拍手お礼文 1

ゲオカイ 

予想だにしない出来事が起こっても、決して表情に出さない。自分も今までそうであったし、ゲオルグも同じだった。彼は何を考えているかわからない。そんな周囲の言葉をカイルは時々、耳にしていた。それは彼とあまり関わりがない者の印象だと思う。ゲオルグは意外と表情が豊かだ。出会った当初、カイルもよく驚かされていた。セラス湖の本拠地に身を置くようになった今は、彼が無表情の裏で何を考えているかを自分なりに察する事が出来る。
城内の廊下をカイルが歩いていた時。何やら深刻な表情のロイが向かい側から歩いて来る。
「ロイ君?」
声をかけると、考えに没頭していたせいか少々驚いた様子で彼はこちらを見て足を止めた。
「どーしたの? 何か、深く考えているみたいだったけど」
また、リオンの事で思い悩んでいたのだろう。昔の自分を見ているようで何かと放っておけない少年の話を聞こうと歩み寄り、正面で足を止めた。
「カイルの兄ちゃん……オレ、見ちまったんだよ」
「何を?」
「ゲオルグのおっさんが……何つったらいいかわかんねーんだけどよ、いつも以上に迫力がすごかったんだ」
リオンに関わる話をされると思いきや、まさかゲオルグの話だったとは。内心驚きながら、話の続きに耳を傾ける。あの男を道具屋周辺で見かけたらしいが、ただならぬ雰囲気だったとのことだ。表情こそ普段と変わりはなかっただけに、ロイの目にはそれが不気味に映っていたと聞く。その話で大方の予想はついた。
「なるほどなー」
「兄ちゃんは、何か心当たりがあんのか?」
「ある程度はね。きっと道具屋でチーズケーキを何個買うか迷ってるんじゃない? 優しい人だから、あんまり大量に買い込んじゃ悪い……って考えてるんじゃないかな」
ほぼ確信であろう考えを口にすると、ロイも納得したような表情を見せた。
「あのおっさんが甘いもの好きってのは、ほんとだったんだな。それなら納得だ」
「うん。とは言っても、あくまでオレの推測だけどねー。正解を確かめて来ようかな」
よければロイも共に来ないか。と、誘おうとした所で言葉を飲み込む。その代わりに、最もこの少年のためになるだろう情報を提供しようと決める。
「そうそう。リオンちゃんなんだけど、今は遺跡入口近くの丘で、王子の釣り勝負を見守ってるよー」
「そっか……。兄ちゃん、ありがとな」
遠回しに彼女と二人きりになれると伝えれば、ロイはこちらの意図を理解して礼を言ってくれた。
足取りの軽い彼の背中を見送り、カイルは道具屋周辺に足を向ける。そこに辿り着けば、先ほど聞いた通り深刻そうにしているゲオルグが立っていた。確かにロイの言う通りだと納得する。無表情ではあるものの、彼の雰囲気は普段と比べて異質だ。しかしそれはごくわずかなもので、勘の良いロイが言葉には出来ない何かを感じたというのも同時に理解出来る。周囲から見ればそれは、普段通りのゲオルグだ。
「ゲオルグ殿ー」
「……カイル?」
「はい、オレでーす」
彼に近づきながら声をかけると、それまでまとっていた雰囲気が和らぐ。自らが要因と思うのは自惚れではないはずだ。
「何だか深刻そうですねー?」
「ばれたか」
「チーズケーキ、どれぐらい買って行こうか迷ってるんですか? 持ち運びに支障が出ない程度ならお好きなだけいいと思いますけど」
隠密行動が常であるのだから、大量にアイテムを持って行っては枷となるだろう。この男なら最低限の数をわきまえていると思う。なので、彼の買い占めによってチーズケーキが品薄になってしまうような心配はしなくていい。先回りをし、彼の悩んでいるであろう事柄について自分の考えを話す。
「あぁ、それはそうだが……」
ところが、ゲオルグは苦笑を浮かべるのみだ。
「何か問題でもあるんですか?」
率直な疑問は頭で考えるより先に言葉となる。
「……持って行く種類の割合について、迷っている」
「種類?」
「あぁ、おまえも聞いただろう? 前までチーズケーキは一種だったが……ーー」
聞けば、今はベイクドチーズケーキとレアチーズケーキが新しく入荷したらしい。そういえばそんな話を少し前に聞いたとカイルは思い出す。甘味について自分は無頓着だったため、早々に記憶が薄れてしまったようだ。当初、ゲオルグが喜びそうだと考えた事も続けて思い出した。
「新しい品を買い占めたら同じくそれを求めているだろう多くの人の中に、買えない人が出て来るかもしれない。ゲオルグ殿はそれを気にしてるんですねー」
引き続き苦笑したまま相手は頷く。ロイに話した仮説はごく一部を除いて正しかったようだ。やはりこの男は優しいと先ほど言葉にした事を改めて感じた。そんな彼を想うと、心の内が温まる。本人にとっては深刻な悩みかもしれないが、カイルはゲオルグを微笑ましく思う。
「相変わらず優しいなー。そーゆーとこ、大好きですよ」
耳打ちをすると、彼の苦笑が和らいだ。
その後、この男からチーズケーキ数種購入について相談に乗ることとなる。
それはカイルにとって束の間の安らぎであった。ゲオルグも同じく考えている。迷いながらも楽しそうに語る彼の表情と声音がそうだと確信させてくれた。