晴天の日

ビクフリ
ED直後。本拠地から旅立ちの準備を行なっているビクトールの脳裏に、フリックがこの先どうするのかとの疑問が浮かび始める話。


戦を終えた数日後。軍主であった少年は、義姉と親友の三人で旅立ったようだ。
軍主の出国は三年前を思い出させる。あの少年も従者と共に旅立ったと、風の便りが教えてくれた。当時を懐かしみながら本拠地の空室にてビクトールは手荷物をまとめている。
自分もあの頃と状況が似ていると、同時に思い出す。当時と同じく怪我はしているものの、シュウを助ける時に負った火傷はあの時のものほどではない。
今でも鮮明に思い出せる。出国は二の次で、何より重傷を負っていたフリックを医者の元へ連れて行かなくてはと必死であった。リュウカンはマッシュの看病を始め、他の者たちの手当ても待ち構えているだろう。何処か他の所へと、冷静に考えられていた事に安堵していた。
「ここにいたのか。思った通りだ」
「なんだ? わざわざ探しに来てくれたってか?」
背後からドアの開かれる音が聞こえ、振り向けばたった今まで考えていた当人が立っている。
当時と同じく、自分はこの国を出ようと決めていた。この男はどうするのか、戦いを終えた少し後から気になり始めていた。三年前とは違い、当人は自分ほど怪我をしているわけではない。今の彼は一人で何処にでも行けるだろう。しかし、その行き先までは把握していない。わかるのは、彼が自分と同じくこの国に留まる事を本意としていない事だけ。フリックとは成り行きの関係でここまで来たと言っても過言ではない。だが、そうだと言い切るには少々行き過ぎていた気もしている。たったそれだけの理由で自分たちは身体を何度も重ねたのか。
「身支度は……その調子なら、そろそろ終わるな?」
「おうよ」
ビクトールを探しに来たのか。その問いの返答はない。沈黙は肯定と受け取る。それもこの数年で身につけた、彼との接し方の一つだ。
「さて。今度は何処に行くんだ? 出来れば戦からは、少しばかり離れたい。おまえも療養が必要だろ?」
「ん……?」
疑問が立て続けにビクトールを襲う。その口振りからは、当たり前のように自分と共に来ようとしていると思えてしまう。
「なぁ……フリック」
胸中のみで自己完結とするわけにはいかない。なるべく彼を不機嫌にさせないよう、言葉を頭の中で慎重に選ぶ。
「おまえ、この後も一緒に来てくれるのか?」
「……不服だったか?」
「んなわけねぇだろ!むしろ嬉しいっての! いやー、おまえとは今まで成り行きの連続だったからな!」
我ながら浮かれてしまっているとわかった。なので、次から次へと軽口を叩いてしまう。それがフリックの気に障ってしまったと察した時には、既に遅かった。彼が詠唱を始め、それまで近場に置いてあったはずの星辰剣はその身を潜めたと気付く。
「おい! 待て! フリック!」
まさか本当に放つとは考えられなかったが、抵抗の素振りだけは見せておいた方がいいだろう。しかし、その予想は全身に走った電撃によって、間違いであったと思い知らされた。
「お、おまえ……さっきは療養が何とかって言ってた奴に、雷落とすのかよ……」
その場に崩れ落ちながら、混乱と疑問に塗れた思いが言葉となる。
「心配するな。加減はした。現にこうして口も利けているだろ?」
そういう問題ではない。怪我人と認識している相手に、そもそも攻撃魔法を放つのか。フリックはそんな男ではない。やはりこちらが何かを言ってしまったのだろう。
「あー、おまえの言う通りだ。手加減してもらっただけ、ありがてぇと思わねぇとな」
動揺を落ち着けながら、何が彼を不快にさせる決め手となったのかを考える。
「……成り行きの連続だけで、おまえと何度も寝た。と、そう思われていたんだな」
こちらが答えに辿り着くより先に、当人がこちらの求めようとした答えを教えてくれる。
「フリック……?」
「……まだ、気持ちは未熟だって事か」
自嘲しながら呟いたそれは、独り言のようだ。とても小さな音ではあったが、聞き取れてしまった。なので、触れられずにはいられない。彼の言う通り手加減の甲斐があってか、痺れていたはずの全身は徐々に力を込められる。その場から立ち上がり、自嘲している様子のフリックをきつく抱きしめた。
「っ、加減しろ……馬鹿が……」
「悪い。無理そうだ」
三年前、彼を連れて国を出たのは成り行きだった。しかしその後はどうだったか。今までは全て成り行きと言い聞かせるだけで、深く考えないようにしていた。当時は自らの秘めた想いを成すべき事への使命感で蓋をしていたが、今はそれもなくなったのだから考えてもいいだろう。再び雷を落とされても構わない。それほどまでにわきあがる思いが、彼を離しがたくしている。
「お互い、同じ気持ちだったってわけか」
「いちいち口にしなくていい」
フリックはビクトールを抱きしめ返そうとはしないものの、その声音はとても優しいものだと受け取れる。
「浮かれちまっていいんだな……?」
「好きにしろよ」
彼の表情を覗き込もうとすると、ここでようやく抱きしめ返される。
「よし!」
「っ、いきなり大声を出すな!」
そのつもりはなかった。しかし、腕の中にいた彼の身体が跳ねたので、思った以上の声量だったと思い知る。
「おう、すまねぇな!」
怒り混じりに言われても、今は声を抑えられそうにない。嬉しさが心の枷を壊してしまった。フリックの頭を乱雑に撫でた後、解放する。不機嫌そうな視線が注がれていたが、特に何も言わずにそれまで行っていた作業の手を早める。ここにいつまでも留まっている場合ではない。今すぐこの男を連れて、出て行きたい。高揚感がビクトールを更に浮かれさせていた。彼が口を挟む前に荷造り、身支度を同時に終える。
「そんじゃ、行くか!」
「……嬉しそうな顔しやがって」
「そういうおまえも、なかなかだぞ?」
「そうか? 気のせいだろ?」
と、相手は言うが。慌てて表情を取り繕う様子もなく、笑みを浮かべたままだ。そんな彼の表情は初めて見た。
「これから先、楽しみだな……」
今もあふれ続ける喜びが、感情をそのまま言葉にする。たった数年だけでは、この男の全てを把握出来るはずがなかった。そんなフリックの一面を、これから少しずつ知っていくのも悪くない。むしろ、そうしたいと願う。嬉しい新たな目的に、心は更に弾む。
「浮かれてるところ悪いが、おまえの相棒は連れていかなくていいのか?」
「……やっぱ、連れていかないと駄目だよな」
「当然だろ?」
今後は吸血鬼絡みの騒動に巻き込まれる事はない、とは絶対に言い切れない。もしもの時に備えて、共に行くのが不本意ながら得策と思う。察しの良い星辰剣なら、騒ぎの収束を感じて自ら戻ってくるはずだ。が、ひとまずは誠意を見せるために自ら探しに行こうとフリックと共に空き部屋を後にする。相変わらず彼は楽しそうに笑みを浮かべていた。
「早く迎えに行ってやらないと、今度は奴から雷を食らう羽目になっちまうな?」
その口がこちらをからかうような言い方をするが、愛おしいという感情しか浮かばない。
「へいへい、おっしゃる通りですー。一日に何度も雷が落ちるのは避けてぇしな」
廊下を歩き、道行く途中で出会う同盟軍の面々に彼を見なかったかと訊ねながら先を急ぐ。ビクトールの心境は焦りよりも、いまだ喜びが勝っている。
「さーて。ここを出たら、次は何処に行くか」
「おまえ……探す気はあるのか?」
「おう」
疑いの眼差しを向けながらも、彼の口元はとても清々しく笑んでいる。恐らく自分も、同じような表情をしているのだろう。
その会話の直後。また一人に、星辰剣の行方を訊ねた。そこで有力な情報を得る。目的地が明確になり、そこに足を向けた直後。相手が口を開いた。
「何処までも付き合ってやるよ。また少し強くなれたんだ。今なら砂漠の一つや二つも越えられそうだ」
「そりゃ心強ぇな」
皮肉を言っているわりに、フリックの表情はとても晴れやかだ。
「だが、おまえの療養が何より先だからな?」
「愛されてんなー」
からかい半分、本音半分の言葉をかける。彼は微笑みを浮かべているのみで、何処か得意げとも感じられるその表情が愛おしかった。