迫りくる

星の祝祭Ⅱの開催記念公開作品。C101発行のゲオカイ短編集改め長編より抜粋。闘神祭を終えて、一行がソルファレナに帰還後の妄想文。

あれは自分にとって都合のいい夢かもしれないと、ゲオルグは常に考えている。好意を持ち始めていたカイルの思いも寄らぬ提案に応えた。あの日以来、彼とは親密な関係が続いている。こんなことをしている場合ではない。それでもゲオルグは、カイルと過ごす時間を手放せなかった。
この愛しい時間には、終わりが迫っている。薄々感じていたからこそ、限りある今を切り捨てられなかった。その時は、自分が思っている以上に早く近づいている。
闘神祭が終わり、ストームフィストからソルファレナへ戻る道中。周囲は穏やかに談笑していたが、それぞれの心境は重苦しく沈んでいると察した。このままゴドウィンの優勢を許すわけにはいかない。だからこそ自分はここにいるのだと、ゲオルグは己の立場を再度意識する。まだ、成す術を全て出し尽くしてはいない。気持ちを切り替えつつ、太陽宮に戻ったらカイルと意見を交換しようと考えた。彼にはフェリドが、あらかじめ手紙を送ったと聞いている。これなら話が早い。

 

王都の港に到着すると、早々にカイルが出迎えてくれた。
「おかえりなさーい」
普段と変わらない笑みを浮かべる彼を見て、ゲオルグは一時の安らぎを得る。続いてゼガイに自己紹介をしている当人も、心境は穏やかではないはずだ。
「そうそう、ゲオルグ殿。約束通り、お土産話をいっぱい聞かせて下さいねー」
突然の話に驚く。そんな覚えはない。単に自分が忘れている可能性も無いとは言い切れないが、ここは何か意図があると考えた方が自然だろう。
「そうだな。時間が空いた時にでも聞かせてやる」
カイルに合わせて返答すると、嬉しそうに笑んでくれる。はしゃぎ過ぎだとアレニアに叱られても、気にしていないと言わんばかりに彼は上機嫌だった。

 

闘神祭関連の書類作成を終えて自室に向かうと、部屋の前に立っているカイルの姿が見える。やや早足で近付いた直後、ゲオルグに気付いて手を振ってくれた。
「お疲れ様です」
「あぁ、待たせたか?」
「ちょっとだけ」
周囲に自分たち以外の気配がないことを確認し、カイルを部屋に招き入れる。
「カイル――」
先ほど話題にあがった約束について、本当に交わしたかを問う前に抱きつかれた。
「久々の、ゲオルグ殿だー」
甘え上手な彼に心を掴まれ、考える間もなく抱きしめ返す。
「すっごく退屈だったんですよー。留守番がザハーク殿とじゃなくて、あなたとだったら良かったのにー」
確かにそれは魅力的な話だが、彼も本気で話しているわけではないだろう。
「……なんてね。そんな気持ちだったら、女王騎士は務まりません」
やはり、ほんの軽口であったようだ。こちらを見据えて語る彼は頼もしい。片頬に触れようとすると、何かを思い出したかのようにカイルが声をあげる。
「それじゃ、お土産話。始めて下さい」
ゲオルグから離れ、寝台に腰掛ける彼は話を聞く体制だ。
「一つ、いいか?」
「はい、なんでしょうか」
「それは本当に、あらかじめ約束していたか?」
思わぬことを言われたと、彼の表情から読み取れる。
「……やっぱりゲオルグ殿は、律儀な人ですねー。いや、オレが不真面目過ぎるのかなー」
違うと、こちらが口を挟む隙を与えずに話は続けられた。
「まぁ、オレの話はどうだっていいですね。記憶がなくて当然です。だって、ただの出任せですから」
「そうか。それならよかった」
忘れていたわけではなかったので、ひとまず安堵する。
「あなたと二人きりになりたいから、とっさに言っちゃったんです。ここからはきっと、こうして一緒に過ごせる時間も減っていきそうだし」
フェリドからの手紙を読み終えたうえで判断したのだろう。気をつかわせているとは理解しているが、嬉しいと思わずにはいられなかった。
「とりあえず、話を聞かせて下さい。ある程度は把握していますけど、生の声も耳に入れておきたいです」
楽しい話題は持ち合わせていない。相手の気分を害してしまうだけだ。とはいえ、カイルの気持ちには応えたい。では、どんな話をすればいいのか。
「難しく考えないで下さい。オレはただ、ゲオルグ殿の素直な気持ちが聞きたいです」
沈黙が長かったせいか、相手に助け舟を出される。カイルのおかげで肩の力が抜けた。彼の言う通り、己が感じたことを言葉にすればいい。
「……色々、あり過ぎた」
彼の隣に腰掛けて一息つく。不穏な空気は匂わせないように注意しながら、ゲオルグは話を始める。ベルクートの話を中心に、闘神祭について良い意味で心に残った事柄を語った。
「やっぱ、実際に見た人たちは驚いたんでしょうね。きっと、フェリド様みたいに」
その話は友人から直接聞いたことがある。一部からは歓迎されていないとわかったうえで、場を熱狂させた瞬間はとても爽快だったと話していた。
「あの方が闘神祭に参加した時も、すごかったんだろうなー」
「あぁ、ある程度なら想像出来る」
「やっぱ、ご友人だからですよね。うらやましいなー。あ、でも……オレとしてはちょっと恐れ多いかも」
カイルらしい感情だ。続く彼の話に耳を傾けながら感じる。
「フェリド様とは対等じゃなくて、今のようにお仕えする方がオレには似合ってます」
「そうか? 共に肩を並べたっていい。あいつも喜ぶんじゃないか?」
「そうでしょうね。気持ちの問題だと思います」
謙虚だとを改めて感じながら、引き続き彼と過ごす時間を楽しむ。カイルの肩を抱き寄せると、嬉しそうに笑んでくれた。
「やっぱオレも、今回の闘神祭は実際に見てみたかったなー」
ゲオルグに身体を預けながら、相手は話を続ける。
「そろそろ留守番も飽きてきました。王子と姫様がルナスに行く時は、絶対に着いて行きたいです」
「フェリドに話してみるといい」
「ゲオルグ殿からも、フェリド様にお願いしてくれたら助かります」
「そうだな。頼んでみるか」
快く引き受けると、嬉しいと言わんばかりに抱きつかれる。想像以上に勢いが強く、そのまま横倒れになった。
「すまん。受け止められなかった」
「大丈夫ですよー。むしろ、嬉しいです。ゲオルグ殿の不意を突いたんですから」
顔を埋めたまま語るカイルの声は、とても弾んでいる。しかし、心の中では様々なことを考えているのだと察した。その直後、相手が顔をあげる。それまでの表情とは違い、笑みが消えていた。
「ゲオルグ殿。オレに気をつかってませんか?」
改まった様子で問われた。どちらかと言うと、カイルこそゲオルグに気配りを続けていると思うが。ひとまず今は、返答するべきだ。
「少しな。事態は既にフェリドの手紙を読んで把握しているんだろう? 何度もおまえを不快にさせたくはない」
彼を愛おしむように片頰を撫でながら語ると、笑みが戻った。
「そのお気持ちだけで、とっても嬉しいです。オレはただ、ゲオルグ殿と意見の共有を望んでいるんで。どうか、思い詰めないで下さい。って、それなら最初から言えばよかったですねー。すみません」
カイルはゲオルグが思う以上に芯が強い。甘えるように抱きついているのにも関わらず、こちらを慈しむような温かさも同時に伝わった。本当に不思議な男だ。彼に魅入られるまま、その唇を己の唇で塞ぐ。
「……もしかして、話したくないんですか?」
すぐに口を離すと、申し訳ないと言わんばかりに訊ねられる。はぐらかされたと考えているのかもしれない。
「違う。単に、したくなっただけだ」
「えー。話の途中なのに?」
「すまん」
罪の意識は少なからずあったので、素直に謝る。
「ついでに、もう一ついいか?」
「どうぞ」
「体制を変えないか? 俺たちが話そうとしている内容は、とても深刻だ。このままでは多少、気が散る」
続けて本心を伝えた。カイルと密接している状況もまた、魅力的ではある。しかし、本能に忠実になってしまえば話が進まない。
「それもそうですね。失礼しました」
カイルはゲオルグから離れて、寝台に腰掛け直した。名残惜しいとの感情は心の奥底にしまう。
「……思った以上に、相手側は頭が切れるようだな」
続けて彼の隣に同じく座り直しながら、話を切り出した。
「そうですね。色々企んでいるとは想像出来たんですけど。まさか、ここまでやるなんて。一般の人まで傷つけて、なり振りかまってられないんだなー」
マリノの話について触れていると察した。彼女を思うと、今も心が痛む。それは、自分以上にサイアリーズが悔やんでいた。
遅かれ早かれベルクートに目をつけていれば、マリノの存在は気付かれてしまう。仮に自分たちと関わっていなかったとしても、巻き込まれてしまうのは避けられなかったはずだ。些細な偶然さえ全て利用する、ギゼルのやり方なら頷ける。
「そうだ。ゲオルグ殿もお疲れ様でした。王子から聞きましたよー。決勝戦前夜、徹夜で見張りを務めてくれたって」
「結局、徒労に終わったがな」
「そーゆーこと、言わないで下さい」
苦笑混じりに応えると、再び笑みの消えた相手から透かさず言葉を返された。紛れもない事実を述べたに過ぎないが、不甲斐ない己をこの男は労ってくれている。これ以上卑屈な思いを口にしては、彼を踏みにじってしまう。
「すまなかった」
心を込めた謝罪の後、カイルの表情に少しだけ笑顔が戻る。
「オレの方こそ、すみません。ゲオルグ殿の心境も考えないで、遠慮が足りてなかったです」
「それなら気にしなくていい。おまえには、包み隠さず話してほしいからな」
「じゃ、ついでにもっと吐き出しちゃおうかなー」
「あぁ。俺も同じく言わせてもらう」
互いの気持ちを打ち明け合った後で微笑む彼からは、切なげな様子も感じられた。
「……オレが考えている以上に、ゲオルグ殿は悔しいんでしょうね」
「そう言うカイルも、同じ思いなんだろう?」
「はい。大切な人たちを苦しめる彼らを、オレは絶対に許せません」
相手もまた、もどかしさを感じているのだろう。言葉のいたるところから伝わった。
「ゴドウィン卿は今頃いい気になっているんだろーな。それも今のうちだってことを、教えてあげましょうね」
彼らが一筋縄ではいかないと、わかりきったうえでカイルは軽口を叩いているのだろう。この男と接して決意を再確認出来た。今では信頼している彼に、ゲオルグは率直な思いを言葉にする。
「同感だ。これ以上奴らの優勢を許すわけにはいかん」