無題

深き薄明の森の遺跡から帰還して少し経った後。ロイがリオンを元気づけようと頑張る話。
ゲーム本編の通り、ロイ→リオンの片思い描写有り。ネタバレ配慮はしていません。

リオンが目を覚ました。ロイも含め、本拠地内の面々は喜びに満ちていたが。彼女の表情は浮かない様子だ。王子の護衛に復帰出来ないのが、もどかしいのだろう。自分たちが嬉しくでも、本人がそうでなければ意味はないと思う。どうにか少しでも、リオンに笑ってほしい。この数日考えた結果、王子を演じて優しい言葉をかけるのが最も有効だと確信した。
(大丈夫だ。最初の頃より、演技の精度もあがってる。今度こそ、あんたを騙してやる)
いたずら目的ではなく、彼女を元気づけたいため。こんな真面目な理由で、王子になりすまして本拠地内を歩くのは初めてだ。医務室に向かいながら緊張するなと言い聞かせる。つい先ほど最後の調整として、フェイロンとフェイレンに確認してもらった。大丈夫だとの意見に安堵したが、彼女には回りくどいと言われた。わかったうえで、ロイは自らの意志を曲げない。
フェイレンに、わざわざ変装はせず普通に話せばいいと叱られた。確かにその通りだが、自分よりも王子に励まされた方がリオンは嬉しいに決まっている。だからこそ、ロイは王子の姿で医務室に足を踏み入れる。
「失礼します」
「来たか。彼女なら先ほど、ちょうど起きたばかりだ」
シルヴァにはあらかじめ、今日のことを話していた。なので、不在中であるはずの王子がここにいても彼女は驚かずに出迎えてくれる。
「少し席を外す。それまで留守番を頼まれてはくれないか?」
「わかりました。任せて下さい」
事前の打ち合わせ通りに話を進め、シルヴァが医務室から出て行く。この話を持ちかけた当初は、反対されると思った。しかし、リオンを少しでも元気づけられる可能性があるならと受け入れてくれる。患者を思いやっているとの印象を受けた。
「リオン。具合はどう?」
いよいよだ。緊張を押し殺し、自分は王子だと強く言い聞かせながら彼女の前に立つ。ベッドに腰掛けたリオンは、不思議そうにこちらを見あげている。
(この反応は……)
やっぱり。いや、そんなはずはない。二つの感情が同時に浮かぶ。
「ロイ君、ですよね?」
真っ先に思い浮かんだ通り、すぐに正体を見破られてしまった。
「……まあ、そうだけど」
情けない気持ちに耐えながら、素っ気なく返答する。また、王子の姿で本拠地内を歩き回るなと言われるのだと身構えた。
「びっくりしました。シルヴァ先生とのお話が聞こえたんですけど、王子がいらっしゃるのかと思ったんです」
だから、確認するような問い方をしたのか。考えてみれば、彼女が自分の正体を言い当てる時は常に確信をもった声音だった。
(気をつかってるだけかもな。あんた、優しいし)
だが、少しの違和感に気付く。リオンが、ロイに嘘をついたことがあるか。
「本当に、そう思ってくれてるのか?」
恐る恐る聞くと、彼女はうなずく。
「はい。王子は外出中で、ロイ君が王子の姿でお留守番を任されているのかと……違いましたか?」
「えっと、それもそうなんだけどな」
「そうですよね。やっぱり、今のロイ君なら何の心配もなく王子の影武者をお任せ出来ます。シルヴァ先生とお話をしている時のロイ君は、王子その人でした。しっかり、勤めて下さっているんですね」
当初の作戦は遂行不可能だが、どうやら喜んでくれているようだ。思い描いた結果には遠くても、リオンが笑ってくれるなら嬉しい。
(正体はバレちまったけど……言うだけ、伝えてみるか?)
とっさに浮かんだ提案を、少し迷いながらも彼女に持ちかけようと決めた。背筋を伸ばし、本人の目を見る。
「あのな。オレの気のせいかもしれねえけど。リオン、せっかく目が覚めたのに元気ねえじゃん?」
「はい。王子をお護り出来ないのが、もどかしいです」
隠そうともせず、素直に話してくれた。そんな彼女に応えたい。
「オレで良かったら、王子さんっぽく元気づけてやろうか? リオンもさっき、声だけなら王子さんと思ってくれたみたいだし?」
どうにかリオンを励ましたいとの願いが、ロイを動かしていた。あくまで軽い提案だと言わんばかりに振る舞う。
「ありがとうございます。その気持ちだけで、とても嬉しいです」
やんわり断られていると察し、心の底で落ち込む。やはり自分には、彼女に何も出来ないのか。悔しい思いが顔に出てしまわないように、ロイは穏やかな笑顔を絶やさないように努める。
「今のロイ君、王子にとっても似ています」
リオンが笑ってくれるのは喜ばしいが、内心は少しだけ複雑だ。欲を言えば、王子としてではなく自分の力だけで励ませたらいいのにと密かに願う。
「すみません。話が逸れてしまいました。わたしは王子のような励ましよりも、そんな優しいロイ君とお話が出来た方が嬉しいです」
王子としてではなく、ロイ自身を彼女は見てくれているのか。驚きのあまり、演じるための冷静を失ってしまう。
「ロイ君? だ、大丈夫ですか? わたし、失礼なことを言ってしまいましたか?」
どうやら自分は、リオンを戸惑わせるほどに変な顔をしていると察した。過度な喜びは表情を正しく作れなくなるようだ。初めての感情に混乱しているが、今は誤解を解かなくては。
「違うって。その、嬉しかったんだよ。リオンはオレの第一印象、最悪だっただろ? それなのに、こんなオレと話したいとか……正直、ビビった」
言葉が詰まりそうになるが、何とか伝えられた。
「喜んでくださって、良かったです。わたしの方こそ、出会った当初はロイ君に嫌われていると――」
「違う。リオンはきっと、オレにひどいことを言った。って気にしてるのかもしれねえけどさ。そんな風に仕向けたのはこっちなんだし、あんたは悪くねえよ」
自分にとって彼女の第一印象は、考えるたびに良かったと思い返す。初めてリオンを見た時、可愛いと率直に感じた。
「ロイ君。本当に、ありがとうございます」
あふれんばかりの笑顔を見せられ、ますます惹かれていると気付く。一度、心の整頓が必要だ。
「べつに、オレはなにもやってねえけどな。とりあえず、先生が戻って来たら着替えてくる」
「どうしてですか?」
「王子さんじゃなくて、オレと話がしたいんだろ?」
返答すると、再度笑ってくれる。やはり自分は、彼女が好きだと思い知らされた。
「やっぱり、ロイ君は優しいですね」
なに一つ疑う気配もなくリオンは言う。
(リオンだから、なんだけどな)
彼女限定と訂正したい衝動を抑えた。当人の笑顔が見られたのだから、これ以上望むのは贅沢だ。
今後、どこかでくじけそうになったら、この気持ちを思い出そうと心の中で静かに誓う。 今日はロイにとって、何ものにも替えられない記念日となった。