沈めた心

R–18 ザハカイ
シリアス強め。
太陽宮没落後の回想と、ザハークがレルカーに火を放った直後の話。
性的描写よりも、暴力表現の方が強めです。


太陽宮がゴドウィン家の手中に収まり、まだ間もない頃。逃がしてしまった王族の生き残りと女王騎士たちの居場所を吐かせるため、ザハークは数日に渡って捕らえたカイルへの尋問を続けていた。
「だからー、あの時はオレだって必死だったんだし、詳しい行き先なんて知ってるわけないじゃん」
地下牢内に、明朗な声が響く。この男は自らの立場をわかっているのだろうか。仕える者はもういない。彼が護りたかったものも何一つ残らなかった。心は相当擦り減っているはずだ。しかし当人は、昨日までと変わらない雰囲気でいる。
事が起きる前、確かそのような様子でまたアレニアと口論になっていた。
「というか。ズル賢いあんたたちなら、もう大体の見当はついてるんじゃないの? それでわざわざオレに自白させようとしてるんだから、ほんっとに揃いも揃って性格悪いよねー」
その余裕は一体、何処から来ているのか。
装束は乱れて生傷も手当が追いついていないにも関わらず、カイルは恐ろしいほどに普段通りだ。ここで殺されても、おかしくない状況とも言える。それなのに、何故この男は軽口を叩き続けているのだろうか。少しは憔悴した表情を浮かべたらどうだ。まったく可愛げがない。ザハークの胸中で抑えた感情が存在を増す。しかし、表情に出てしまうまでには至らなかったようだ。相手も何かに気付いたような表情は一切見せていないが。その軽薄を装った腹の底では少なからず、こちらの心境に気付いているとも考えられる。どちらにせよ、それはあまり重要事項ではない。
「まー、仮にわかってたとしても。絶対、あんたらなんかには教えてやらない……っ!」
気付いた時には既に彼を蹴り飛ばしていた後だった。まさか、こんなにも安い挑発に乗ってしまうとは。
「ははは……なるほどー。あんたも、こんな風にわかりやすく怒る事もあるんですね」
腕を後ろに拘束された状態では、動きにくいのだろう。地に伏せたままカイルは語る。
「減らず口は大概にしたまえ」
苛立ちは心の底に抑えて淡々と告げた。直接の攻撃により、少しは彼も応えたか。その考えは甘かったと、すぐに思い知らされる。
「減らず口を叩いてる覚えなんて、こっちはないけどねー」
後に顔をあげた彼は、それまでと変わらずに笑んでいた。
「オレはただ、思った事を言っているだけ。それを聞いて、あんたが勝手に怒ってるだけだろ?」
そうか、この男はこちらを挑発しているのか。
「前騎士長閣下は、とんでもない猛犬を残して逝かれたようだな」
「っ!」
ほんの少し、彼の表情に変化が見える。一瞬ではあったが鋭く睨まれた。この男が感情を剥き出しにするとは珍しい。
「何を怒る必要がある? 貴殿と同じく、事実を述べたまでだが」
「安い仕返しだねー」
「好きに受け取るがいい」
事実であったが、わざわざ相手に伝える気は無かった。
相手は今すぐにでも、こちらを殺したくてどうしようもないのだろう。武器を取りあげられ、身体の自由も奪われている現状では何も出来ない。心の底で悔しさと歯痒さに耐えていると察する。
「さて。次期女王陛下のご意志を尊重するため、貴殿をここから出してやりたいのだが……」
「その前に、王子たちの居場所を吐けって事でしょ? 参ったなー。じゃ、オレはずっとここにいるしかないのかなー」
「……察しの良い貴殿なら、おおよその見当はついているのではないか?」
この男が軽薄そうに見せて、実は誰よりも周囲に気を配らせている事をザハークは知っている。
「買い被りですってばー。オレ程度の見当なら、さっきも言ったでしょ。あんたらもとっくに気付いてる。早く探しに行かないのは、何かまた卑怯な手でも考えている途中とか?」
「何とでも言いたまえ」
たった一度、蹴り飛ばしただけではカイルの心を折れない。腹立たしいその口は何をすれば黙ってくれるのか。先ほどから考え続けているが、決め手となりそうな案は全く思いつかない。どんな挑発も相手の減らず口によって返されてしまう。あえて言うのであれば、先ほども少々口にしたフェリドの侮辱。既に頭に浮かんでいたが、それはザハークとしても不本意であった。彼の甘さは煩わしい。常に心の底で考えていた。しかし、あの剣技と統括力は尊敬している。その気持ちは今も変わらない。
それはさておき。どれだけこの男と話しても、心には苛立ちが募るだけだ。
「あんた、オレをどうする気なの?」
「貴殿に知る権利はない」
「あー、そうだね。こっちだって殺される以外に考えてなかったさ。でも、オレはまだ生きてる」
彼の疑問はもっともだ。この男は他の騎士たちが降伏していたにも関わらず、暴れ続けていた。抑えつけるのにどれほど苦労したか。当人の暴動により、死傷者も出た。秩序を乱し、不必要な血を流した要因は厳しく罰するべきだ。しかしギゼルは、カイルを殺す気はなかった。甘さ故ではない。リムスレーアの気を今以上に逆撫でしないためだ。だが彼も、目前の男については少々手を焼いていた。殺さずに太陽宮に留まらせるとしてもカイルはギゼルを騎士長閣下とは認めないだろう。内部を撹乱させる不安もある。だからこそ、今すぐにでも殺してしまうべきだ。あくまでそれはザハーク個人の考えであるので、今がその好機とわかっていても実行する気はない。
自分は騎士長閣下に従うだけ。その彼から命じられている事柄がある。カイルをソルファレナから追放しろ、と。その後は、幽世の門の兵を何人か彼につける。
ギゼルは最初からカイルが王子たちの居場所を知っていたとしても、口を割らないと見越していた。外回りの任務をこの男に与えれば確実に脱走するだろう。彼の考えに異論は無い。
自分はあくまで、カイルを脱走させる事のみを聞かされている。なので、殺しさえしなければ相応の処罰は加えてしまってもいいだろう。この男の何事にも屈しない意志に少しでも傷を付けられればいい。今から行おうとしているそれを実行したとしても、カイルの心は傷一つ付かないのではないか。とも、考えられるが。何より自らがこの男を痛めつけられれば、それでいい。最初からわかっていた。あまりにも違い過ぎる自分たちが心を寄り添わせる事は出来ない。処罰という建前を存分に利用し、今だけは秘めたままでいた想いに触れてもいいだろう。目前の男とは既に決別してしまったと同然なのだから。
「なるほどねー。ただの暴力じゃ全然オレが大人しくならないから、そっちの方で痛めつけようって事か」
相変わらず察しがいい。軽率そうな振る舞いを装いながら、常に周囲への観察と気配りに余念がない彼の本質をザハークは見抜いていた。
「好きにすれば? あんたの気が済むまで、やればいいじゃん」
今も冷静に、こちらが最も腹が立つ言葉を選んでいる。それとも、抵抗すれば喜ぶと見越して強がっているだけか。後者ならば当然喜ばしいが、前者であれば警戒すべきだ。冷静を欠いてしまう事で生まれる隙を狙っているのかもしれない。
様々な考えが浮かぶが、今この瞬間にとってはそれほど重要な話ではないだろう。つくづくこの男とは相容れない。それなのに、心だけは彼に歩み寄ろうとしていた事もあったと思い出す。最初からそれは諦めていたはずなのに。
秩序をより守るために、同じ女王騎士として親交を深めるのは大事……いや、自分自身がカイルを片隅で気に入っていたからだ。
そんな自分にとって、これは好機以外の何ものでもない。彼は好きにしろと口にしながら、こちらに酷く嫌悪感を持っている。だが、それは気に留めない。痛む心も最初から持ち合わせていなかった。
「あぁ、そうさせてもらおう」
いくら察しの良いこの男でも、こちらの心の底までは見透かせない。気付いて欲しいと、これが恋心ならそう思うのだろう。だが、そのような気もない。事が起きてしまうまでは恋心であったと認識していた気持ちの正体は一体、何か。深く追求する気はない。
その考えは早々に捨て置いて、血で汚れたままの衣類を剥ぎ取り始めた。


何処か開き直ったような様子の彼であったが、苦痛を伴うそれの前ではそれまでの余裕も削がれている。
「……何度、イったら……気が、済むんだよ……っ」
カイルの頭を抑えつけ、冷たい石の床に伏せたままの状態で行為を強いた。この男が少しでも可愛げのある行動を見せてくれれば、行為を終わらせる気も起こるかもしれないのに。ふと、そんな考えが浮かぶ。
しかしそれは絶対にあり得ないと、早々に割り切る。
「貴殿にそれを知る権利はない」
正直、自分も理解に苦しんでいた。彼を手酷く抱けば抱くほど、叶わないとわかっているはずなのに欲しくなってしまう。
「そうだな……。試しに、裏切り者どもの居場所でも吐いてみるか?」
カイルの意思は変わらない。わかっているからこそ、押さえつけたままの手に力を込めて石床に顔を擦り付ける。
「……?」
それまで抵抗の気配を見せていなかった相手が、顔をあげようと動きを見せた。
「裏切り者は、あんたらだろうが……」
まだ、吠える余力が残っていたのか。その強靭な心は、どんな事をしても決して砕けない。改めて思い知る。
「貴殿で言うところの裏切り者から、このような仕打ちを受けている。さぞ、屈辱だろうな?」
口にしてみて己が思いの外、楽しんでいると気付く。
とてつもなく歪んだ感情だと自覚している。誰にも気付かれる事なく秘めた想いは、自らも気付かぬ内に形を変えてしまったのかもしれない。
「貴殿が心酔していた、前騎士長閣下がこのような有様を見たら何と仰せられるか」
「っ……!」
彼の中で様々な思いが爆ぜたのだろう。再び抵抗しようとしてか、後頭部を押さえていたザハークの掌へ彼の抵抗が伝わる。
「事の発端が……偉そ、に……上から、ものを語るな……っ、あっ……」
内に収めたものを叩きつけるように突けば、弱々しく声をあげる。所詮は負け犬の遠吠えだ。好きなだけ吠えればいい。喘ぐ彼からは、悔しくてたまらないと言わんばかりの思いが伝わる。それがわかれば、充分だった。
「っ、気持ち、悪い……なぁっ……」
常人はその言葉に対し、傷付くのだろう。ザハークの心はそれどころか、喜びを感じている。自身を引き抜き、体制を変えた。うつ伏せから仰向けにすると、相変わらずこちらを殺したくて仕方が無いと言わんばかりの視線に睨まれる。ため息を吐く様子からは、ようやく終わったのかと安堵しているように見えた。そう簡単に終わらせてやるものかと、彼の両脚を大きく開かせて再度性器を後孔へ挿入した。
「なんで……っ、まだっ……」
「気が済むまでと、そう言ったのは他ならぬ貴殿だ」
楽しくてどうにかなりそうだ。こんなにも愉悦に浸れたのは、いつ以来だったか。今更思い出そうとは思わない。
「何事も柔軟な貴殿の事だ。少しは慣れてきたのではないか?」
淡々と話しながら、飽きもせずカイルの内を犯し続ける。ここまで自分は、この男に対して貪欲であったのか。冷静に己を分析しながら、相手の反応を待つ。
「慣れるわけないだろ……っ、吐き気がする……」
憎しみのみを込めた視線が、ザハークを睨み続けていた。それでも心が痛む気配はない。どのような手を使っても屈する事のない男と、身体を重ねる不毛な行為。そろそろ虚しさも感じ始める頃だ。あと少しだけ彼を痛ぶったら、解放してやろう。
今のカイルはどんな感情であれ、ザハークしか見ていない。それだけで充分だった。



ふと、少し前の出来事を思い出していた。 これからレルカーに総攻撃をかける前だというのに、我ながら気の緩みを感じる。しかしこれは、仕方のない事だ。明確な情報があったわけではないが、それでもザハークは確信していた。土地勘のある者として、あの場所にカイルも王子たちと共にいると。その考えによって、あの日の出来事を回想するに至る。やはり彼の心は折れなかった。
あそこまで弱らせておけば、密偵数人に尾行させて王子たちの居場所も暴ける。自分のせいで居場所が知られたと、少しでもカイルが罪悪感に苛まれてくれればいい。淡い期待のようなものを抱いていたが、実際に送り出した密偵は誰一人として帰還していない。つくづくあの男は、こちらの予想を裏切ってくれる。ならば、こちらも彼の予想を裏切るまでだ。反乱軍の主を密かに匿っているかもしれない集落は、規律に従い相応の報いを受けなくては。この時既に、ザハークは火を使う事について考え始めていた。


一人、立ちのぼる黒煙を眺めながら思う。どう転ぼうと、レルカーには火を放つ気でいた。現王家に反抗する者たちへの見せしめだ。それが足止めの意味も兼ねているのだから、このうえなく都合がいい。
故郷が燃える様を見れば、今度こそカイルも今までになく狼狽えるかもしれないと考えた後。自分は今でも、心の底ではあの男を意識していると気付いた。
(くだらない、感情だ)
今一度気を引き締め、少しずつ収まりつつあった火柱を背に歩み始める。
「ザハーク!」
本当に、彼は何処まで自分の邪魔をすれば気が済むのだろうか。振り向けば当人がその場に立っていた。
「水魔法を得意とする貴殿が、このような所で何をしている? まだ街は燃えているが」
「あんたの知った事じゃない」
カイルは、自らの感情のみを優先させるような男ではない。緊急を要する避難や手当等を全て済ませたからこそ、ここにいるのだろう。それほどまでに、強い執念を持ってザハークを追って来たのか。少々長居し過ぎたようだ。
物思いに耽り過ぎた。まるで、彼に見つけてもらう事を望んだ故の行動とも思える。
「あぁ、そうであったな」
「相変わらず涼しい顔だね。自分が何をやったのか、わかってる?」
「必要な事であったから、実行したまでだ」
「……尻尾巻いて逃げるためだけに、あんたらは何人も平気で殺せるんだね」
「珍しく感情が垂れ流しになっているではないか。普段の軽薄な装いは……それも、私の知った事ではないか」
カイルは否定も肯定もせず、ザハークを睨み続けている。撤退するためだけの理由ではない。王子を匿った事の見せしめも含んでいるが、彼に説明しようとは思わない。
「任務を遂行するにおいて、時に非情さも必要だ。前騎士長閣下は、それが足りていなかった」
「裏切り者が、フェリド様を語るなよ」
太陽宮の牢獄での行為も無駄であったようだ。カイルはそれまで以上に吠え続けている。いや、無駄ではない。あの時、ザハークの心は満たされた。
何も護れなかった歯痒さと、こちらが与える屈辱によって顔を歪めていたその顔。今でも鮮明に思い出せる。あの表情を知っているのは、自分だけ。恐ろしいまでの優越感を心の底に押し留め、ザハークは剣を抜かずにカイルの元へ歩み寄る。
「なっ……なんだよ……?」
やはり彼は、フェリドの忠臣だ。憎き仇といえど、丸腰の相手を斬ろうとはせずに戸惑いを見せている。だから甘いというのだ。
王子にこちらの討伐を命じられているのであれば話は変わってくるのかもしれない。そもそも、あの少年も父と同じ意志を引き継いでいると先ほどわかった。現に住民の避難を最優先させているのだから、わざわざこちらを追い詰める余裕はないはずだ。カイルがザハークを自らの意思で追って来た。そう考えていいだろう。自惚れではないはずだ。たまらなく嬉しい。彼を想って心を温めるのは、きっとこれが最後だ。
この男の目前まで来たところで、両腕を伸ばす。たやすく抱きしめる事が出来た。
叶わないと、わかっていたはずなのに。それでも彼を直に感じられると少々我が強くなってしまう。
彼の片頰をひと撫でし、その唇を自らの口で塞いだ。自分の行いとは思えないほどの、とても優しい口づけであった。
「っ……!」
それだけで済ませる気はなく、放心しているだろうカイルの唇へ噛みついた後で唇を離した。
「貴殿も、つくづく甘過ぎる。その気になれば私を刺し殺せる絶好の機会を何だと思っている?」
「それ、あんたにも同じ事が言えるよ?」
「……確かにそうだな」
彼を突き飛ばし、後ろに倒れそうになりながらも立て直した相手を冷たく睨む。
「次は、確実に貴殿を始末する。そのつもりでいたまえ」
こちらの台詞だなどと反論すると思いきや、彼はその場に立ち尽くしたまま何も言わずにいた。それ以上は何も語ろうとせず、ザハークはカイルを背にその場を後にする。今度こそ奇襲をかけられると警戒はしたが、相手は何もして来ない。呆然としたままの彼を容易に想像出来る。
何故、口づけをしたのか。それほどまでに自分はあの男に好意を抱いていた。と、カイルは既に察しているだろう。しかし、理由まではわかるまい。正直、何故そこまで彼に執心しているか。自分でも理解出来ていなかった。
いつの間にか抱き続けてしまっていた恋心を、今度こそ切り離す。
彼はただの反逆者でしかないと、この瞬間から改めて思い始める。カイルからすれば、こちらが反逆者であると今も考えているのだろう。
自分が間違っているとは思っていないが。仮に間違えていたとしたら、それを正すのは他でもないこの男がいい。もしも自分が彼に葬られるのであれば、心の奥底に沈めた想いごとまとめて斬り捨ててみろ。
自分しか知らない、どのような状況でも屈する事なく殺意に満ちた眼差しで睨み続けた彼。正規の女王騎士でなかった頃の、少々生意気ではあったが何故か憎めない愛嬌を持った彼。
愛しい思い出と共に滅ぼされるのも悪くはない。たった今浮かんだその感情さえも、ザハークは即座に切り捨てる。滅ぼされるのは自分ではない。彼だ。