Popper’s Quest8 新刊サンプル【神六】

表紙はてんぱる様(pixiv ID:2513282)へ依頼し、作成して頂きました。
親密な仲の二人だったが、六がポップンパーティに顔を出さなくなって数年が経った。あの関係は自然に消滅してしまったのかと不安に思いながらも、MZDは六を直接訪ねようと決意。
久しぶりの再会を果たし、改めて自分たちの今などを考える二人の話。

ステージで歌う六の姿は、今でもMZDの脳裏に焼きついている。
最後に六と顔を合わせたのは、ささいな口喧嘩の後で仲直りをして以来だった。今回のパーティにも彼は顔を出さず、心の片隅で寂しさを抱えている。次回のパーティは来てくれるだろうかと、六の参加を待ち望む者たちの声は増え続けていた。彼らもまた、自分と同じ気持ちでいたようだ。身体を壊してしまったのかと心配する声もあり、MZDは彼らに六が姿を見せない理由を告げた。

 

最後に六がパーティに参加した後日。彼の住む家に通うことが日課になっていたMZDは、その日も六宅で過ごしていた。
今回の曲も良かったと絶賛し、謙遜がちな彼に愛しみをもって触れた。
「少し前まで、口喧嘩していたとは思えねぇな」
ひとしきり触れ合った後、縁側に並んで腰掛けていた時に六が言う。
「そうだなー。あれ、なんでケンカになったんだっけ?」
「今思えば、くだらない理由だった。おまえは忘れちまったのか?」
「ちょっと待て。考えれば、すぐわかる」
記憶を辿るより前に、隣に座る六は笑い出す。何がおかしいのかと困惑を隠さず彼の方へ身体を向けると、直接問うより先に相手が口を開く。
「大した話じゃねえんだから、そこまでムキにならなくたっていいだろ? エムは相変わらず、なんにでも一生懸命だな?」
「……俺様、めっちゃくちゃバカにされてる?」
率直な気持ちをそのままに返答後、六は苦笑する。
「そんなわけあるか。いつもてめえの気持ちに正直なおまえも、卑屈に考えるんだな。まぁ、俺の言い方が悪かった」
「そう言う六は、珍しく素直じゃん? さっきまでのノリが、まだ残って――」
ふざけ過ぎたかもしれないと気づいた時には、六の拳がMZDの顔面に届きそうだった。寸のところで受け止め、安堵する。
「ごめん。いろいろ、言い過ぎた」
拳を解放しながら謝ると、六は気まずそうにこちらから視線を逸らした。照れ隠しの行動だと、いちいち問わなくてもわかる。愛らしいと真っ先に抱いた感情は、伝えたい衝動を抑えて心の隅に置いた。言葉にすれば、彼を余計に怒らせてしまう。それは不本意だった。せっかく共に過ごしているのだから、穏やかな心持ちでいたい。今も話題となっている口喧嘩の後に実感したばかりだ。
「前もこんな風に言い合って、どっちも謝らなかった。だから、ケンカがちょっとだけ長引いたんだったな」
六と同じく正面を向き、たった今思い出した喧嘩の理由を話し始めた。先ほども彼が言っていたが、時間が経った現状では大したことではなかったと考えられる。
「ホント、バカだったよな。書道と音楽、どっちも好きなら片方に偏るな。って」
MZDの心境は少しだけ重くなる。六は前回のパーティ参加後に、音楽はしばらく休んで書道の方に力を入れたいと話していた。突然の話に混乱し、彼の音楽に触れる機会が激減する恐怖から感情的になる。そんな過去の自分に、いたたまれなくなった。
「無理矢理に思い出さなくていい。もう、終わったんだ。あれこれ掘り返したって、やっちまったもんは無かったことには出来ねえ。そうだろ?」
正面を向いたままの六が話す。殴られそうになった先ほどが嘘だと思えるほど、優しい言葉だった。
「うん。それもそっか」
「あぁ。それに、エムはてめえだけが悪い言い方をしてるが、俺にだって非はある」
信じられないと言わんばかりの表情で、再び六の方へ身体を向ける。こちらの気持ちを察したのか、間もなく言葉を続けてくれた。
「書道に専念したいなら、もっと早い内から順序立てて話すべきだった。おまえと言い合ってから気づいたが、遅すぎた」
「あんまり、自分を責めてやるなよ? 六が反省するだけ、俺がどうしようもねえ奴だって突きつけられるんだからさ。まー、本当のことなんだけどな」
「それこそ、おまえは自分を卑下するな。一応、神なんだろ?」
真剣な眼差しをこちらに向けられ、その表情に魅入られる。それまでの照れ隠しは少しも感じられず、心から案じてくれていると伝わった。問いにうなずくと、六は再び正面を向く。
「エムは神だから。俺がおまえの前から少しだけ姿を消しても、大した事態ではないと考えていた。だから……」
言葉が止まるが、MZDは何も言わずに続きを待つ。早く聞きたい欲はあったが、急かせば相手は心を閉ざしてしまう。六の本音が聞けるなら、いつまでだって待てる。
「その、あれだ。冷静になって考えれば、エムがあんな言い方をしたのも……俺をそこまで思ってくれていたってことだろ? だから、素直に伝えればよかった。嬉しかったってな」
「六……、ありがと」
「俺は、感謝される立場じゃねえよ」
謙遜がちな反応がもどかしかったが、無理に考えを改めさせる気はなかった。六が自分の気持ちを伝えてくれた。それが、何より嬉しい。
「わかった。これはお互い、好きに解釈しよう。な?」
うなずいてくれた六を見て、MZDは一つ心に決めた。それは覚悟と言うには少しだけ重い。当人を気負わせないため、穏やかな心持ちのまま再度口を開いた。
「今までみたいにおまえと一緒にいられないのは寂しいけど、俺様は六を応援してる。頑張れよ?」
「心強いな」
「そりゃそーだろ? なんたって、神から直々に背中を押してるんだ」
「違う。と、真っ向から否定したら罰が当たりそうだ」
苦笑する六に対し、考える間もなく己の気持ちを伝えるために言葉を重ねる。
「そんなわけねえよ。思い方は人の自由だ。たとえ神だろうと、誰かの気持ちに干渉するのは間違ってる」
紛れもない本音だ。この気持ちだけは譲れない。人間くさいと笑われたっていい。
(六さん? それ、どういう感情よ?)
横顔を見ると、彼は驚いたような表情を浮かべている。的外れな話をしてしまったのか。そんな予感が浮かぶと、いたたまれなくなった。
「もしかして、変なことでも言っちまったか?」
沈黙が苦しくなり、表面上は軽い雰囲気で六の言葉を待つ。
「そういうわけじゃねえよ。ただ……」
こちらへ顔を向けた当人は、とても穏やかそうに微笑んでいる。あまり見せない表情に魅せられながらも、彼の思いを一言も聞き逃さないように注意深く耳を傾けた。
「神というよりは、おまえ個人が背中を押してくれたと思っていた。少しばかり、自惚れちまったな。エムはなにも、変なことは言ってねえよ」
六の表情が苦笑に変わった直後、今度はMZDが驚きをあらわにした。彼を戸惑わせないために、理由を頭の中でまとめて真っ先に話す。
「やっぱ六は、俺を神じゃなくて個人として見てくれるんだな。本当、そういうところなんだよ」
「生意気だってか?」
「違うって。わかってんだろ? 俺がそんなおまえを、たまらなく愛してるって」
少しだけ調子に乗り過ぎたかもしれない。また殴られそうになると察し、身構えるが、六はMZDを抱きしめるのみに留まった。
「おまえは、俺を甘やかし過ぎだ」
「惚れた相手には、そうしたくなるもんだろ?」
彼の背中に腕を回しながら返す。嬉しい誤算に浮かれながらも、彼に気をつかわせないように言葉を真剣に選んだ。
「書道、頑張れよ? そっちの方でも六ならきっと、最高の作品をいっぱい作れる」
「過分な言葉だな」
相変わらず顔は見せてくれなかったが、今の気持ちを聞けただけで充分だった。
共に過ごす時間が減っても、今日の出来事を記憶の中心に留めて糧とすればいい。少し前までは絶対に嫌だと思っていたが、MZDは現状を穏やかな心持ちで受け入れられていた。

 

六と顔を合わせたのは、あの日が最後だった。数年経った今でも色褪せず鮮明に残っている。回想しつつ、目前の仕事に専念した。
次回のポップンパーティに向けて、MZDは招待状作成に追われている。膨大な量ではあるが楽しんでいた。頭の中はパーティ開催当日のイメージが大半を占めているからだ。想像するだけで心が待ち遠しいと訴える。その瞬間を存分に堪能するため、頑張り続けろと言い聞かせていた。
(六、どうしてるかな……?)
前回のパーティにて、周囲と彼について話した。それがきっかけで、当人のことが少し前から気になり始めている。
(書道に専念するのって、どれくらいの期間をあいつは考えていたんだ? 教えてもらっとけばよかったな。でも……)
一瞬浮かんだ考えは、すぐに撤回した。実際に問えば、きっと未練がましい態度をとってしまう。六の背中を押そうとしていた時に抱くには、場違いの感情だ。
(招待状、出すぐらいなら……いいよな?)
あれから、それなりに年月は過ぎている。そろそろ彼も戻って来ようと考えているかもしれない。前向きな気持ちのまま、六へ宛てた招待状の準備を始めた。

 

それから更に数年が経過した。
思い立った当時からMZDは六へパーティの招待状を送り続けている。しかし彼は、一度も顔を見せてはいない。当人を案じる声も、増える一方だ。
(まさか……六の身に、なんか起きた……?)
真っ先に思いついたが、そう簡単にどうにかなるような男ではない。いや、あくまでこれは想像だ。絶対に大丈夫とは言いきれない。
先日まで開催していたパーティの後片付けも一段落つき、MZDは自分用のスタジオ内に入り浸りながら考え続ける。六を深く心配することで、一つの可能性から逃げていた。そうしたところで、状況が好転するわけがない。椅子に腰掛けたまま、背もたれに身体を預ける。室内の天井を見つめながら、確信に近い仮説と向き合った。
(愛想をつかされたって考えが、一番妥当だよな)
人の心は変わり続ける。こちらにとって六が今も最愛であったとしても、相手が同じ気持ちとは限らない。彼も書道に専念することで、新しい出会いがあったとも考えられる。自分には六を引き留める権利はない。
(いや。でも、あいつに直接言われたわけじゃねえし……)
これは被害妄想で、実際に確かめなければ正しい答えは見えてこない。思い立ったと同時に、六の住む街へ向かうためスタジオを飛び出した。
正直、不安はある。直接顔を合わせて拒絶されることもあり得るからこそ、まずはKKに調査を依頼するべきかもしれない。しかしこれは、自分自身が解決するべきだ。いくらでも報酬は用意できるが、個人的すぎる問題に彼を巻き込むのは本意ではない。誰かを頼ってしまっては、直接的な解決にはつながらない気がする。
(KKの、心底面倒くせえって顔も想像できるしな)
自らを納得させるため、六に会いたいと願う。不安を抱いたままではあるが、その解消を待っていたらいつまでも行動に移せない。元より彼の真意を確かめなくては状況は変わらないので、一歩踏み出そうと決意した。
(六、元気にしてるかな?)
少しでも気持ちを前向きに保とうと、頭の中で当人の姿を思い描く。何の前触れもなく姿を見せて、驚く六を想像すると心が和んだ。
(勢いあまって、斬られそうなこともありそうだ……)
過去に起きた出来事を思い出し、最低限の警戒も怠らないよう自らに言い聞かせる。六と過ごした日々の回想を楽しみながら、スタジオの最寄り駅にたどり着く。その気になれば力を使い、すぐにでも六の目前に飛んでいける。心の準備を整えるために、あえて遠回りな方法を選んだ。

 

時間をかけて、六の住む街に到着した。数年ぶりの景色を懐かしもうとするが、馴染みのあった街並みは大分変化していたとの印象を受ける。見慣れない建物が増えていたり、よく通っていた店が別の施設に変わっていたりと、久しぶりに訪れた場所はMZDを驚かせた。少し考えれば、当時の景色は簡単に思い出せる。この街で初めて待ち合わせた時は、とてつもなく緊張した。
(懐かしいな。初心過ぎねえかって、六が笑ってくれてさ……)
あの頃は六と付き合えるとは思っていなかったからこそ、そんな関係になれた事態に舞いあがり感情の制御が上手くできなくて。こんなにも人を好きになったのは、六が初めてだった。本人に伝え、返された憎まれ口を思い出す。
「どうせ……付き合った奴ら全員に、同じく話してるんだろ。俺は騙さねえからな」
警戒心の強い六は、MZDを信じない。しかし満更でもなかった様子で、頬を赤くしていた彼が愛らしかった。
(そんで、つい可愛いって言っちまって怒られたんだ)
ささいなやりとりも、昨日のことのように思い出せる。彼と過ごした日々は、自身に想像以上の影響を与えていた。
ここには、感傷に浸りに来たわけではない。六に会うためだ。目的を再確認し、ひとまず彼の家に向かおうとする。
(いや、だけどさ。久しぶりだから、どれくらい変わってるか回るのも、別にいいよな?)
自問自答した後で、MZDは懐かしさと真新しさを同時に感じる街の散策を始めた。

 

あちこち歩き回りながら、少しずつ六が住む家の近くまで来た。MZDは六との遭遇方法を具体的に考え始める。堂々と突然に押しかけたら迷惑だろうし、遠目から様子をうかがうだけで済ませるのも悪くはない。
(でも。それじゃ、なんの解決にもならないよな)
真正面から向き合おうとしないのは、六に拒絶されることを恐れているからだ。こんな臆病も、恋心のせいと自覚している。
(おまえを好きだって気持ちは、本物だったんだ)
自らの気持ちを再認識するが、状況は何も変わっていない。ひとまず、どのように六と接触するかを考えなくては。MZDは宙に浮き、六が住む家の屋根上に向かった。到着後、大きな音を立てないように気をつけながら腰を落とす。
(今日は天気もいいし、夜まで待って星を眺めるのも良さそうだな)
この辺りは星がとても綺麗で、よく二人で夜空を見あげていたと思い出す。
(……脱線してんじゃねえよ。ここに来た目的、忘れちゃダメだろ)
自らに言い聞かせて、頭の中を切り替える。今は六との接触方法を考えるべきだ。真正面からの訪問は、相手を不必要に驚かせてしまう。なので、偶然を装って彼の目の前に姿を見せるのが妥当だ。そうと決まれば、六を探さなくては。彼の居場所の見当は少しもつかないが、動かなければ始まらない。
(とりあえず気配を消して、あいつが家にいるかを確かめるか)
在宅中であれば話は早い。六が出かけるまでは待機して、機会を見計らって偶然を装うだけで済む。そこまで話が上手く進むわけもないと、自覚はしていた。考え続けている暇があるなら動くべきだ。ここに留まっているだけでは何も変わらない。その場から立ちあがり、屋根から降りた直後。気がゆるみ過ぎていたと痛感する。六は感覚が鋭い。ここに来た時点で、気配は殺しておくべきだった。家の裏口に立った後、背後から何者かの気配を感じる。振り向いた先に六がいた。数年経っても彼に大きな変化は見えず、ただひたすらに懐かしい。思わぬ再会に戸惑い、どんな言葉をかけるか決めかねていた。
「……どうした?」
六もまた、動揺を漂わせながら問う。他に何を考えているのか、探れるほどの余裕はない。だが、黙って立ち尽くしていても無意味だ。どうにか臨機応変に立ち回ろうと、とっさに浮かんだ言葉を伝えるために口を開いた。
「いやー、偶然だな? まさか、こんなところで六と会えちまうなんて」
苦し紛れではあるが、底抜けに明るく話しかけることで強引に乗り切ろうとする。
「おまえ……本気で言ってるのか?」
「あ、えっと……すみません。冗談です」
ごまかしは一切許さないとの態度に気圧され、謝罪した。何故ここにいるのかと視線で訴える六に、問われるより先にMZDは口を開いた。
「ここ数年、招待状を出してもおまえはパーティに来なかった。そりゃ、参加するのは個人の自由だってわかってる。でも、俺様的にはちょっと気になってな」
身勝手と自覚したうえで、嘘偽りのない理由を全て伝えた。
「そういうことなら、じっくり話す必要があるな」
最初の行動こそ誤ったものの、こちらの誠意は六の心に届いたようだ。刀の柄に置いていた手を外し、彼は腕を組み始める。
「あがっていくんだろ? おまえの真意は、立ち話程度で理解できるわけがねえからな」
「いやー、悪いな。気をつかわせちまってる」
「そう思うなら、最初から普通に訪ねて来い」
六は呆れた様子を隠すつもりなく言い放った。彼の言うとおりだと考えながらも、今も抱いている不安に阻まれて実行は不可能だっただろう。拒絶せず、受け入れてくれた現状に感謝した。
「久しぶりに会えたんだ。積もる話も、それなりにあるんだろ?」
最初こそ不機嫌そうだったが、今の六はMZDとの再会を喜んでいるようにも感じる。わずかに見えた優しい微笑みに、どうか本心であるようにと願わずにはいられなかった。