【ゲオカイ】不良騎士の幕引き(C100 新刊サンプル)

A6  40p  ¥300
本編のネタバレについて、一切配慮していません。
最終決戦直後からEDまでの時期。
全てを終えたカイルが今まで目を伏せていた喪失感と向き合い、ゲオルクと今後について話しながら気持ちの整理をつける話。シリアス寄り。

ついに王子は、大切な妹に続いて太陽の紋章を奪還した。王都に帰還した彼らは今度こそ心の底から安堵していた。それと同時に、今後について前を見据えたうえで強く在ろうとしていた。
『このようなことは二度と繰り返してはいけない。そのために、ぼくはこれから全力を尽くす』
太陽宮到着直後に、王子は周囲に話していた。そんな彼に透かさずリオンが返答する。
『わたしにも、お手伝いさせてください。いえ、わたしだけではありません。みなさんも王子のお力になりたいんです』
彼女の言葉にカイルは同意しつつも、尽力する己を想像出来ない。驚きながらも、それは一時的な感情だと信じて疑わなかった。

 

その数日後。王都の復興に力を注いでいる最中に、カイルは改めて戦禍の爪痕を思い知る。
それでも城下街に住む人々は王子たちと同様に前を向き、日々を生きていた。失ったものは、あまりにも多い。誰もが心に傷や喪失感を抱いているのだろう。だが、日を重ねるにつれて周囲の笑顔は次第に増えた。カイルも合わせて満面の笑みを見せるが、それは本音ではない。皆も同じ気持ちだと考えていた。無理矢理にでも明るく振る舞わなければ、先に進めない。
(でも、オレは……立ち止まったままでいいや)
自分は、戦い以外では役に立たない。なので、せめて周りに合わせて穏やかに接する。唯一残された、出来ることを全力で努め続けた。
自分が笑うと、周囲も同じく笑顔を返してくれる。少しでも気休めとなれば幸いだ。他者のためであったが、それと同時にカイルは己の心を偽ろうとして笑顔を絶やさない。気を抜けば、負の感情に追いつかれてしまう。フェリド、アルシュタート、サイアリーズは、もういない。そんな状況で、心から笑えるはずがなかった。
カイルは己の感情を隠すことに長けている。時には悲しみに暮れる者たちを表向きは明るく振る舞い慰めながら、自分も同じ気持ちだと心の中で話しかけていた。

 

復興作業が少しずつ進んでいたある日。カイルは太陽宮内で王子に呼び出され、騎士町閣下の部屋へ足を運んだ。
「王子、入りますよー」
一声かけてドアを数回叩いた後に開けると、苦笑気味の王子と目が合った。
「ごめんね。急に引き留めて」
「大丈夫ですよ。気にしないで下さい。騎士長閣下様の頼みを断るなんて、不敬になっちゃいますよー」
「代理、なんだけどね」
「そうでした」
ドアを閉めて部屋の中央へ足を進めながら、苦笑を強めた王子の心境を察する。何処か居心地が悪そうな彼の気持ちも理解していた。
「うん。代理のぼくは、この部屋にいる資格がない」
「オレの想像以上に、王子は恐れ多いんでしょうね」
先ほど、話し合いの場を騎士長閣下の執務室にするべきだとミアキスが提案した。リオンも彼女に賛同する。リムスレーアは誇らしいと話していた。
カイルの言葉に王子が頷く。察していた通り、彼は自らが置かれた立場に自信が持てていないようだ。
「大丈夫です。今は慣れなくたって、王子はしっかりやっていけます」
これまでも彼は自信を失い、挫けそうになった時も諦めず進み続けた。きっとこの先も同じように立ち向かい、強く生きるのだろう。
「ありがとう。リムの伴侶が見つかるまでは、尽力するよ」
「それ、いつ頃かなー? 大前提として、王子に勝てなきゃダメですよね?」
「戦う気は、ないんだけどね……。リムが心から望むなら、ぼくは受け入れるだけだよ」
それについて、ミアキスとリオンが語っていたことを思い出す。婿候補とは、まず先に自分が手合わせをするとリオンは言う。それならミアキスも参戦すると楽しそうに話していた。真面目なリオンはともかく、ミアキスは面白がっている気持ちも半分ほど含まれているかもしれない。
「とりあえず、座ろうか」
王子の声で我に返る。いつ間にか、回想に浸っていたようだ。
「はーい。失礼しまーす」
彼に促され、長椅子に腰掛けた。続けて当人も向かい側に座る。
「カイル。君には、セラス湖の本拠地に向かってもらう。そこで、みんなを手伝ってほしい」
「お引っ越しや、後片付けの補助をすればいいんですね?」
「うん。ここからは少し遠いけど、行ってもらえるかな?」
「もちろんですよ。王子の頼みとあれば、全力でお応えするだけです」
今度は騎士長閣下ではなく、王子と呼ぶ。すると、彼は嬉しそうに笑ってくれた。
「ありがとう、カイル。一人だけだと大変だから、ゲオルグと二人で向かってほしい」
「はーい。わかりましたー」
「ごめんね? 本当だったら、ミアキスが良かったかな?」
「そりゃそーですよー。男とより、女の子とご一緒する方が嬉しいです。でも、ミアキス殿には姫様のお側にいてほしいし、ゲオルグ殿でガマンします」
と、軽口を叩くが。本音も多く含んでいた。気丈に振る舞い続けているとはいえ、リムスレーアが負った心の傷は深い。ミアキス自身も、今度こそ彼女から離れないと語っていた。そんな二人を無理矢理引き裂くのは、不本意だ。
ゲオルグと共に本拠地へ向かうのは、内心は乗り気である。彼とは、その場限りの欲を満たすだけの仲だと最初こそ思っていた。しかし、時間を共有するたびに居心地の良さを感じたこともあって。なんて贅沢だったのかと、今になって実感した。
「ありがとう。色々と、ごめんね」
「大丈夫ですよー。王子が謝ることなんて、なにもないです」
彼は、どんな気持ちを込めているのか。疑問を抱きながらも、この時は深くは考えずにいた。

 

セラス湖の本拠地へ向かう道中、ゲオルグと何気ない会話を楽しみながらカイルは思い返す。 何故、王子は心底申し訳ないと言わんばかりの様子だったのか。その疑問は、すぐに答えが見つかる。自分は、あの少年に気をつかわせてしまった。この解釈が正しいとは限らないが、現状はそうとしか考えられない。
カイルを王都から遠ざけることで、息抜きをしてもらいたいと思ってくれているのだろう。心優しい彼なのだから、十分に有り得る。
王子の真意が何にせよ、とても有り難かった。王都には愛しい思い出が多く有り過ぎる。一時的に距離を置いたら、気持ちの整理が出来るかもしれない。その結果、今度こそ心から笑えるはずだと信じていた。
これまでは王子のために走り続けていた。しかし、今は役目を終えている。立ち止まって、初めてわかった。自分の心に空いている穴は、当初に想像していたより大きい。気付いたところで、何かが変わるわけでもない。ひとまずこの話は捨て置き、ゲオルグとの時間を思いきり楽しもうと頭の中を切り替える。
「それにしても、良かったですね? 堂々と動けるのは気分がイイでしょー?」
「そうだな」
彼は単独で身を潜めての任務が、あまりにも多かった。陽の光を浴びながら歩けているのは、いつ以来か。はるか遠い昔のように感じる。
「改めて思うが、ここは本当に良い国だ」
穏やかに笑む彼を見て、嬉しくなる。
「これから、もっと良くなりますよ。みんなで力を合わせて、どんどん復興を進めて……」
話の途中で違和感が生まれた。王子たちと共に笑いを絶やさず、この国で過ごしている自分が少しも想像出来ない。これも一時的な感情だと考える。今は上手く思いを制御出来ない。これは時間の経過が解決してくれると信じていた。
「あいつらだったら、きっと成し遂げられるな」
「そうですよね」
複雑な心境を相手に悟られないよう、満面の笑みを浮かべて返答する。全てが終わった今、これ以上彼が誰かに気をつかう必要はない。王子やリムスレーアならまだしも、自分はただの不良騎士に過ぎないのだから。

 

 

本拠地に到着したカイルはゲオルグと共に、仲間の荷造りなどを手伝う。積極的に身体を動かしている時は、何も考えずに作業に専念出来た。
「この本拠地とも、そろそろお別れですねー」
手伝いをひと通り終えて、今はゲオルグの部屋で彼と共にくつろいでいる。ベッドに並んで腰掛け、他愛ない話で盛りあがって笑い合った。
彼とは、これまで密かな関係を築き続けていたが。最初に成り行きで身体を重ねたことがきっかけで、深い意味は存在しない。肉欲を満たすのには女性が一番だ。しかし、贅沢を言っていられる状況ではなかった。よって、ゲオルグを選ぶ。最初は妥協案でしかないと思ったが、彼とは身体の相性が良かったようだ。場合によって自分は興味の対象外でも、深く感じられると気付かされた。
(でも。ゲオルグ殿以外の男と寝るのは、イヤだなー……)
場合によって、自分はその事態を受け入れられるだろう。柔軟に対応し続けて、ここまで来た。 同じ手順で心の穴を埋めようとするが、なぜか上手く行かない。
「名残惜しいが。全部終わった今、この場所は不要だからな」
「おっしゃるとおりです」
この場所は数日後、王子が黎明の紋章を用いて湖底に沈める。ここで彼と過ごせるのも、あとわずかだ。もう一度だけサイアリーズの墓前を訪れたいと思い立った時、彼に肩を抱かれる。誘われているのだと察してゲオルグへ身体を預けた。濃密な時間を過ごせば、心に空いた穴に変化が起こるかもしれない。彼を利用するような形に、少しも罪悪感がないと言えば嘘になる。だが、無理矢理にでも理由をつけなければ。胸中に居座る虚しさを解消するには、それが最も有効だと確信している。
ブーツを脱ぎ、ベッドに横たわる。続いてゲオルグが同じくしてカイルを抱きしめた。互いに手と唇を使って触れ合う時間に心地良さを感じながら、冷静に感情の整理を続ける。
王子の願いは達成した。しかし、カイルが大切だと思っていた者たちを全員護れたわけではない。愛した者たちの多くが、自分の前からいなくなった。
「失ったものは、あまりにも多かった」
こちらの心境を手に取られたような言い方に、内心驚く。動揺を表に出さないように注意しながら、続く話に耳を傾ける。この間も相手に甘えるような仕草は絶やさず、相槌を打った。
「……だが。あいつとリムが再会し、太陽の紋章を取り戻せたのが救いだ」
カイルの腕を引き、力強く抱きしめながらゲオルグは言う。
「フェリド様と陛下、サイアリーズ様も……喜んでくれていますよね?」
ゲオルグの背中に腕を回しながら、たまらずに本音を漏らす。今となっては、わからずじまいだ。想像のみで解釈するしかない。彼らなら、きっとそうだと信じられるが。叶うなら、本人たちの口から直接聞きたかった。
「あぁ。フェリドたちが探していた黎明の紋章も見つかった。長年のしがらみも、サイアリーズが解き放ってくれたんだ。少しずつ、この国は良い方向に向かっている」
正論だが、虚しさも同時に大きくなる。当人たちと一緒に、その瞬間を迎えたかったが。もう叶えられない。今はすぐにでも反応を返し、同意して笑うべきだ。
「はい、オレも同じことを考えてます」
先ほどから心の動揺が抑えられない。これまで本音と建前がどれほどかけ離れようとも、少しも動じなかった。しかし、今は捨ておけない。平然を装えてはいるが、心の中は落ち着かない。
カイルの異変に気づいてしまったのか、ゲオルグはこちらの身体を突然引きはがし、表情をのぞいてくる。上手く隠せているつもりだった。それなのに、この男の前では同じようにいかない。
「どうしました?」
これ以上、本音を悟られないように、カイルはゲオルグの意図が少しも理解出来ていない自分を装う。
「……俺は、フェリドたちから与えられた役目を果たしたはずだ」
どうやら真意を問うのではなく、改まった話があるようだ。安心しつつ、返す言葉を考える。
「自信、持って下さい。ゲオルグ殿はちゃんと、成し遂げられました。陛下もおっしゃってたんですよね? 王子たちを頼みますって。だからこうして、オレたちはここにいる」
彼のおかげで王子は大切なものを取り戻せたと、誰もが言うだろう。カイルも、その中の一人だ。
(オレと、あなたは違う……)
ゲオルグのおかげで何度救われただろうか。この男にはいくら感謝をしても足りない。
「あなたのお気持ちは、あえて無視して言わせてもらいますけど。ゲオルグ殿がここにいてくれて、本当に良かった」
実を言えば、あの夜に全てが終わってしまっても悪くないと感じたこともある。フェリドとアルシュタートを護れなかった無念により、生まれた感情だ。それはすぐに撤回した。彼らは、そんな結末を望んではいない。
(でも。あそこで全部が終わっていれば、サイアリーズ様だって……)
一人で何もかも背負って、戦う必要もなかった。そう思わずにはいられない。全て割り切ったはずの感情を、今になって再び抱く。彼らの生き様を侮辱しているも同然だ。
「おまえに言われると、自信が持てる」
穏やかで優しい笑みからは、少しの嘘も感じられない。自分とは大違いだ。
「良かったです。ゲオルグ殿が考えを改めてくれたなら、これほど嬉しいことはありません」
そんな己を嫌悪しながらも、この男を喜ばせているならかまわないと考えた。気持ちの整理はここまでにしておこうと、カイルは今の心境を捨て置く。
(なんだ。やれば、できるじゃん)
ゲオルグが絡めばという条件付きではあるが。当人に心配をかけないためであったら、それほど気にならない。
「カイル」
穏やかな様子はそのままに、どこか改まった気配を感じさせながら名を呼ばれる。
「はい、なんでしょう?」
「本拠地の後片付けを終えたら、俺はこの国を出る」
「そうですよね。そんな気はしていました」
「あぁ。あいつらが許しているとはいえ、俺が大罪人であることは変わらん」
思った通りの理由を相手が話す。すぐに出て行くのではなく、本拠地の後片付けが終えてからというのがゲオルクらしい。
「なるほど。その様子だと、本気のようですね」
この先こそ、彼は王子たちにとって必要とされるのではないか。ゲオルグは戦い以外にも役に立てるはずだ。例えば、国外について様々な情報を持っている。宮廷勤めも慣れていると本人が話していた。自分とは違い、出来ることが次々浮かぶ。
「そうだな。悪いが、こればかりは譲れん」
苦笑する本人を不覚にも愛らしいと思った直後、再度ゲオルグに抱きしめられる。どうしたのかと聞くより先に相手が口を開いた。
「あいつは言ってくれたんだ。自分もリムも、引き留める権利はないと話していた。まるで、俺の考えを見透かされているようだったな」
「どんなことを、思っていたんですか?」
ある程度の予想は浮かんだが、推測のみで確信してしまうのは良くない。出来る限り、本人から直接聞きたかった。
「実際に確認したわけではない。あくまで憶測だが……俺が仕えていたのは、フェリドと当時の女王、ただ二人のみだった」
「なるほどー」
予想通りの返答だ。紛れもない事実だが、少しだけ心に刺さる。まるで自分は、用済みと言っているようにも受け取れたからだ。
(あなたじゃない。それは、オレだ)
仮に伝えても、ゲオルグの意志は変わらないだろう。言葉にするのは無意味と判断し、切り捨てる。
「裁かれる覚悟もあった。あいつらは、どこまでも優しい」
「そうですよね。王子と姫様も、フェリド様と陛下のお志をしっかり受け継いでいます」
一部の貴族や、ザハークとアレニアは甘いと話していたが。カイルは二人の意志を何より尊敬した。彼もきっと、同じ気持ちであると信じている。だからこそ、最後まで共に戦ってくれた。
周りが何と言おうとも、ゲオルグはこの先も自分を許さないと察する。本人なりの罪滅ぼしなのかもしれない。
「一つ、願っていいか?」
「……それは、オレに出来ることですか?」
すぐに結論を聞いてしまうのは良くないと訴える本能に従い、まずは少しずつ探る。
「あぁ。だが、頼む前にカイルの気持ちが知りたい。無理強いはしたくないからな」
相手もまた、こちらの心境を注意深く様子を見ているように感じた。優しい言い方によって、心を許してしまいそうになる。
「おまえもこれから、あいつらと国の復興に力を入れるんだろう?」
即答出来ない今に戸惑った直後、すぐに気持ちを切り替える。相変わらず、そんな自分を想像出来ない。心からそう思えるためには、まだ時間が足りないようだ。
(でも。もし、考えが変わらなかったら?)
感情を取り繕うと思えば、簡単に実行出来る自信はある。だが、そんな中途半端な思いでは王子たちに失礼ではないか。
「カイル?」
ゲオルグに呼ばれて、我に返る。それは、後でいくらでも考えればいい。相手を困らせる前に、急いで言葉を思い浮かべて口にする。
「はい。きっと、ゲオルグ殿の想像通りです」
彼が思い描く自分は、どんな風に過ごしているのだろうか。心の底から笑って日々暮らしているに違いない。言葉から迷いが感じられないからこそ、想像出来た。
「えっと、なんて言ったらいいのかなー。この先、あなたがいない日々を送るってのは、ちょっと寂しいかなって。ここだけの話にしておいて下さいね?」
王子たちも、ゲオルグとの別れを惜しんでいるだろう。なのでせめて、自分だけは平然として彼らの思いを受け止めなくてはと考えた後。ゲオルグがカイルの肩を押し、目を合わせる。
「寂しいと思うのは、建前か?」
相手は何を求めるのだろうか。心の底からの感情だと答えれば、恐らく喜んでくれる。だからといって、そのように反応するのは結論を急ぎ過ぎていると直感が訴える。
「それも、ゲオルグ殿の想像にお任せしまーす」
試すような言い方を選んで時間を稼ぐ。選択を間違えないために、慎重に考えを進めた。