置きみやげ

星の祝祭Ⅱの開催記念公開作品。C101発行のゲオカイ短編集改め長編より抜粋。太陽宮没落の夜、それぞれがこんな会話をしていたらいいなとの妄想文。

ゲオルグがカイルに言えない何かを抱えていると、すぐ気づいた。その正体について知りたいと思ったのは一瞬だ。自分がするべきは本音を聞き出すのではなく、寄り添うことだと考えを改める。
あの夜は少しばかり手荒い抱き方だと感じた。だが、それも悪くなかったと思える自分は、ゲオルグに心酔し過ぎではないかと心の中で苦笑する。熱に浮かされたせいで、全員が生き残ってこの戦いを完遂したいの願いを口走ってしまった。それは絶対に有り得ないというのに。その可能性が残されているなら、ゲオルグはここにいない。カイルを始めとした他の女王騎士たちだけで場を収束出来るはずだ。
(オレは、どうなってもいい。フェリド様や陛下を悲しませてしまっても、王族のみんなを護りたい)
本当の願いを切り捨て、カイルはあくまで女王騎士として最後まで戦おうと決意する。本音を漏らした時に、そんな自分を肯定してくれたゲオルグの柔らかな表情も共に、記憶の彼方へ葬った。

 

作戦決行の夜。ようやくゴドウィンの面々を迎え討てる。一筋縄ではいかないと思ったうえで考えた。フェリドとアルシュタートを苦しめる一族に、今こそ報いてやる。強い意志を胸に、戦いに挑んだ。しかし、状況は自分たちが想定していた以上に悪い方へ傾いていた。フェリドとアルシュタートが解体したはずの、幽世の門がゴドウィン側についていたからだ。自分たちも被害を受けた組織と手を組んだのか。そんなことは誰一人として、まったく考えていなかった。不測の事態に一部の兵士は混乱し、そこにつけこまれて多くの者たちが手にかけられた。カイルの顔馴染みたちも変わり果てた姿で事切れていて、気が狂いそうになる。だが、自我を失って暴れ回るだけで状況が良くなるわけではない。カイルは自身に落ち着けと言い聞かせる。
(陛下とフェリド様のそばには、ガレオン殿とゲオルグ殿がいる)
彼らの力を、カイルは心から信頼していた。周りだけを気にかけている余裕はない。襲いくる暗殺者を次々と返り討ちにしつつ、ゼガイの元へ急ぐ。
(どれだけ斬っても、どんどんわいてくる……こんなヤツらを、ゴドウィンはずっと隠してたのかよ……)
ゼガイを救うより先に力尽きる己を、一瞬ではあるが想像してしまった。折れそうな心を叱責し、ようやくの思いでゼガイを救出した。あと少しでも遅れていたら、王子、リオン、サイアリーズを助けられなかったかもしれない。心の底から安堵するが、それにはまだ早い。彼らをなんとしても、この場所から逃さなくては。
ゼガイに三人を託し、カイルは自らが囮となることを選んだ。
(王子、リオンちゃん、サイアリーズ様の盾になれるなら、本望だよね)
自分の体力が、どこまでもつか。せめて彼らが逃げ切るまでは耐えてみせる。強い意志と共に、再び暗殺者たちを迎え討ち始めた。一人でも多く仕留めれば、それだけ三人が逃げられる確率も上がる。そう考えれば、疲労も不思議と感じなくなった。しかし、体力はあくまで有限で無限にはならない。集中力も切れかかり、油断したところで仕損じた者の刃がカイルへ届きそうだ。
(あ、ヤバい……)
終わったと確信した直後、見覚えのある太刀筋が暗殺者を斬り捨てた。
「……どうして、あなたが、ここに?」
自分は、ゲオルグに救われたようだ。疑問を語るカイルの心境は今までにないほど動揺している。助けられた礼を言えずにいるほどだ。こちらから質問はしたが、やはり聞くべきではないと思う。耳に入れなければ状況が変わってくれるのか。
「……――」
現実逃避じみた考えが浮かんだと同時に、彼からフェリドとアルシュタートの死を告げられた。 続けて、ガレオンはリムスレーアとミアキスの元に向かったと説明される。
これは、ひどい夢だ。先ほどから何度も思う。しかし、絶望している暇はない。まだ、やるべきことが残っている。
「……わかりました。ミアキス殿とガレオン殿がいるなら、姫様はひとまず安心ですね。じゃ、オレは太陽の紋章の方へ向かいます。あいつらに、気安く触らせてなんてあげません」
ゲオルグは、自分も行こうと言わんばかりの表情を浮かべている。とても心強いが、その提案は受け入れられない。
「ゲオルグ殿は、王子たちを探してください。もし、まだここに残っていたら、一緒に逃げちゃうべきです」
それまで以上に声量を落とし、提案を伝える。
「おまえ一人で、大丈夫なのか?」
「はい。さっきはちょっとだけ、油断しました。次は平気です」
根拠もない一言だけで、彼を安心させられないとは自覚している。
「俺一人の命より、絶対に優先しなければならない方々がいる。あなたも、わかっているでしょう?」
どうか、王子たちを守ってほしい。このままゴドウィンの思い通りにはさせてたまるかと、様々な感情がカイルを突き動かす。
「自棄になるなよ? おまえにまで何かあったら、あいつらは更に傷を負う……俺も、その中の一人だ」
納得してくれて安心するが、ゲオルグはカイルを何としても死なせたくないようだ。
「えぇ、心得てますよ。オレの命を使うのは、最終手段として残しておきます」
口先だけで語りつつ、カイルは自らの命が奪われてもいいとの気持ちは変わらない。彼に案じられたことで今は不要な感情が浮かんでしまう。
(やっぱオレ、ゲオルグ殿が好きだなー……)
そんな風に考えている場合ではない。しかしこの後、無事でいられる保証もなかった。心置きなく戦うためには、今の気持ちを放置してはいけない気がすると直感が言う。
「それじゃ、任せました。お互い、頑張りましょー!」
こんな時だからこそ、普段通りの明るさで振る舞う。
「――」
困惑しているようなゲオルグの耳元に顔を近づけ、限られたわずかな時間で思いをまとめる。 驚きを隠せていない彼を微笑ましく思う。なんて場違いな感情なのだろう。だが、これが最後になるかもしれないなら許されるはずだ。自分は、誰に許しを求めているのか。よくわからない心境のまま、カイルはその場を後にする。
再び暗殺者を斬り捨てながら太陽の紋章の元へ向かう途中、ゲオルグに告げた言葉を心の中で繰り返した。
(ゲオルグ殿を、オレは誰よりお慕いしていますよ)