確かめたくて前線へ

ソルファレナ奪還時までの本編ネタバレあり。決戦の最中、リオンがサイアリーズについて考える話。

実戦は女王親政以来だったリオンはそれまでと同じく戦えていた。万全とはいえない状態で、我ながら上手く立ち回れていると安堵する。シルヴァを始め、一部の者たちから療養に専念するべきだとの意見も受けた。しかし、リオンはこの場に何としても立ちたかった。
リオンがソルファレナ奪還戦の参加を切望したのは、今までで一番大事な戦いだからだ。王子の無事を祈るだけでは耐えられそうになかった。その思いが大部分を占めているが、理由は他にもある。どうしても、サイアリーズに会いたかった。

 

王子を護って負傷した当時。意識が朦朧としていた中で、彼が誰かに『どうして』と叫んでいた。サイアリーズに向けられた声だと知ったのは、本拠地で目が覚めて少し経った後だ。最初は何かの間違いとしか考えられなかった。だが、少しずつ事実だと思い知らされる。何かと王子やリオンを案じてくれていた彼女が、いつまでも医務室を訪ねないことで気づいた。
(サイアリーズ様、どうしてですか……?)
きっと、王子もこんな心境だったのだろう。最初から彼女は、彼と決別する気でいたのか。
(いえ。そんなことは、絶対にありえません)
サイアリーズが、自分たちを悲しませるような行動を選ぶはずがない。きっと、重要な理由がある。療養中に何度も考えたが、その正体は少しも見当がつかない。
『義兄上も言ってたけど。あんただって、あたしたちの大切な家族なんだ。もっと自分を大事にしてやるんだよ』
サイアリーズがリオンの手当てをしながら、かけてくれた言葉を思い出す。
まだ、彼女が本拠地にいた頃。周りの手を煩わせたくないとの一心で、怪我を隠していた時があった。自分は幽世の門の出身なのだから、他者より頑丈なはず。自然治癒に任せようと思っていたが、サイアリーズに気づかれてしまう。彼女はいつも、優しかった。
『立場上、難しいかもしれないけどね。あんたが傷ついたら、あたしもあの子も辛いんだよ』
サイアリーズの言葉を思い出しては、何度も涙を流した。泣いているだけで状況は変わらないと理解していたからこそ、早く前線に復帰したいと願う。もどかしい思いに耐え続け、ついにその日を迎えた。
今日まで、サイアリーズの真意を自分なりに考えてみた。しかし、答えは見つからない。だからこそ、彼女に直接会って話を聞きたかった。
太陽宮を目前に、リオンは気を引き締める。万全ではない状態でこの場にいることを、サイアリーズはすぐに見抜くだろう。きっと怒られてしまうと考えたところで、新たに一つ思い浮かぶ。彼女はもう、自分が知っている人物ではないかもしれない。だからとはいえ、今更怖気つくわけでもなかった。どんな状況も真正面から受け止めようと、リオンは覚悟を決めている。サイアリーズに会えて、ようやく何かが見えてきそうな気がした。
「リオン……」
隣で戦う王子に名を呼ばれる。その後に話が続かないのは、かけるべきでない言葉を飲みこんだと伝わった。彼はリオンを案じていると今の声音から気づく。大切な戦いの最中に、護衛を心配している場合ではない。頭では理解しているが、優しい彼は心を痛めているのだろう。
「王子。わたしは、大丈夫です」
少しでも王子の気持ちが軽くなるように、祈りを込めて微笑む。
「それなら、よかった」
不安そうな様子のまま王子が言う。今はリオンの心配はせずに、どうかリムスレーア救出とサイアリーズのことだけを考えてほしい。これ以上の心配をかけないように、リオンは気丈に振る舞った。
そして、いよいよ彼女の目前に立つ。ゼラセと紋章の力をぶつけ合っていたサイアリーズは、すぐに王子とリオンたちに気づいた。
「あんた、せっかく拾った命を――」
彼女は驚いたような素振りを見せた後、険しい表情でリオンを叱る。今までで一番、サイアリーズは怒っていた。髪の色が違っても、声音が突き放すような冷たさでも、彼女はあの頃と同じく優しいままだと確信できた。
(やっぱり……あなたは王子を思って、何かを成そうとしているんですね)
サイアリーズが本気であるとわかった。今はただ、一人で戦う彼女を止めるためにリオンは剣を向ける。この戦いを収束させた後に、ゆっくりと話ができたらいい。そんな願いを秘めて見据えた彼女の姿がぼやける。今の自分が泣きそうだからだと気づいたうえで、大切な人に戦いを挑んだ。