもね。でも、もう一度言いたくなったんだ」
嫌われていると恐れていた当初とは違い、前向きな気持ちで彼の前に手を差し出す。
「まぁ……あの時は、こんなに落ち着いた空気じゃなかったもんな」
こちらの意思を汲んでくれたのか、ロイは王子の手を取る。
「こちらこそ、よろしくな」
握手を交わし、互いに微笑み合った。彼と出会えて嬉しいと、心から思える。それぞれが手を離した後、ロイがその場から去ろうとした。
「ロイ。リオンについてなんだけど」
少し慌てながら呼びとめる。もう一度、ロイは席に着いてくれた。それほどまでに、彼にとって彼女の影響は大きいと実感する。
「ロイも気づいているかもしれないけど。リオンは、感覚の方はとても鋭いんだけど……」
「好きとか嫌いとかってのは、とんでもなく鈍いんだろ? それも、あんたのオバサンに教えてもらった」
「そっか。聞いてたんだね」
「あぁ。そんな暇はねえから諦めろって、最初は遠回しに言ってるだけかと思ったけどよ……本当っぽいって、最近わかった」
彼の恋を応援したいが、他に優先するべきことがある。もどかしい思いを心の隅に置き、今はロイと過ごす時間を楽しもうと気持ちを切り替えた。
「……だからと言って、オレの考えは変わらねえけどな」
「二人が仲良くなってくれるのは嬉しいから、ぼくも協力する」
「たとえば、どんな風に?」
ロイは王子と目を合わせて問う。こちらを信じようとしてくれている姿勢が伝わった。
「ぼく個人の考えだから、偏ってるかもしれないけど。リオンが喜んでくれることとか、話せると思う」
「王子さんが元気でいてくれるのが、リオンは一番嬉しいんじゃねえの?」
「……聞きたくないなら、無理には言わない」
ひねくれた考えの彼に、少しだけ思い切る。機嫌を損ねてしまうとも考えられたが、本音を伝えたいとの感情に従った。
「……やっぱ、腹が減っちまった。飯でも食いながら、教えてもらっていいか?」
王子から目を逸らしたが、ロイはこちらの考えを受け入れてくれた。
「よかった。時間が許す限り、ぼくもここにいるよ」
うなずいたロイは、カウンターに向かおうと席を立つが。真っ先に伝えたい言葉が頭の中に浮かぶ。
「どうした?」
それほどまでに大袈裟な表情を浮かべてしまったと、ロイの言葉で気づかされた。
「言いたいことを、思いついたんだ」
彼は椅子に座り直し、話を聞く体勢をとってくれる。割り込んでしまったようだとの罪悪感を抱くが、謝るよりも浮かんだ言葉を伝えるべきだと判断する。
「リオンの気を引きたいからって、怒られるように仕向けるのは得策ではないかな」
彼女に嫌われてしまわないための助言ではあるが、ロイは複雑そうな様子だ。
(やっぱり、カイルが話していたとおりだった)
今のロイはリオンを困らせたい気持ちもあると彼は語っていた。意中の相手に嫌がられる行動を、どうして選ぶのかと王子はたずねる。
『そうまでしても、かまってもらいたい。そんな時期が、人によってはあるみたいなんですよねー』
苦笑混じりに教えてくれたカイルの話は、本当だったと実感した。
「……考えとく」
ここに来て一番小さな声での返事後、今度こそ席を立ってカウンターに向かう。彼について、まだまだ知らないことが沢山ある。今日の出来事を機会として、少しずつ理解を深めていきたい。王子はロイの後ろ姿を目で追いながら、穏やかに願った。