大喜利大会その2

お題:初めてカイルがゲオルグの前で髪をおろす。その時の彼の反応は?
3本勝負の内、2本目です。お題提供はえのもとさんより!

 

ゲオルグが女王騎士として就任して間もない頃。フェリドの頼みでもあった王子の手合わせに明け暮れていた。その日も修練場にて王子を待っていたのだが。そこに現れたのは意外な人物であった。
「カイルか。どうした?」
大方、見学目的なのだろう。と、仮説を立てながらもひとまず問う。
「いやー。ちょっと、ゲオルグ殿と手合わせしてもらおうかなーって」
その手の答えは全く予想していなかった。少々驚きはしたものの、カイルの申し出を喜ばしく思う。
「そうか。あいつが来るまでの間……相手になろう」
無名であった少年が、フェリドにその武術を見出されて女王騎士となった。カイルの経緯を耳にしていたゲオルグは、彼に興味を抱いていたのだ。
「いえいえ。それについてはお構いなく」
「ん?」
「今日のあなたの相手は、オレだけです」
またしても予想範囲を超えた返答に、ゲオルグはそれまで以上に驚く。
「何故、そうなった?」
「王子に代わってもらいました」
カイルは何処か得意げに語る。しかしその言葉だけではいまだ納得する事は出来ない。
「フェリド様のご友人で何処かの国で将軍も務めた人。そんな凄いあなたに、前々から興味を持っていたんですよねー」
興味を持たれていたのか。この男は同性についてこれといって感心を持つ印象を抱いた事は無かったが、どうやら偏見であったようだ。
「それで? あいつに頼んで代わってもらったのか?」
「そーです。ずっとずっと王子がゲオルグ殿を独り占めにしてるから、一回ぐらいいいじゃないですか。って、お願いしたんですよ」
目上の人間に頼み事をするとは。周囲にそれを知られてしまえば、不敬罪だと糾弾されてしまうだろう。しかしそれはこの男の事だ。上手くやっているに違いない。
「あいつもよく許したな。フェリドはこの事について聞いているのか?」
「今はまだ知らないと思います。でも、時間の問題だなー。でもオレ、ほんとにあなたとは一度手合わせしたいなって思ったんですよ」
咎められるかもしれない事を覚悟したうえで王子に願いを告げてここまで来たのか。不覚にも嬉しいと、確かに心が感じた。
「まー、ゲオルグ殿がオレと一緒にフェリド様に叱られるのが嫌って言うなら。この話は最初から無かった事になってしまうんですけどね」
旧友に叱られる程度で自分も密かに興味を抱いていた相手と手合わせが出来る。ならば安い話だ。
「おまえがそれなりに覚悟を決めてここまで来たんだ。それを無下にする事は出来ん」
「わー、優しいんですね。よかったー」
嬉しいと言わんばかりにカイルは笑みを見せる。それは普段彼が周囲に見せている笑顔とは少し違うような気がする。それは心からの笑みなのかもしれない。何にせよ、自惚れである事は自覚していた。
「あ、そうだ」
カイルは何かを思いついたような声をあげる。
「どうした?」
「オレのお願いを聞いてくれるんだから、ゲオルグ殿も何かオレにお願いを言って下さい」
周囲には軽薄そうに見せて実はそうではない。思慮深く、律儀だ。カイルはそのような男であるとゲオルグは再度実感する。その姿勢に好感を持っていると確信したのはつい先日の出来事であった。
「何でもいいですよ? スイーツのお店巡りだってあなたの気が済むまで、とことん付き合ってあげます」
確かにそれは魅力的な話だ。しかしゲオルグには既に別の願いが浮かんでいた。それを口にしようか秘めたままでいるかを考えていると、カイルが言葉を続ける。
「まー、それはオレ得な話でもあるんですけどね」
「おまえも実は甘味が好きだったのか?」
「えー!? そう訊いちゃいますか……」
驚きを露わにして語る様子には、少々こちらに対しての失望のようなものも感じた。彼の反応で気付く。どちらかと言わずともすぐにわかる。カイルがゲオルグと同行しようとする理由は、甘味が目当てではない。その行く先々で出会えるであろう女性客目当てだ。彼からの思いも寄らぬ嬉しい提案に、判断力も落ちていたと気付く。
「すまん。突拍子のない事を言ってしまったな」
カイルの思いには既に気付いている。だがそれをこちらから口にする事は失礼ではないか。せっかくこちらの望みを叶えようと言ってくれているのに対し、これではそれこそ失礼にあたる。
「オレが好きなのは甘いものじゃなくて、ゲオルグ殿ですー!」
「……?」
どうやら都合の良い聞き間違いをしていたようだ。
「あーもう、全然聞いてないって感じですね? おかしいなー。脈有りだって考えてたんですけど」
「おまえ……」
まさか先ほどのそれは聞き間違いではなく、実際にこの男が言葉にしていた事なのだろうか。
「それについては、もういいです。とりあえずゲオルグ殿はオレに何かして欲しい事って、ありますか? 無いならやっぱスイーツ店巡りが妥当なのかなー。でも、あなたが甘味は自分一人で楽しみたいって言う事もあり得そうですしねー……」
「本当に、どんな願いでも聞こうとしてくれるのか?」
相手の様子を窺うより先にカイルに問う。少なからず好感を抱いてくれている事に気付いた故だ。そのわずかに感じる事の出来た好感も、今から無下にする事を覚悟で言葉を続けた。
「その言い方だと、何かお考えがありそうですね」
「あぁ」
「どんな考えか、教えてくれますか?」
「ほんの少しでいい。おまえに触れたい。例えばその髪に……っ?」
前触れを感じさせない様子であったがため、容易く懐に踏み込まれる。それに気付いた時には既にカイルがゲオルグへ抱きついていた。
「なーんだ。やっぱり思った通りだ」
「カイル?」
「ゲオルグ殿。オレに気があるんでしょー?」
「無いと言えば嘘になるな」
あくまで冷静に答える。否定する事に特別利点を感じられないからだ。この男の洞察力は恐ろしいほどに的確だ。その彼に心境を見抜かれているのであれば、誤魔化す事は無意味と思う。
「あなたほどの方が、何でこんな不良騎士に興味を持って下さったのか。気になりますね」
「ただの不良騎士ではないからだ」
抱きしめ返したい衝動を抑えながら、淡々と返す。
「おまえが何者であるかを考える度、想いが募る」
「何者ってそんな。オレはオレですよー?」
こちらの言わんとしている事を理解したうえでの返答に違いない。このままカイルに触れられていたままでは、趣旨が本来あるべき場所から遠ざかる一方だ。
「とにかく、まずは手合わせをするんだろう?」
カイルに触れたいといった感情を抑え込めたわけではないが、そうして口にする事で彼が離れてくれる事を願う。密かに想いを募らせていた相手に触れたいとも思うが、せっかくの彼との手合わせを棒に振る事は避けたい。今後もこのような機会が訪れてくれるとは思えないと考えていたからこそだ。
「それもそーですね。でも……」
「……?」
何を思ったのか、カイルは結われている髪を解き始めた。
「もう少ししたらきっと王子たちが様子を見にここへ来る。その前に、どーぞ」
この男は先ほどの言葉を聞いていてくれたのか。 思えば彼はゲオルグを好いていると言っていたような気もする。何にせよ自分は今、心境を計られているのだろう。こちらの手の内は既に見抜かれつつある。それならば今の直感に従うまでだ。ゲオルグはカイルの頭頂から肩にかけてその髪に触れる。
「随分と、優しく触れるんですね。意外だなー」
「何がどう意外かは知らんが、こんなに綺麗な髪を手荒く扱う気にはなれん」
微笑みながら思いを隠す事なく伝える。
「もー……そういうところなんですよ」
「ん?」
「何でもありませーん」
心なしかカイルの頰が赤くなっていたように見えるが、それもまた都合のいい見間違いであるのかもしれない。この後はカイルと手合わせをするとして。更にその後はどうするべきか。相手に秘めた想いを悟られてしまっているのであれば、この先の身の振り方を改める事も考えなくては。
しかし今は思わぬところでカイルに触れる事の出来ている状況を存分に堪能しようと考える。手合わせの機会以上に、次にまた今のように彼に触れられるような事が訪れてくれるとは思えずにいたのだから。