無題

王子の姿にフェリドの面影をわずかに重ねるゲオルグの話。

拠点をラフトフリートからセラス湖の城に移してから、まだ間もない頃。ゲオルグはそれまでと変わらず、単独行動を続けていた。
ある日の真夜中。普段通り報告を済ませ、次の任務に向かおうと彼女の部屋を出た時。意外な者たちに待ち伏せされていた。
「おかえり。ゲオルグ」
「ゲオルグ様、おかえりなさい」
「おまえたち、どうしたんだ? こんな夜遅くに」
王子とリオンに出迎えられ、ゲオルグは驚く。今の時間は眠っていると思っていただけに、まるで不意打ちだ。
「ゲオルグを待ってたんだ」
「悪いが、俺はすぐに次の任務に――」
「ゲオルグ様。それは、少しだけ置いて下さいませんか?」
不良を装うカイルならまだしも、真面目という言葉が似合い過ぎるリオンの言葉なのか。思わず、耳を疑った。
「リオンの言う通りだよ。大丈夫、ルクレティアには許可をもらってるから」
彼女が絡んでいたなら、リオンの言葉にも納得出来る。
「なるほどな。それで、俺はどうしたらいい?」
自分が役に立てることといえば、武術指南か。時間が許す限り、喜んで引き受けようと思うが。
「ゲオルグの部屋に、いてほしい」
「……?」
言葉の意味を考える。どうやら王子は、無理矢理にでもゲオルグを休ませたいようだ。穏やかで優しい様子ではあるが、彼の目は肯定しか認めないと言いたげな力強さがあった。
「わかった。明日一日中は、そうさせてもらおう」
逆らえないとの直感に従い、ゲオルグは王子とリオンの願いを受け入れる。心から嬉しそうに喜ぶ彼らを見て、密かに心を温めた。

 

翌日。ゲオルグは本拠地の自室で一人、少しだけ暇を持て余している。先ほど、この部屋に王子とリオンが道具屋にて売られているチーズケーキ一式を持って来てくれた。
長椅子に腰掛け、チーズケーキを少しずつ食べながら気づく。王子は父親のフェリドに似てきている。
ゆっくりと流れる時間に身を任せながら、ゲオルグは穏やかな心境のまま考え続けた。
フェリドと行動を共にしていた当時は、彼に腕を引かれて様々な事態に巻き込まれた。
(そういえば、あの頃は数え切れないほど振り回された)
時には面倒ごとに遭遇し、何でもすぐ行動するのは止めておけと口を出したこともある。それでもフェリドは、自由気ままにゲオルグを連れて色々な件に首を突っ込んだ。当時は腹も立てたが今となっては、楽しかったとの気持ちが何より大きい。
今日も同じ思いでいた。心からの気づかいが心にしみる。友人との思い出に浸ることで、何としても王子の願い達成を手助けしなければと決意を再確認した直後。自室のドアを叩く音が聞こえる。長椅子から立ち上がり、来客を迎えるために入り口付近まで歩く。
「どうしたんだ?」
ドアを開けると、思わず声が出てしまう。王子とリオンが、少しばかり深刻な顔でいたからだ。
「リオンと話していて、気付いたことがあるんだ」
部屋に招き入れ、長椅子に腰掛けるように促しながら続く彼の話に耳を傾ける。
「ゲオルグを休憩させるのは大事だと思っていたけど、それはゲオルグにとって苦痛だったんじゃないかって」
「ゲオルグ様とわたしたちの価値観が、同じとは限らないと……」
どういう意味かと聞くより先にリオンが言葉を続けた。
「ゲオルグは、ぼくとリオンが想像しているよりもずっと、時間に追われているかもしれない。それなのに、強制してしまって……本当にごめん」
「動き続けていては、疲れるばかりだ。俺にとっても良い話だった。だから、気にするな」
本音を話すと、心の底から安堵した様子で笑ってくれた。
謙虚な姿勢の王子を見て、ゲオルグは少しだけ考えを改める。
(フェリドは、いつでも悪びれる様子はなかったな)
王子がフェリドに似始めたと思ったが、まだ気が早かったようだ。この少年は周囲に耳を傾け過ぎていると、太陽宮にいた頃から周囲が心配していた。今もその様子が感じられるからこそ、自分が見守らなくてはいけない。
今は直接支えることが難しくなってしまった。それでも、友人の息子を何としても助けたい。今後の任務に向けて更なる英気を養えた今に、ゲオルグは感謝した。