無題

ロイが仲間になって間もない頃。少しばかり目に余る行動をたしなめながら、色々と考えるカイルの話。

数日前、セーブルから王子たちが帰って来た。共にいた見慣れない少年が、王子になりすましていた張本人だと後に聞く。
緊張気味だった彼に話しかけ、歓迎の言葉をかけた後で自己紹介をした時。カイルは、警戒されていると察した。
ロイと名乗った少年はサイアリーズの推薦で、王子の影武者を務めることになったようだ。巻き込まれた仲間を助けるために、単身でやってきた度胸をカイルは認める。それを包み隠さず本人に話すと、謙遜はあったものの満更ではない様子だった。それがきっかけに、ロイはカイルに心を開いてくれた。会話を交わすたびに、根は真面目と実感する。だが、それを本人は表向きにしたくないらしい。まるで不良を装う自分のようだと、カイルは心の中で呟いた。
意地を張り続けると疲れてしまう。ロイに伝えると礼を言って聞き入れてくれたが、態度を改める気配は見られなかった。本人は本拠地内で王子になりすまし、周囲を驚かせ続ける。騙された相手を笑い、自分はすごいのかもしれないと声高々に語った。
本拠地の道具売り場付近で今日もその現場を目撃した。王子と見分けがつかないと称賛され、ロイは気分が良さそうだ。慣れない環境の中で気晴らしが出来ているなら良い。幸い、ここにはロイを非難する相手はいないのだから。と、思っていたが。
「ロイ君!」
彼が一人になったところで、リオンが駆けてくる。
「リオン? 一人だなんて、珍しいな?」
「王子は今、お部屋で休まれています。それより、ロイ君。あなたは毎日のように王子の格好で歩き回ってますよね?」
もしかしたら、リオンは例外かもしれない。少し離れたところで、カイルは二人を見守る。
「まあな。どいつもこいつも、オレに王子さんの影武者が出来るのかって疑ってるからな。実際に見せてやってるんだよ」
「それは立派な考えだと思います。でも、王子の格好でいたずらはやめて下さい」
彼女が少し怒っているように見えた原因がわかり、納得した。
「……考えといてやるよ」
「何なんですか。その言い方は。まだ、王子の顔に泥を塗り足りないんですか? もしもそうだったら、わたしはあなたを許しません」
「だったらオレと決闘でもするか? 今度はあんたが、オレに世間ってやつを教えてくれるのかよ?」
一触即発な状況に、これは良くないと本能が訴える。直感に従い、カイルは二人の間に駆け寄って割って入る。
「はーい。そこまで。二人とも、ちょっと落ち着こうか」
「……カイル様。ご心配をおかけしました。わたしは大丈夫です。少し、頭に血がのぼってしまいました。外の風に当たって、冷やしてきます」
カイルに頭を下げた後、リオンは早々に立ち去ってしまった。取り残されたロイは、ばつが悪そうにしている。
「とりあえず、ロイ君も落ち着こうか」
深刻な様子は感じさせないように、普段通り軽く接した。
「オレは、べつに……」
「そう思うなら、そのこわい顔をやめようか? 王子の姿で……って、またリオンちゃんに怒られるよ?」
「勝手にすればいいだろ」
やはりロイもリオンと同じく、頭に血がのぼっている。この少年が彼女に思いを寄せているのは既に察していたので、どうにか仲直りを願う。いがみ合ったままでは悲し過ぎる。
「それはひとまず置いといて。確かに、リオンちゃんの言うことも一理ある。本当は、そう思ってるんじゃないの?」
その場から歩き始めたロイの隣に並んで問う。何かを返答する気配はなく、速度があがった。
「まー、オレの想像だけどさ。そこまで気付いてるなら、あとはリオンちゃんに謝るだけだよね」
突然、ロイの足が止まる。本音を言い当てたのかもしれない。
「ロイ君は、きっと……リオンちゃんを騙したかったのかもね。だから、王子の姿で歩き回ってた。違う?」
背を向けたまま、ロイは首を横に振る。少しずつではあるが、閉じた心を開いてくれていると感じた。
「どうしても、それは難しい。心のどこかではわかってるけど、影武者として仲間になったロイ君としては複雑だよね」
彼の思いに寄り添い、慎重に言葉を選ぶ。尊厳を傷つけるのは不本意だ。
「……リオンは王子さんと、ずっと一緒にいたんだろ? やっぱり、そう簡単には騙せねえよな」
ようやく、自分の思いを話してくれた。嬉しく思いながらロイの肩を軽く叩く。その声音から、王子を羨ましがっていると察した。本人には決して言わないが、微笑ましい。
「ロイ君は、リオンちゃんを騙したいだけ? 本当はもっと、仲良くしたいんじゃないの? もしそうだったら、きっと喜ぶんじゃないかな。ロイ君が王子の影武者としてすごいのは、もうわかってるよ」
「本当に?」
「うん」
すがるような問いに、力強く肯定する。同時に、ロイの表情から迷いが抜けていく気配を察した。
「今の態度だと、もったいないかもね」
「そっか」
苦笑の後、ロイの目つきが変わる。
「オレ、謝るよ。リオンを探してくる」
迷いを完全に捨てた様子で、ロイは再び歩き出す。自分も協力すると伝えるより先に、彼は駆け出してしまった。
少しずつ心持ちを変えている少年に、カイルは昔の自分を重ねる。
(そういえば、オレも昔はひねくれてたっけ)
ロイほどではないが、カイルにもそんな時期があったと思い出す。恩人のフェリド相手にも、太陽宮に連れて行かれた時に何が目的なのかと疑った。まさに、今のロイと状況が少し似ている。カイルはフェリドや王族たちの人柄に触れて考えが変わる。心から彼らを護りたいと思うようになったのだ。
きっとロイも同じく、この本拠地で仲間たちと過ごしていく内に役目を果たすとの思いをより強くするに違いない。
数分後、リオンに謝っているロイの姿を見てカイルは確信した。