海外に憧れて

ロイとリオン
本拠地で療養中のリオンを元気づけようと、ロイが行動。海外について二人で語り合う話。

ロイは今、本数冊を小脇に抱えながら医務室に向かっている。王子の姿で本を運ぶ様子に、道行く途中で彼に見間違われる。周囲に驚かれて気分が良かった。姿形だけではなく立ち振る舞いも気品があるとの声が、ロイを上機嫌にさせる。
(そりゃ、めっちゃくちゃ練習したからな)
浮かれてしまいそうになるが、気を引きしめた。医務室の入り口前で一度立ち止まる。深呼吸後、足を踏み入れた。シルヴァに挨拶を済ませ、リオンの元へ向かう。
「ロイ君、今日も来てくれたんですね」
「あんたが心配だからな」
「わたし、ですか?」
「あぁ。目が覚めたっつっても、まだまだ具合が悪そうだからな」
怪我のせいもあるが、何より王子の護衛に復帰できないことが彼女の表情を曇らせているのだろう。そんなリオンを元気づけるため、ロイは医務室へ日々通い続ける。ただ顔を見せて話すだけでは効果が薄いと先日気づき、今日は新たな試みを実行する気でいた。
(王子さんが帰ってくれば、今よりはずっと元気になるんだろうな……)
後ろ向きな考えは心の奥底に留め、それまで持っていた数冊の本を近場のテーブルに置く。
「これは?」
「群島諸国の本。暇つぶしにいいんじゃねえかと思ったんだよ。リオン、ニルバ島に行った話をしてくれた時に楽しそうだったからさ。何冊か借りてきた」
「本当ですか……っ!」
勢いよく上半身をベッドから起こしたせいか、彼女は顔を歪める。傷が響いてしまったのだろう。
「……ごめんなさい。わたしは、大丈夫です」
リオンは申し訳ないといわんばかりの様子で微笑んだ。
「謝るなよ。あんたは、なにも悪くない」
「ロイ君……ありがとうございます」
「飛び起きるぐらい、喜んでくれてるのか? それなら、よかった」
軽い雰囲気で答えると、リオンの表情が明るくなった。
「嬉しいです。本当に、ありがとうございます」
彼女の笑顔が見られたことに安堵し、この瞬間を迎えるために悩んだ時間が報われたと実感する。共に考えてくれた、フェイロンとフェイレンにロイは感謝した。
「リオンは、群島諸国に興味があるのか?」
「はい。フェリド様の故郷なので」
穏やかに彼女は返答するが、ロイは何気ない問いが無神経であったと気づかされた。フェリドの話は周囲から聞いていたのに、不用心だと痛感する。
「ロイ君……わたしを心配してくれているなら、それは大丈夫です。どうか、気にしないで下さい」
「……わかった」
失言に顔色を変えた直後、リオンが微笑みながら言葉を続けてくれた。
「ロイ君がわたしのためにと行動してくれたのが、とても嬉しいです」
彼女はこちらを気づかってくれていると伝わる。もどかしい思いに腹を立てるが、これ以上リオンに余計な心配をかけたくない一心で気持ちを切り替えた。
「礼ならオレだけじゃなくて、フェイロンとフェイレンにも言ってやってくれ。あいつらも色々考えてくれたり、本を探すのを手伝ってくれたりしたからさ」
「わかりました」
「自分から探しに行かなくていいからな? あいつらがこっちに来るように、オレが頼んどく」
「はい。何から何まで、本当にありがとうございます」
謙虚な姿勢はとても彼女らしく、好感を抱く。それと同時に引き続き浮かべている笑顔を見て、医務室を訪ねた当初よりは元気になってくれたと実感する。王子のように上手くいかないと自覚しながらも、それなりに出来ることはあると感じられた。
「どれから読もうか、迷ってしまいます」
重ねられた数冊の本に視線を移しながらリオンが言う。
「上から順に。ってのはどうだ?」
「良い考えですね。そうさせてもらいます」
自分の役目はここまでだと確信するが、まだリオンと過ごしたいと本能が訴える。あと少しだけと言い聞かせ、一言だけ話そうと口を開く。
「いつかまた、行けたらいいな?」
彼女の表情がここまで明るくなるのだから、再度訪れたいのだろうとロイは想像した。
「そうですね。今度は、もっとゆっくり回ってみたいです。ニルバ島も、他の島も一つずつ」
「それ、いいな。きっと楽しいと思う」
リオンに渡した本を、ロイもフェイロンとフェイレンと共に軽く目を通した。わかりやすい文字の並びと写真に想像力をかき立てられ、いつか自分たちも行ってみたいと話したのは数日前の出来事だ。
「ロイ君も、群島諸国に興味があるんですか?」
「それなりにな。でも、あれだろ? 船酔いだっけ? それがしんどそうだなって。キツいんだろ?」
「……はい。ゲオルグ様は、慣れれば大丈夫だとおっしゃっていましたが……先はまだ、長そうです」
ニルバ島から戻ったばかりの王子とリオンを思い出す。船酔いに悩まされた彼らの顔色は、とてつもなく悪かった。出発した時よりは楽だったと話していたが、そんな風には見えない。想像を絶する苦しい思いを、どれほど重ねなければいけないのか。ロイは海へ憧れると同時に、恐れも感じていた。
「でも、いつかは克服してみせます。そして気の赴くまま、フェリド様の故郷を見て回りたいです」
対してリオンは、とても前向きな考えを抱いている。そんな彼女と共に未知の国をこの目に焼きつけたいと願うが。リオンの隣に立つのは、自分ではないと気づいている。
「頑張れよ。王子さんと二人で、好きなだけ観光できる日が来るといいな」
「はい! ありがとうございます!」
今日一番の笑顔を見せてくれたことに満足し、ロイは今度こそ医務室を後にした。