2018冬コミ 新刊サンプル

*R-18 18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さいますようよろしくお願いいたします。
ゲオルグ×カイル シリアス気味。本編ED周辺。
全てを終えたゲオルグがカイルを想いながら出国するまでの話。
前作「ほだされる」(→サンプル)と若干の繋がり有。

起きてしまった戦いもようやく終わりを迎えられた。失ったものはあまりにも多いが、今は戦の終息を喜ばしく思うのみにゲオルグは留めていた。
 本拠地の自室で酒と甘味を嗜みながら物思いに耽る。こんな風にのんびりと過ごせるのも全てが終わったからだ。本当に今まで様々な事があった。気付けばゲオルグは、この国に訪れた当初からの回想を始めていた。

ファレナに入国する前から自分は歓迎されないと理解していた。ここは余所者について快く思わない貴族が多いと、予めフェリドから聞いて悟ったからだ。不快な思いをさせてしまうと彼は懸念していた。しかしゲオルグはそれについて一切気に留めない。彼から受けた恩を返す時が来たと喜ばしく思うのみだ。
 自分の入国を面白くないと感じているのは貴族だけとは限らないと警戒していたからこそ、カイルがこちらの手の内を探ろうとしていると気付けたが。それは瞬時に理解していたわけではない。

いくらフェリドに世話役を命じられたとはいえど、何かと気さくに接してくる彼に少しずつ疑問を抱いたからだ。暇があれば様々な女性と過ごそうとするらしい彼が、その貴重な時間を割いて自分と接する利点を考えた。そうして自ずと答えが見つかる。カイルはゲオルグを疑い、こちらの思惑を探ろうとしていると考えて間違いないと確信した。軽薄そうに見せてフェリドへの忠義に厚い彼にゲオルグは好感を持つ。
 自分はカイルの味方だ。真摯に伝えればあの男も信用してくれるだろう。そう思っていたが、実際ゲオルグはカイルに心境をあえて打ち明けようとはしなかった。こちらの思惑を暴くという彼の目的が達成してしまえばカイルはそれまでよりゲオルグと接してはくれなくなる。惜しいと率直に思ったので限られた時間での駆け引きを楽しむ。頭のいいあの男はいずれ、こちらから心境を打ち明けずとも自ら答えに辿り着くだろう。それはそう遠くない話だと思ったからこそ彼と過ごす時間を堪能したいと欲が芽生えた。そうしている場合ではないと理解していたが、フェリドの腹心と良好な関係を築くのは決して悪い事ではないと思ったうえでカイルと接していた。今思えばそれは良好な関係と言うには少々親密過ぎていたが。そして、言い訳じみていた。

カイルにここまで思い焦がれてしまったのは、ゲオルグにとって一つの誤算であるが後悔はしていない。カイルへの思いに気付き、思い続ける事は得策でないとわかっていたが。それまでの態度を止めようとは思わなかった。

いずれ事が起きれば否が応でも動かなくてはいけない。だからこそ残された時間を後悔無く過ごしたかった。彼への秘めた恋慕を捻じ曲げようと無理に態度を改めれば、カイルやフェリドを困惑させてしまう。自分自身の行動にも支障が出ると考えたので、振る舞いを変えようとはしなかった。彼と親しくしていた様子をフェリドが喜んでくれていたのも要因の一つだ。それもまた言い訳に過ぎないかもしれないが、カイルと距離を置けばフェリドに不必要な気遣いをさせてしまうとも考えていた。しかしそれは甘えた考えでもある。何かと理由をつけ、ゲオルグはカイルと共に過ごす事を選び続けた。

聞けばカイルもゲオルグと同じ気持ちだったようだ。こちらを油断させるための手法と警戒はしつつも素直に嬉しかった。例え不利に陥ったとしても彼と濃密な時間が過ごせるのであればいい。カイルは自分の身がどうなろうとも王族を護る意思があるとゲオルグは理解する。迷いのない強い意志を持っている様にもまた、惹かれたと確かに記憶していた。相手がどう思おうと自分の意志は変わらない。カイルがゲオルグに抱かれる事を例え本意と思っていなくとも、こちらはこちらの思いを貫き通した。

自分がこの国に招かれた理由を忘れたわけではない。カイルと穏やかに過ごす時間は早々に終わりを迎える。限られた時間の中で時を共に過ごし、あの男を余す事なく堪能したつもりでいた。しかし一度抱いてしまった思いは名残惜しさ故に迷いを生む。あくまでそれは当人に知られる事もなく、胸中に留められていたのが幸いだ。割り切れない感情についてはそこまで深刻に悩んでいたわけではない。時が来ればそのような感情にばかり浸ってはいられないと思っていたからだ。

実際に事が起こり、自分の考えは正しかったと実感した。秘めた思いよりも優先しなくてはいけない物事に自ずと気持ちが向いてくれる。当時の自分は恋慕以外に最優先すべきものがあると心から思っていた。ロードレイク視察に向かう目前に抱いた直感も正しかったと同時に感じる。

カイルを初めて抱いたのはその数日前だった。彼と密かに顔を合わせる機会が減る前に一度、身体を重ねられて本当に良かったと感じる。

視察から戻った後は予感していた通り、二人で顔を合わせられる瞬間はそれまでより激減していた。その時間を堪能出来るのはほんの一瞬で、夜を共に過ごすなど無理だと思い知る。

事が動き始めてしまっている故にゲオルグもカイルもそれぞれ公務に追われていた。自分はよりこの国の状況把握を兼ねたうえでの、王子たちの護衛。相手は太陽宮に留まり、フェリドの補佐。ほんの少し顔を合わせられるだけで奇跡だった。それまで以上に限られた時間で秘密の時間を共有するたびに愛しさを覚えた。その中に巣食っていたもどかしさもまた、カイルへの愛欲故だと痛感する。その思い全てを上手く割り切れたのはフェリドへの恩を返すためという思いが根底にあったからだ。
 事が起きてしまった当時。直前まで躊躇いはあったものの、自分が起こしてしまった行動について後悔はしていなかった。動揺するも旧友の願い通り動けたのは賞賛したい。出来る事ならば、このような結末だけは避けたかったが。フェリドやアルシュタートを慕っていた者たちの姿を思い浮かべては胸を痛めた。ファレナ女王国が消滅してしまう。それだけは何としても避けたいというフェリドの願いは叶えられた。しかし全く葛藤が無いわけではない。何故だと訴えかけてきたサイアリーズのやりきれない思いが乗せられた言葉と悲痛な表情は、ゲオルグの脳裏に色濃く残っていた。
 太陽宮から王子たちを逃し、自分は大罪人として追われる身となる。安息はとうに過ぎ去ったと思いきや。レインウォールからラフトフリートに一同が拠点を移した時、それは不意に訪れた。

バロウズのしがらみから解放された面々はそれまでよりも肩の力が抜けたように見える。それはゲオルグにも同じ事が言えた。ほんの少しだけであるが、今までよりも心にいくらか余裕が持てた瞬間だった。落ち着いた時間もそれまでよりは取れたが、太陽宮にいた頃とまではいかない。と、思うのは贅沢だ。触れられなかった時間を埋めるように、ゲオルグはカイルを荒々しく抱いた。


 追われている身であると周囲が気にかけてくれたのか、あてがわれたゲオルグの部屋は複数の通路で入り組んだ先の奥まった船の一室である。そこに訪ねて来てくれた彼を抱きしめ、唇を貪った。
「っ、ん……」
 漏れる吐息から彼が困惑していると伝わる。自ら仕掛けておいて、こちらも同じく困惑していた。まずは彼と話すべきではなかったのか。少し前まではそう思っていたはずだ。実際は当初に考えていた事とは全く違う行動に出てしまっている。

しかし今更やめようとは思えない。本能と理性の不一致に戸惑う。その間もカイルを求め続ける。しばらく触れていなかったにも関わらず、指先は彼への触れ方を鮮明に覚えていた。熱のこもった相手の声は心からのものと信じつつ気を利かせてこちらに順応しているとも同時に考えた。彼の反応に甘えきってしまっている。
「そんなにがっついて……照れちゃうなー……」
 薄暗がりの中でも捉えられたカイルの美しい瞳。薄青の水面を思わせるそこには苦笑している自らの姿が映っていた。
「そんな顔、しないで下さい」
 こちらを労うようにカイルが微笑みかけてくれる。これ以上の躊躇いは相手の気遣いを踏みにじるも同然だ。それもまた都合のいい解釈と認め、ゲオルグはカイルに触れ続ける。これは一種の開き直りかもしれない。自らがどうしようもない事すらゲオルグは受け入れる。

この瞬間、彼に触れられるのであれば何だってよかった。今だけはそれまで抱いていた罪悪感も一切気に留めずカイルを抱こうとする。もう二度と触れられる事すら許されないと思っていたあの夜。太陽宮で別れた時から覚悟を決めていた。当時区切りをつけたはずの恋慕は心の奥底で燻っていたようだ。
「あっ……、――」
 容認してくれたとはいえど引き続き彼は戸惑いの声をあげる。ゲオルグを気遣おうとしてか、それは最小限に留めようとしていると察した。カイルに対する情欲が抑えきれない。
「嬉しい、なー……こんなに、求めてくれて……」
 鎧を外し合い、軽装のみになったところで寝台に彼を組み敷く。その声音からは微かな恐れすら感じる。
「本当に嫌なら、言ってくれてもいいぞ」
 この男を抱きたいが、それと同じくらいに傷付けたくはないという思いもある。だからこそ問えた。今のこの状態では口先だけの言葉と受け取られても仕方がないが、心からの言葉である。
「そりゃ、ちょっとは怖いですよ? オレが知っているあなたは、最初からこんなに荒々しく求めては来なかったから」
 思わぬ事を聞けた。初めて彼とその関係を持ち始めた頃、上手く余裕を取り繕えているかを危ういと感じていたが。それを今、当人の言葉によって杞憂だったと教えられる。過ぎた話ではあるが安堵している最中、カイルは言葉を続けた。
「でも。さっきも言いましたけど、嬉しいんですよ。ゲオルグ殿が余裕なくオレを求めてくれるのが。……のぞむところです。ってのが、全部ひっくるめた本心って事で」
 微笑みはそのままに真っ直ぐ見つめられる。柔らかな表情ではあるものの、その眼差しからは彼の強い意志を感じた。
「なるべく気を付けるが……辛い思いをさせてしまったら、すまん……?」
 両腕を首に回されて視界がぼやける。相手の唇が自分の唇に重ねられた。誘われるがまま唇を開け、早々に互いの舌と口内を貪る濃厚な口づけを交わし始める。気遣いなど不要。カイルの意志を感じ取り、彼の呼吸さえ奪ってしまうように激しく唇と舌を吸う。
「っ……、ちょ、ストップ……」
 弱々しく肩を押されたので唇を離す。どうやら相手の言葉を聞き入れられるほどの理性は、まだ残っていたようだ。相手が呼吸を整えている様子を見守りながら性急になり過ぎない事を注意したうえで鎖骨から首筋にかけてを撫でる。
「こんなに、激しいの……初めてかも……」
「あぁ、俺もそう思う」
 互いに苦笑を浮かべ合い、カイルもゲオルグの後頭部から頸を撫で始めた。
「ん。もう大丈夫ですよー……」
 呼吸を整え終えたと悟り、再び唇を塞ぐ。やはりそれは余裕を持ち合わせていない荒々しい口づけだ。
「っ、ぁ……はっ」
 呼吸の隙を与えては再度唇を貪り続ける。彼を気遣える理性が何処まで保つかを少々不安に感じながらカイルの性器付近まで触れていた手を移す。少々焦らすように触れると、そこではないと言わんばかりに不満を滲ませた視線と目が合う。この男も乗り気であると確信した後でようやくそこに手を伸ばした。ひと撫ですると既にやや反応してくれている。独りよがりでも構わないと思っていただけに目眩がするほど嬉しかった。
「んっ……!」
 下履きは脱がそうとせず、そこに手を忍ばせて窮屈な空間で性器に指を絡める。先走りと、こもった熱がその手に纏う。
「っ、まって……ゲオル、グ……ど、の……」
 口づけの時と同様カイルがゲオルグの両肩を弱々しく押す。それまでよりも力ない制止を聞き入れられる理性は既に残っていなかった。もっと乱れてほしい。その一心で吐精を促すために荒々しくそれを擦りあげた。
「も、しょーがな、い……なぁっ……」
 ゲオルグの意志を察したカイルは諦めたようだとその笑みから悟る。肩に触れていた両腕は自らの下履きに移って声を漏らしながらも脱ぎ始めた。これを妨げようとまでは思わなかったので彼の好きにさせようと動きを止め、一旦そこから手を離した。自身が露わになったところで再び触れて、それまでより動きを早める。
「っ、ん! ――」
 その直後、カイルが達した。一瞬動きを緩めた事が緩急となってより相手を感じさせたのかもしれない。
「……、悔しい、なー……こんなに早くイっちゃうなんて……」
 苦笑するカイルを見下ろす。彼が放った精液に塗れた上半身が扇情的だ。本能のまま、手始めに腹部に顔を近付けて舌を這わせた。
「ぁ、……濃い、でしょ……」
 たった今思っていた事について語られる。頭上から聞こえる彼の声に情欲が更に膨らむ。腹の筋をなぞるように舌を這わせていると、頭を撫でられた。
「オレも、ゲオルグ殿を気持ちよくさせたいんですけど……」
 腰を動かす様子から更なる悦楽を欲していると思ったが。まだこちらを気遣える理性が相手には残っていたようだ。
「かなわんな……」
 密かに抱いたはずの思いは、自然と言葉になっていた。相手にそれが聞こえたのかを確認しようとはしない。少々ばつの悪い思いを抱きながら逃げるように萎えかけていた性器に唇を押し当てた。
「……、!」
 この男はその独り言を聞き返そうとはせず、微かに吐息を漏らすのみだ。今もこちらを気遣ってくれているのだとも同時に思う。考えれば考えるほどカイルが愛おしくてたまらない。
「カイル……」
 早く、抱きたい。溢れる思いをそのままに後孔へ指を挿入する。手入れもままならなかった指先が相手を不必要に傷付けないよう慎重に奥へ進めた。それについての理性が残っていた事に安堵する。
「そ、っかー……ここ、で……気持ちよくなりたい、んですね……っ!」
 彼の問いには行動で肯定しようとする。記憶を頼りに、以前知った彼の特に弱い内部を擦った。性急な動きは相手から言葉を奪うのに充分過ぎるほどの威力を発揮する。
「……ゲ、オル……グ、どの……」
 髪を両手に強く捕まれ、何処か痛むのかと案じてカイル自身に埋めていた顔をあげた。物欲しそうにこちらを見下ろしている顔に息を呑んだ。そこから先は最後に残された理性も失って相手を欲のまま抱く。

周囲に気遣い、声を殺そうとしている彼の唇を貪り尽くした事。荒々しく抱かれているにも関わらずカイルは微笑みを見せてくれた事。感じているのはゲオルグだけではないと言わんばかりに自らの性器をこちらの腹部に押し当てながら腰を動かして煽りたてた事。それら全てを記憶に焼きつける。戦が始まってしまった今、これが彼に触れられる最後の機会かもしれない。

出来る事なら生きて欲しいと願わずにはいられない。しかし、互いの立場を考えてそれは無理だと割り切る。優先すべきは己の命ではない。それは護るべき者たちのためにいざとなれば捨てなくては。喪失に対する恐れから逃れるようにゲオルグはひたすらカイルを求める。時が許す限り身体を繋げ、飽く事なく触れ続けた。


性急な行為ではあった。しかしそれは互いに合意のうえだ。狭い寝台に身体を寄せ合って眠っていた中、ゲオルグは一人目が覚める。行為中は振り切る事の出来た様々な思いに再び苛まれ始めた。旧友を失い、その彼が愛した者まで手にかけてしまった事実。フェリドが密かに命じた通り動けたと己を再び賞賛するも、今度は上手く割り切れない。今も最優先すべきものを忘れたわけではない。だが、どうしても願ってしまう。隣で眠る彼を失いたくない。カイルを抱きしめ、やりきれない思いから逃れようと試みると想像していた以上の効果がもたらされた。

規則正しい寝息と心音はこの男が今も生きていると教えてくれる。彼が生きていてくれて本当に嬉しかった。レインウォールで再会した時に抱いた思いはこの先も忘れずに覚えていられるだろう。

カイルの体温はゲオルグの荒んでいた心を和らげる。不思議な男だと感じた。水魔法を得意としている故に、癒しの力が滲み出ているからなのかもしれない。と、思うが。自分が彼をそれほどまでに愛しているからという理由も当然含まれているに違いない。
 自嘲した笑みを少々漏らしながらカイルを抱きしめたまま現状について考え始めた。あの夜から王子たちは目を一度も逸らさず、悲しみを乗り超えて前を向いている。その様はとても頼もしい。悲観すべき事柄だけではないと心から思えるからこそ、ゲオルグも立ち止まったままではいられないと前を向けた。
 今もこの先も戦い抜こうと強く決意を抱けているのは、カイルと密かに過ごす時間も糧となっていたからだ。時間は限られていたので、身体を繋げる時はラフトフリートで彼を抱いた時と同様性急なものとなってしまった。今度こそこれが最後かもしれない。その思いが常にあったからだ。


「ゲオルグ殿って、こんなに人を激しく抱くんですねー……。抱かれれば抱かれるほど、そう思います……」
 ラフトフリートからセラス湖の城に一同が腰を落ち着けて間もなかった頃。初めてその場所に帰還した夜、ゲオルグがカイルを抱いた直後。呼吸を整えながら彼が囁いた。
「……これが、最後になるかもしれんからな」
 擦り寄る彼を抱き寄せ、額に口づけながら返す。決して悲観しているわけではない。あくまで事実を述べているだけだ。隠す理由もないので迷いなく思いを告げた。
「そうですよねー……。オレもあなたも、またこうして一緒に寝られる確証なんて何処にもない」
 胸元に顔を埋められてそこから囁かれる。外から聞こえる水音にカイルの声がかき消されそうだと感じたが、辛うじて聞き取れた。
「もしかしたら、あなたはそう考えているかもしれない。なーんて予想はしてましたが、当たっちゃいました」
 顔をあげた彼は得意げな笑みを見せてくれる。愛らしい笑顔にたまらず瞼へ唇を押し当てた。
「オレもー」
 今度はカイルがゲオルグの鼻先に唇を柔く当てる。
「自惚れかもしれないって思ってたけど……まさかほんとだったなんてなー。そこまであなたがオレに入れ込んでくれてるのは嬉しいです。こりゃ、そう簡単には死ねない」
 軽口で叩くそれが本心であってほしい。こちらがカイルに惚れている事を喜んでいる現状ではない。最後に呟かれた、簡単には死ねないという言葉だ。
「ちなみになんですけど。オレも同じ気持ちなんですよねー。ゲオルグ殿と寝る時は、悔いの無いようにしたい。さっきもそのつもりでしたけど……」
「ん……?」
 胸元に収まっていたカイルは身体を起こし、ゲオルグを組み敷く。
「やっぱ、まだ足りない……。あなたの気持ちを聞いたら、欲しくなっちゃいましたー」
 鼻筋から唇を彼のしなやかな指先でなぞられる。下唇を緩く押される頃には少しずつ静まったはずの情欲に火が着き始めていた。カイルはゲオルグを片手で組み敷いたまま、もう片方の手でこちらの自身を擦りあげる。抵抗する理由も見当たらなかったので相手の好きにさせていたが。やはりされるがままでは落ち着かず、繋がる手前で自分も身体を起こした。
「このままっ……挿入れたい……ですっ」
 肉欲を滲ませた表情に見下ろされ、望み通りにしようと浮かせていた彼の後孔に性器を当てる。先端がそこに触れた直後、腰が下され一気にくわえられた。
「すごい……っ、おっきぃ……」
 満足そうな笑みをそれぞれ見せ合い、どちらからともなく相手の唇に口づけた。後悔の無いように。つい先ほどのカイルの言葉が蘇る。それは常に抱いている事柄であるはずなのに何故今はそれが妙に引っかかるのか。あまり考えたくはないが、本当にこれが最後の瞬間なのかもしれない。その後もたった一度では収まらず、今度はゲオルグがカイルを組み敷いた。


 その時抱いた直感は、あながち間違いでは無かったようだ。彼と死別したわけではない。それが何より幸いと思う。あの夜の真相が軍全体に知れ渡ってしまった。その結果、本拠地に戻れぬ身となる。いずれ話さなくてはいけないと理解していたはずだった。しかし実際はなかなか打ち明けられずにいた事で、それは思わぬところから露呈しまう。完全に自らの責任だ。

太陽宮没落の一連はゲオルグの口から語られる事なく、明かされた。自分がどう思われようが構わない。しかし、そのせいで軍の士気が落ちてしまう事態だけは心苦しく思った。気を落としている場合ではない。例えどんな事が起きようとも前を向き続けなくては。ゲオルグはそれまで以上に単独任務に身を投じ続けた。何度か危険な局面もあったが、自棄になったわけではない。命を捨てる覚悟で挑まなくては軍に貢献出来ないからだ。
 王子たちの奮闘が身を結び、竜馬騎兵団を味方に率いた時。同じくして自分も本拠地へ戻るよう王子と軍師から命じられた。心苦しく思い、珍しく緊張していのはほんの一瞬だ。いざ本拠地に足を踏み入れると、武術指南を望む大勢の者たちに囲まれた。
「王子さんから聞いたぜ。単独任務が終わったんなら、これからは存分に指南してもらえるんだよな!」
 その中でロイが声をあげる。そうだと肯定すれば歳相応の笑みを見せて喜んでくれた。ここにいる者たち全ての指南を終えた後、高くあったはずの日は既に沈んでいる。心地良い疲労を感じながら自室に戻ろうと扉を開けた時だった。
「お疲れ様でーす」
 しばらく見られずにいた愛しい笑顔に出迎えられる。カイルは正装のまま長椅子に腰掛け、ここで寛いでいたようだ。
「あぁ。そっちもな」

外套を脱ぎつつ答えると彼が歩み寄ってそれを受け取ってくれる。続いて刀を預け、鎧を外した。
「いえいえ、圧倒的にあなたの方がお疲れでしょー。ずーっと武術指南してたんですよね?」
「あぁ。単独行動をしていた時以上に身体を動かした気がするな」
 刀を机に置いて再び椅子に腰を下ろしたカイルと同じく隣に座ろうとしたところで、自然と動きが止まる。こちらを見上げるカイルが、笑顔はわずかに残したまま鋭く睨んでいたからだ。

どうしたなどと、そんな質問は白々しい。彼が何故そのような顔をしているのか。心当たりなど深く考えずともすぐに浮かんだ。情けない事にカイルにかける言葉が見つからない。今はただ、視線を逸らさず相手を見つめ返す。
 少しの沈黙が続いた後。先に動いたのはカイルだ。その場から立ち上がり、ゲオルグの腕を掴む。それをこちらが認識した頃には長椅子に組み敷かれていた。少しでも気を抜けば椅子からはみ出ていた肩から地に落ちてしまいそうだ。
「たった一人で、頑張り過ぎですよー……」
 それまでゲオルグを睨んでいたはずのカイルは今までよく見せてくれていた苦笑を交えて言う。久しぶりに見られたそれは、ひどく懐かしく思えた。
「確かにそうかもしれんな……」
 同意は胸中に留まらず言葉になる。それまでゲオルグは軍全体の事ばかりを懸念していたが、少なくともカイルにだけは一足先に思いを告げるべきではなかったのかと何度も考えていた。   

彼を信頼していないわけではなかったが、自らの口でこの男が心から慕っている女王と騎士長閣下の最期を語る事は心苦しい。その思いが己の口を堅く閉ざした。それは偽善行為だったと思い知る。カイルが傷付く瞬間を見たくはない。恋慕を抱き始めた当初から持ち続けた甘えがそう考えるよう仕向けた。
 今更言い訳をしようとも思わない。すればするほど自分を惨めにするだけだ。何も明かさずにいた事によって愛想を尽かされたのだろうと感じる。このまま彼に殴られようが、それも全て受け入れよう。そう思っていたのに。
「カイル……?」
 動きを見せた手は掴みかかって殴るためではなく、ゲオルグの上服を開く。
「久しぶりの、ゲオルグ殿だー……」
 胸元を彼の指先に撫でられる。焦らすような触れ方は、こちらの様子を窺っているようだと悟る。
「……」
 愛想が尽きたのではないのか。何故、それまでと変わらずに触れてくれるのか理解出来ない。

今もこちらを気遣っているのかと、様々な思いが頭の中を巡る。押し寄せる疑問とわきあがる感情の、何から口にすればいいのだろう。こうして考えている間もカイルはゲオルグに触れ続ける。
「どーしたんですか? せっかく久しぶりに触れられるってのに……あなたは乗り気じゃないんですか?」
 睨まれていたのは何かの間違いであったかのように、首を傾げているカイルは恐ろしいほどゲオルグがよく知る普段の表情であった。彼はたったこの瞬間に気持ちを切り替えたのか。
「そんなわけがあるか。こんなところで突然組み敷かれるとは思っていなかったからな。驚いていただけだ」
「そっかー、よかった」
「だが、一つだけいいか?」
「なんでしょーか」
 こちらが言おうとしている事など、とうに見越しているだろう笑みに見下ろされる。やはりこの男には敵わないと以前抱いた感情を思い出しながら口を開く。
「ここではさすがに、狭過ぎる。場所を変えないか?」
 思うように動けない事にもどかしさを感じると目に見えていた。今の自分が相手に要求出来る立場ではないと思いながらも、あえて言葉にして相手に問う。
「まー、いっか。そう言うなら……いーっぱい気持ち良くして下さい。今まで離れていた分、全部の埋め合わせをお願いしまーす」
 胸元を撫でていた指が頰に移り、そのまま掌に優しく包まれる。
「当然だ……。触れたいのはおまえだけではない」
「言ってくれちゃいますねー……カッコいいなー」
 唇を触れ合わせた後。身体を起こしてカイルを寝台へ連れ込む。今も溢れる彼への様々な感情をそのままに、愛おしくてたまらないこの男を抱こうと決めた。