C103 新刊サンプル【ゲオカイ】

表紙はてんぱる様(pixiv ID:2513282)へ依頼し、作成して頂きました。
あちこちでゲーム本編のネタバレに触れています。シリアス、CP要素控えめです。
自身をかえりみない。それぞれに対して共通の印象を持った二人が、相手を密かに心配しつつ見張りながら様々な感情を抱く話。

ルクレティアの策により、サルムの思惑を打ち破った王子たちはバロウズ邸に戻ろうと先を急ぐ。その様子からは強い動揺が現れているとゲオルグは感じていた。護衛を務めるリオンもまた、同じ気持ちであると察する。彼女は懸命に王子を気にかけていた。
「大きな怪我は、なかったようだな。よかった」
二人の元へ駆け寄った後で話しかける。王子もリオンも、表情を曇らせたままだ。
「先を急ぎたい気持ちはわかるが、無理はするな。帰還した時間がどれほどであっても、事実は変わらん」
「そうだね……。どこかで、何かの間違いだったら良かったのにって、思ったんだけどな……」
「ルクレティアさんがおっしゃっていたことは、全部正しかったんですね……」
現実は、そんなものだ。本音は口にせず心の奥にしまう。言ったところで二人を更に傷つけてしまうだけだ。直接伝えずとも、彼らは充分に思い知っている。
「これじゃ、太陽宮を襲われた夜から何も変わっていない。ぼくたちは、誰かの手の上で踊らされているままだ」
「王子……」
己の無力さに絶望している少年へ、リオンはかける言葉が見つからないようだ。
「それは、おまえたち次第だ」
冷たいと自覚したうえで言葉を選ぶ。ただ優しいだけでは何も変えられない。王子とリオンには自力で立ち直ってほしいと願う。ここで打ちのめされたままでは、この先の戦いは生き残れない。
「最初から全て、どうにかできると思うな。そういうのは、少しずつ身につけていくものだ」
フェリドであれば、もっと気の利いた言葉をかけられたはずだ。ゲオルグもまた、己の無力さに苛まれた。
(嘆いたところで、あいつは帰ってこない)
そんな本音も押しとどめ、ゲオルグは軽い様子を装って話し続ける。自分も大切な友人を護れなかったくせに語るのかとの思いには気づかないふりを通す。王子とリオンに前を向かせるためなら、手段は選ばない。
「周りをよく見ろ。おまえたちにできることは一つも残されていないのか? 考え続けろ」
我ながら偉そうだと思う。反論されてもおかしくないが、彼らはゲオルグの話に耳を傾け続けてくれている。
「俺も、できる限り力になろう」
今度は嘘偽りのない本音を伝えると、彼らは互いの顔を見合わせた。何かを話そうとしていると気づく。
「俺に頼み事はあるか?」
すぐに解決へつなげるのは難しいが、話題を変えてバロウズの件から二人を一瞬でも引き離すべきだと判断する。
「それなら、一つ聞いてほしい」
迷っているような表情を浮かべたまま、王子が言葉を続けた。
「ゲオルグも大変なのに申し訳ないけど、カイルを気にかけてほしいんだ」
「何か、あったのか?」
「……カイル様は、わたしたちばかりを優先して、ご自分を大切にしてくれていないんです」
それこそ、二人は勘違いであればどれほど良いかと考えているかもしれない。お互いに何度も話し合い、その結論に至ったのだろう。
「わかった。俺が相手ではあまり効果は見込めそうにないが、気に留めておこう」
安堵したような表情を見せてくれたが、自分は役に立てないと確信している。同性の言葉は、あの男に少しも響かないからだ。
(おまえは、生き急ごうとしているのか?)
フェリドとアルシュタートを護れなかった己は、死んで当然だと思っていなければいいがとサイアリーズが心配していたのも記憶に新しい。
遠目にバロウズ邸が見えてくる。もう少しだけ、カイルの現状をできるだけ把握しておこうと二人の話を聞く。
オボロ探偵事務所の面々とロードレイク暴動の真相調査時、妨害部隊の伏兵に王子が襲われそうになった。リオンが身体を張って護ろうとした時に彼女はカイルに助けられたようだ。怪我を心配したが、大したことはないと語る。本人には申し訳ないと思うが、とても信じられる状況ではなかったらしい。当時はまだ、カイルがレインウォールに到着して間もない頃だ。
疲労は蓄積したままだと誰もが感じていたが、当人は休息をとらなかった。常に自分よりも王族たちを優先に考えていた彼ならではの行動とも思えるが、それで周囲に心配をかけては問題がある。実は思慮深いのだから、わかっているはずだ。
「本当にカイルが大丈夫なら、それでいいんだけどね」
「カイル様はわたしたちが気をつけてほしいとお話しても、心配しないでとおっしゃるだけなんです」
「そうか。何より、おまえたちを大切に思っているからだろうな。その気持ちも、汲んでやれ」
この戦いを王子が勝ち抜くためなら、カイルは自身をどれだけ酷使してもかまわないと考えているに違いない。レインウォールに到着当初は吹っ切れた態度を見せていたが、いまだに彼は自分を許していないままなのだろう。

 

王子とリオンの話を聞いた後。彼らと別れ、先にレインウォールへ辿り着く。船着き場を過ぎたところで、カイルは負傷した兵士たちを治療していた。水魔法の使い手である彼ならではの行動であるが、その身を酷使していると真っ先に思う。先ほどまで軍を率いて戦っていた者の行いではない。彼もまた、手当てを受ける側だ。慣れている様子で、次々と回復魔法を使い続ける。このままのペースでは、彼自身を治療するための魔力が底を尽きてしまう。王子とリオンの心配ごとを目の当たりにし、納得する。ゲオルグの存在には気づいていない様子の彼を見ていると、隣に気配を感じた。
「困ったもんだねぇ……。義兄上なら、上手く言って聞かせられたんだろうけどさ」
言葉どおり苦笑するサイアリーズに、ゲオルグは同意する。
「治療は全部、自分がやるから休めとでも言われたか?」
うなずく彼女の話を聞くと、最初はここでサイアリーズが負傷者たちの手当てをしていたようだ。しかし、すぐにカイルが役目を代わると申し出たらしい。容易に想像できた。状況を把握した後、彼は作業を終えた。その隙を見計らって、サイアリーズが当人の元へ向かう。
「カイル、悪かったね」
「いえいえ、とんでもないですよー。サイアリーズ様のお役に立てて嬉しいです」
「次は、あんたの番だよ」
「なんのことですかー?」
「とぼけるんじゃないよ。あんただって怪我してるんだろ?」
心配そうに語るサイアリーズに、カイルは微笑む。
「大したことはないですよー。サイアリーズ様が気にして下さっただけで、オレは元気いっぱいです!」
「そうかい……。それなら、いいんだけどさ」
「ありがとうございます。まだ、全部終わってないんだし……、サイアリーズ様は力を温存しておいて下さい」
「そうだね。あのタヌキが、何か切り札を隠してるかもしれないしね」
二人の話を聞きながら、ゲオルグはカイルがサイアリーズの施しを上手くかわしていると気づいた。サルムが仮に王子たちへ危害を直接加えるものならサイアリーズが動く前に、この男が全て済ませると同時に思う。
「あんたの言いたいことはわかったよ。頼むから、無理だけはするんじゃないよ?」
「はーい。サイアリーズ様のお願いなら、喜んで!」
明るく語る様子から、彼女は安堵したように思えた。しかし、ゲオルグはカイルを疑う。彼女とは違い、自分は同じく最前線で彼と戦っていたからだ。当人は無傷で済んではいないと確信している。一部のゴドウィン兵から、やはり彼はバロウズ家の代弁者だったと執拗に狙われていたのを何度も見た。
「それじゃ、あたしはあの子たちを出迎えてくるよ」
「それなら、オレもお供しますよー」
「待て。カイルは俺と来い」
「えー、なんでですかー」
露骨に嫌がられるのも納得している。サイアリーズとゲオルグだったら、彼が選ぶのは当然サイアリーズだ。悪いと思いながらも、王子とリオンのために今抱いている感情を捨てる。
「万が一に備えた打ち合わせがしたい。サイアリーズに手を下させるのは不本意だろう?」
本人の肩に手を置き、彼にしか聞こえない声量で理由を伝える。
「……、確かに。おっしゃるとおりだ」
同じく密かに囁かれた後、カイルは考えを改めたような表情を浮かべた。
「すみません、サイアリーズ様。ゲオルグ殿が、どうしてもって言うから……」
とても引っかかる発言だったが、こちらの要求を呑んでくれたのだから聞き流す。
「いいって。とりあえず、カイルもできる限り休んでおきな。そういうことだろ?」
「そっちの想像に任せる」
少なからずゲオルグの意図を察したのか、サイアリーズは納得したようだ。その場を彼女が去った後で、ゲオルグはカイルを連れて人気のない場所に向かった。
「それで、具体的にどうするんですか?」
路地を抜けて行き止まりに到着したところで、先にカイルが口を開く。
「最低限、警戒すればいいだろう。ルクレティアも言っていたが、奴はこの作戦の成功しか頭に入っていない。今頃は苦し紛れの言い訳でも考えているはずだ」
「オレも、そう思います。じゃあ、なんでオレを引き留めたんですか? サイアリーズ様をお一人で行動させるのは、すっごくイヤだったんですけど」
不満を露わにしながら問われた。それまでよりも不機嫌なのは、自分と二人きりだからだと確信している。
「それは心配ないだろう。あいつも軍隊を率いるほどの実力を持っている。単に、おまえがサイアリーズに同行できないのが面白くない。違うか?」
特に気にしていないと言わんばかりの態度で接しながら、ほんの少しだけ彼の本音に触れようと試みる。
「そうですよー。せっかくの機会だってのに、ゲオルグ殿がジャマするからー」
大きなため息を吐き、引き続き本音を隠すことなく話してくれた。
「おまえが万全なら、止めなかったさ」
「えー? オレのどこが……」
そこまでは素直に認めてくれないかと心の中で呟きながら、特効薬の入った袋を彼に向けて投げる。
「……なんですか?」
片手で受け取った後、カイルが問う。少しも予想していなかったのか、不機嫌そうな表情が薄れて率直な疑問を訴えている気がした。
「道具袋を圧迫していたからな。もらってくれ」
「押しつけですかー? まさか、こんなことのためだけにオレを呼び出したんですか?」
「あぁ。俺にとっては重大な件だったからな」
それまで以上に不機嫌な様子のカイルに怯まず、本音を伝える。
「それは、おまえが使え。俺が無理矢理に押しつけた物を、あいつらに譲るわけにはいかないだろう?」
「当然ですよ。絶対できません。で、何が入ってるんですか……?」
その後の反応は予想できたので、カイルが袋の中をのぞき始めたところで背を向ける。彼の文句から逃れるつもりだったが、来た道を戻ろうと歩き始めるより先に腕をつかまれた。
「……こんなことをしてるヒマがあったら、もっと王子たちを気にかけて下さい」
振り向くと、無表情のカイルと目が合う。不機嫌そうでも、普段の穏やかそうな様子でもない。とても冷たい印象を受けた。その当人たちに頼まれたのだが。事実を伝えたところで、きっと彼の意思は変わらない。ゲオルグは何も言わず、つかまれた腕を解いた後で再度カイルに背を向ける。
「感じ悪いなー……」
背後から、わずかに聞こえた。こちらに話しかけたのか、ひとりごとなのか。確認せず歩き続ける。
(……想像以上だな)
彼なりの罪滅ぼしなのだと仮定し、ゲオルグは嘆く。そんなことを彼らは望んでいない。わかったうえで行動していると確信があるからこそ、厄介だと実感している。
カイルから目を離してはいけない。できる限り彼を見張っておかなくてはと、ゲオルグは考え始めていた。